極めて生々しい戦争映画でありながら同時に一人の狂人の物語でもあり、宗教的な映画としても成立している。『ハクソー・リッジ』は、多面体のような作品だ。


空気の読めない田舎の青年、衛生兵として沖縄へ


主人公デズモンド・ドスは、ヴァージニアの田舎で育った若者。彼は幼いころのある事件が原因となったトラウマと、自らに課した「誰も殺してはならない」という宗教的な戒律を持つ青年だった。第一次大戦への従軍で精神に傷を負い酒に溺れるデズモンドの父と、その父に殴られる母。厳しい家庭環境ながら、彼は地元の看護師ドロシーと恋に落ちる。

第二次世界大戦が激化する中、デズモンドは志願して陸軍に入隊する。衛生兵ならば自分も祖国に対して貢献できると考えたのだ。厳しい教練を苦もなくこなすデズモンドだったが、射撃訓練だけは断固として拒否する。彼は己に課した戒律により武器に触れることができない。連帯責任を取らされた周囲の兵士にボコられ、上官からは除隊を促されるデズモンド。しかし強情な彼は頑として譲らず、ついには軍法会議にまで発展してしまう。

意外な人物の協力によって軍法会議を乗り切り、デズモンドには衛生兵として訓練を受けることが許される。かくして1945年5月、訓練を終えたデズモンドが送り込まれたのは、当時戦闘が激化していた沖縄だった。日本軍の司令部がある首里にほど近い前田高地、米軍名ハクソー・リッジという戦場。切り立った断崖の向こう側への進撃が必要なため、戦車や大型の火砲は使えず、歩兵が断崖を縄ばしごで乗り越えて攻略するしかない場所だった。断崖の"あちら側"から"こちら側"へ、負傷兵を救い出すデズモンドの戦いが始まろうとしていた。

主人公デズモンドは頑固というレベルを飛び越えた人間である。普通軍隊で上官から「なんで銃を撃たない!」と毎日怒鳴られ、同僚の兵士たちから殴られたら心が折れる。だがデズモンドは譲らない。本当にこれ実話なのかと疑うレベル。

面白いのは自己の信念に忠実すぎるデズモンドを、『ハクソー・リッジ』は一歩引いたポジションから描いている点だ。デズモンドは雑に言ってしまえばコミュ障であり、多分現代だったらなんらかの病名がつくであろう人物である。そのへんは看護師ドロシーをくどいて初デートをするシーンに描かれており、見ていて悪い意味でドキドキした。

頑固で敬虔なキリスト教徒でしかもコミュ障という役柄を、アンドリュー・ガーフィールドは生々しく演じている。キラキラした瞳と妙に快活な態度。機嫌が悪くなったりしんどくなった時の上目遣いな目つきなど、目力だけで「こいつちょっとやばいな……」という緊張感を表現しているのだ。そして、そんなちょっとやばい衛生兵が、映画の後半で地獄の戦場に飛び込む。

デズモンドは狂人か? 聖人か?


あらかじめ言っておきたいのは、この映画の戦場の描写は半端ではないという点だ。日本版トレイラーでは「感動の実話!」みたいな煽り方だったり、ダチョウ倶楽部が宣伝していたりと(本当にあれは一体何だったんだろうか)客を油断させるような作りになっている。が、本編では銃撃や砲弾で四肢は吹っ飛び胴体はちぎれ、腐りかけた死体が転がる中を敵味方の兵士が素手で殺し合うという相当に生々しいことになっている。沖縄戦についてある程度正確な知識があったりすればそれほど驚かないと思うけど、ゴア描写に耐性がないとちょっとショッキングかもしれない。さすがドMで知られるメル・ギブソンだけのことはある。

そんな泥沼の戦場で、デズモンドは衛生兵としての職務を全うしようとする。銃は持てないから撃たれたらそれまで。敵味方がごく近い距離で入り乱れ、誰もが目を背けたくなるような戦場で正気を保ち、もう一人、あともう一人と負傷兵を担いで崖の向こう側へ救出するデズモンド。

このあたりで観客は、今までアンドリュー・ガーフィールドが積み上げてきた「いい奴だけど、こいつちょっとやばいな……」という演技の意味を知る。デズモンドはキリスト教の教えで極限状態に耐えられる、別ベクトルの狂人なのだ。戦場で兵士を助けることが神から与えられた試練ならば、それに耐えることは彼にとって喜びとなる。だから段々デズモンド自身が負傷兵を欲しているようにも見えてくるし、彼が日本兵すら救出したのは「負傷兵なら誰でもよかった」からではないか。言い方は悪いけど。実際のデズモンドによる救出作業は映画ほどハイペースではなかったようだけど、映画では短い時間に救出のための悪戦苦闘が凝縮されているから余計そう見える。

このように『ハクソー・リッジ』は際どい主題を扱っている映画なので、敵味方に公平に沖縄戦という題材を描いた作品ではない。一番ひどい目にあったであろう沖縄の住民たちは画面に登場しないし、日本兵のメンタル的な部分もほぼ考慮されない。沖縄戦はデズモンドにとっては信仰と信念が試された試練であり、デズモンドの主観に沿って作られた作品だから当然だ。いつしか映画は、デズモンドという狂人を狂人として描いたまま、兵士たちの救いとなる戦場の聖人としての側面も描き出すに至る。そしてあのラストだ。狂っているのは誰なのか。デズモンドは聖者なのか狂人なのか。

ややこしい話にもかかわらず、『ハクソー・リッジ』には本当に釘付けになった。おれが軍事オタクだからというだけではない。戦争と信仰というややこしい題材を、ややこしいままに叩きつけられたような気がしたからだろうと思う。
(しげる)