近年の米韓関係を知る人間からみると、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の登場はどうしても廬武鉉(ノ・ムヒョン)政権の黒い影を思い出さずにいられない。

 2003年2月に韓国の大統領となった廬武鉉氏は「反米、親北、反日」の志向を濃くにじませていた。長年の同盟国である米国とは距離をおき、北朝鮮に接近し、日本には激しい嫌悪や憎しみをみせるという姿勢が顕著だった。

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廬武鉉政権の態度に怒った米国

 廬武鉉大統領は就任演説でも中国などとの「北東アジアの繁栄の共同体」をうたい、北朝鮮もそこに含みかねない態度をちらつかせた。一方、朝鮮戦争で韓国を救った同盟相手である米国の名は挙げなかった。

 廬大統領は米国に対して、「韓国は北朝鮮や中国との間に立つ『仲介者(バランサー)』である」と性格づけた。そのくせ有事には米軍に米韓同盟に基づいて韓国を防衛することを求めた。

 米国の当時のジョージ・W・ブッシュ政権は強く反発した。政権内部からも議会でも激しい非難が起きた。

 共和党ロナルド・レーガン政権で国家安全保障担当の大統領補佐官を務め、ブッシュ政権にも近かったリチャード・アレン氏は、次のように廬武鉉政権を批判していた。「廬政権は、北朝鮮の核武装を阻もうとする米国の政策に反対し、米国と北朝鮮の両方に譲歩を求めています。そんなシニシズム(冷笑的態度)は米韓同盟を侵食します」。

 そして、ブッシュ政権は韓国に抗議と警告を発する具体的な行動に出る。ドナルド・ラムズフェルド国防長官が、在韓米軍を3万7000人から1万人ほど一方的に削減したのだ。この時点で米韓同盟は半世紀以上の歴史のなかで最大の危機を迎えることとなった。

 一方、廬武鉉大統領は、金大中大統領から継承した「太陽政策」(北朝鮮との融和を図る政策)で総額1兆円もの巨額の経済支援を北朝鮮に供与した。北朝鮮は、韓国が太陽政策を進める間に核兵器と弾道ミサイルの開発を飛躍的に前進させた。つまり、間接的とはいえ、韓国からの資金が明らかに北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの開発に役立ったのだ。

廬氏に酷似している文在寅氏の政策

 文在寅氏は、その廬武鉉大統領の最側近だった。いまも廬武鉉氏の政策や思想の忠実な継承者であることを公言する。米国に対して自らを北朝鮮などとの間に立つ「交渉者(ネゴシエーター)」と特徴づける点も廬氏に酷似している。

 文新大統領は、北朝鮮の軍事的脅威に触れることを微妙に避け、米国が朴槿恵前政権との合意で韓国に導入した高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備にも難色を示す。北朝鮮との融和を説き、北との開城工業団地事業や北領内の金剛山観光事業の再開を目指そうとしている。

 文政権がこうした政策を進めれば、米国のトランプ政権の北朝鮮政策と激突することは避けられない。中国も加わる国連主体の北朝鮮への経済制裁ともぶつかることとなる。まさに廬武鉉時代の悪夢を再現するような、朝鮮半島、米国、日本、そして中国から国連にまで及ぶ巨大な黒い影が立ち現れるというわけだ。

 文氏自身は投票日直前に米紙「ワシントン・ポスト」との会見で「トランプ大統領は意外に現実的な指導者だ」などと語り、米国との衝突を回避する配慮を示した。また、トランプ政権の北朝鮮制裁策に同調するような柔軟な言葉も述べた。

 だが、米側の専門家たちの間では、文大統領は、北朝鮮との融和を求める韓国内の情緒的な主張に迎合するだけで、「北朝鮮の核開発や好戦的言動を実際にどう抑えるかという戦略は皆無に等しい」(プリンストン大学のパトリシア・キム研究員)という手厳しい批判も少なくない。

根幹で混乱する米韓関係

 ワシントンの大手研究機関「ピーターソン研究所」の副所長で、長年の北朝鮮研究で知られるマーカス・ノーランド氏は、最新の報告書で文大統領の政策について「表面では米韓同盟の北朝鮮への軍事抑止の効用を認めながらも、実は米国とは距離をおき、北朝鮮との連帯を進める『太陽政策』の強化を求めているようだ」と懸念を表明した。

 だがノーランド氏によると、10年余り前の廬武鉉時代とは内外の情勢が大幅に変わったため、北朝鮮に対する新太陽政策の実行はきわめて難しくなったという。

 たとえば北朝鮮への経済面の支援は、国連の新たな経済制裁に触れる。南北離散家族の再会も、朴槿恵政権が2016年に成立させた北朝鮮人権法により国際人道基準の順守が義務づけられ、北朝鮮政府の責任が追及されることになる。さらに、北朝鮮が5月14日に新型とも思われる弾道ミサイルを発射したことも、北の軍事脅威が廬武鉉時代とは激変したことを実証している。

 とはいえ、文在寅氏のルーツを眺めると、北朝鮮への宥和姿勢が際立っていることは疑いようがない。少なくとも、これまでの朴槿恵政権の対北朝鮮政策と明らかに異なっていることは事実だ。米国が懸念を深めるのもきわめて当然と言えよう。

 こうした米国側の反応から予測されるのは、米韓関係が根幹で混乱し、さらにはリセットされるかもしれない可能性だ。その展望は、日本への複雑多岐で巨大な影響を意味することとなる。

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筆者:古森 義久