入れ墨を入れ始めたころの1枚。当時は「これを消すとは思わなかった」という

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 2020年東京オリンピック開催を前に、外国人の施設利用規制問題や無免許彫師の逮捕騒動を見てもあきらかなように、「入れ墨・タトゥー」に対する我が国の姿勢は依然として固いままだ。

 “入れ墨を彫る=反社会的行動”と認識している人々も少なくなく、入れ墨に対して負のイメージが深く根付いてしまっているのが我が国の現状と言わざるを得ない。

 そんな中、入れ墨を彫ったはいいものの社会的生活が困難になり「消す」という選択をした人々も存在する。

 今回、日刊SPA!取材班では、そんな入れ墨を消す選択をした男性2人に会い、入れ墨を彫った動機、入れてからの生活、そして入れ墨を消した動機について深く話を聞いてみた。

◆「出世できない」と言われて消した。全身和彫りの足枷

 一昨年末より、高瀬良平氏(仮名・20代・男性・建設業)は全身に彫られた和彫りを消す為の貯金を始めた。目標金額は200万円。長い道のりになると高瀬氏は語った。

「16歳の夏のことです。当時暴走族に所属していた私は、周りの先輩の影響もあり、入れ墨を彫り始めました。最初は手から、次に胸、腕、足と時間はかかりましたが、ちょくちょく合間を縫って彫師のところに通いました。自分の墨を鏡で確認して、『仕上がってきたな』と1人で喜んでいましたよ(笑)」

 しかし、暴走族から足を洗い、19歳で仕事を始めると入れ墨への想いは徐々に薄れていったという。

「入れ墨の弊害が出てきたんです。現在、知り合いの下で建設現場の現場監督として働いています。もう仕事を始めてから3年以上経ちますが、仕事は入社当初から変わらず現場の手元や雑工ばかり。本当は営業やクライアントとの打ち合わせに参加したいのですが……」

 高瀬さんは、思い切って上司に打ち合わせに同行させてもらえないか提案してみたという。すると、意外な答えが返ってきた。

「『この入れ墨では得意先との打ち合わせには参加できないし、出世も無理だよ』と言われたんです。原因は私の仕事ぶりではなく、入れ墨でした。彫った時に多少の苦労は覚悟していましたが、まさかここまでとは…と改めて実感させられましたね」

 現在、高瀬さんは日常生活で目に見える部分の墨は隠し、入れ墨の除去を始めたという。

◆「それ、タトゥーですか?でしたら、選考は中止とさせていただきます」

 続いて話を聞いたのは、関西地方某県に住む木村正氏(仮名・31歳・不動産営業)。彼は20代前半のころ、左手にタトゥーを入れた。その動機は至って単純だったという。

「別にグレていたわけでもないのですが、知り合いにタトゥーを彫ってる人間がいまして。当時ある海外ミュージシャンに傾倒していたこともあり、そのバンド名を左手に彫ってもらいました。当時、タダで彫ってもらったので得した気分だったのを覚えています」

 しかし、その小さなタトゥーは年月を重ね大きな弊害となった。

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「当時は小さな飲食店で働いていたので、手に入っているタトゥーなんて、なんの問題もなかったんです。ただ、年齢を重ね転職活動をした時に、このタトゥーが大きな足枷になりました。ある企業の面接では、席に着席した瞬間に『それ、タトゥーですか?でしたら、選考は中止とさせていただきます』と言われました。ショックでしたね」

 木村氏は、その翌日に美容整形外科に足を運び、タトゥーの除去を依頼したという。除去手術の費用は総額10万円。「高い勉強代だった」と振り返る。

「今は、ちゃんと就職できたので消してよかったと思います。ただ、海外ではタトゥーを入れたサラリーマンも結構いて、羨ましいなぁとはいつも思います。はたして“文化の違い”という言葉でどれほどタトゥー差別を擁護できるのか。僕にはわかりません」

<取材・文/小畑マト>