もともと日本人はジョブホッピングのDNAを持っている(撮影:今井康一)

日本的経営の三種の神器は、「終身雇用、年功序列、企業内労働組合」といわれています。しかし、この3つの項目は、実は、日本の伝統的な経営の特徴的項目ではありません。この3項目を日本的経営の特徴としたのは、ジェームス・アベグレン。彼は、終戦直後に、アメリカ戦略爆撃調査団のメンバーとして広島に、そして、1950年代半ばにフォード財団の研究員として来日し、『日本の経営』を著しますが、その中でこの3つを挙げたのが始まりといわれています。


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しかし、これは「間違いである」、あるいは「必ずしも日本の伝統的経営の特徴とはいえない」という経営学者、識者も多くいます。

実際に、アベグレンが研究対象にしたのは「当時の」日本企業であって、江戸時代以前の「日本の商い」を歴史的に調べ、日本的経営の本質を分析して、まとめたものではありません。

日本の伝統的な経営の特徴とは何だったのか?

まず、「終身雇用」。戦前までの日本では転職が盛んに行なわれており、終身雇用が当たり前の状態とはいえませんでした。松下幸之助さんも、火鉢屋から自転車屋、そして大阪電灯会社、その後起業という過程をたどっています。

では、終身雇用が確立されたのはいつなのか。実は、1940年の「賃金統制令」「従業員雇入制限令」「従業員移動防止令」によるものです。1938年の「国家総動員法」に端を発する戦時体制の枠組みとして生み出されたのが、終身雇用なのです。

つまり、国民の身辺把握、戦時工場の人員安定化など、いわば国家統制のための必要から、強制的に作られたものといえます。ちなみに、全国新聞社の本社が東京に集められ各県の地方新聞社が原則1社に統合されたのも、言論統制、検閲をするためでした。

戦後も一時期は、前述のとおり、転職が当たり前の時代に戻りましたが、1950年からの日本経済の拡大発展、やがては高度経済成長によって、変化が始まります。戦時中にも行った労働者の囲い込みを、今度は国ではなく大企業が主体となって行ったのです。

終身雇用で定年まで面倒を見ますよ、年功序列で年々給料と地位が上がりますよ、そして、企業内労働組合で「会社は家、社員は家族」という形で面倒を見ますよ、と労働者を誘いました。

そのような経緯を考えると、アベグレンが指摘した三種の神器は、むしろ、日本的ではなく、日本においてはむしろ、特殊で異例な3項目といえると思います。

もともと日本人はジョブホッピングのDNAを持っている

いま、日本的経営を見直そう、働き方を見直そうという風潮が強いようですが、見直すまでもなく、もともと日本人はジョブホッピングのDNAを持っていると思います。ですから放っておいても、これから多くの人材が、とりわけ、若い人たちが転職をするようになると思います。

故・山本七平氏は、日本の資本主義の系譜は、武士から出家した江戸時代初期の曹洞宗の僧侶・鈴木正三 → 石田梅岩 → 渋沢栄一 → 松下幸之助であり、彼らは仕事を人間的成長の場と考えたと指摘しています。ですから、1つの会社、1つの職場でこれ以上の人間的成長が望めないと感じると、さらなる自己向上を求めて転職をすればいいのです。

これからの時代を考えると、自己向上を目指す日本的転職だけではなく、さまざまな転職が増えていくことと思います。現在進行している第4次産業革命によって、多くの会社が時代に取り残されていく可能性があります。にもかかわらず会社の経営陣が今までの成功体験を繰り返すならば、社員の人たちは、どんどんと転職するようになるでしょう。

これまでなら、そこを我慢、辛抱して、ストレスを抱えながらでも勤め続けるのが普通でしたが、これからは変わっていきます。自分の会社が第4次産業革命による変化に追いついていけない可能性があるならば、早々に見切りをつけるべきです。少々のリスクは覚悟のうえで、どんどん転職して、さまざまな経験をしたほうがいいでしょう。

私は、相当以前から「会社駅舎論」を主張し、拙著にも書き、講演でも話をしてきました。

会社駅舎論とは次のような考え方です。1つの駅でその仕事をほぼマスターし、もうこれ以上自分を高めるものはない、人間的成長をはかるものはないということなら、電車に乗って次の駅に行き、その駅舎で働いたほうがいい。そこでも「これでよし」と思ったならば、また電車に乗って、自分の希望する駅に行けばいい。あるいは、最初の駅に戻りたいと思ったならば戻ればいいではないか、というものです。

事実、私はPHP研究所の社長時代に、退職届を持ってきた社員を、いかに優秀であろうと引き留めたことはありません。

「転職」は「天職」を見つける旅路だ

それは、その人がさらに自分のスキルなり実力を高めるために、また同時に、人間的成長を図りたいという思いを持っているのでしょうから、会社のために引き留めることは、その人の実力を高める、人間的成長を高める機会選択を奪うことになると思っていたからです。

そういう考えから、私は大いに若い諸君の転職を進めたいと思います。

転職して、新しい組織の中でいろいろな経験をする。いろいろな経験をすることによって、視野も広がり、人間的交流も広がる。当然、情報も集まるようになる。そして転職を繰り返す中で、自分の天職を見つけることができるかもしれません。まさに「転職」は「天職」を見つける旅路ということになるでしょう。

退職金制度も転職をしやすい方向に変わりました。退職金をやめて給料に組み入れる会社が増えており、今では全企業の4分の1の会社が退職金を廃止しています。この傾向は年々増加しています。給料は高いけれども退職金はありませんよ、ということです。企業も、だんだんと社員の転職を容認するようになってきた。その代わり、中途採用を積極的に取り入れ、多種多様な人材を随時採用する傾向がますます強くなると思います。

新卒一括採用、一括教育、一括訓練……。こうした「一括」は百害あって益なしです。多様性が求められるこれからの時代、同じような水準の人材を数多くそろえても無意味です。むしろさまざまな、個性あふれる人材をそろえておくほうが、企業にとってメリットが大きい。規格品のような人材をつくる社員教育では、グローバル競争には勝てません。

会社も、大いに変わってくるでしょう。会社も転職を前提に経営がなされるようになります。「それでも日本的経営は、終身雇用と年功序列と企業内労働組合が根強く残っていく」などという、一時的な分析に企業も社員も惑わされてはいけません。自分のスキルをアップさせるためにも、人間的成長を図るためにも、大いに転職するべきです。そして、流動性のある労働市場こそが日本経済の活性化につながるのです。