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MVNOのサービスも横並び
格安SIM」「格安スマホ」で注目される仮想移動体通信事業者(MVNO)だが、音声通話が従量制で料金がほぼ同じであるなど、サービスの横並び傾向が強いのも事実。それを解消する鍵として、最近、「HLR」「HSS」と呼ばれる加入者管理データベースが注目されている。MVNOがそれを導入すれば、音声通話定額などの新サービスを生み出すことが可能となるが、ハードルの高さから各社の姿勢も異なる。実際、加入者管理データベース導入がMVNOにどのような影響を及ぼすのだろうか。

○実は横並び傾向が強いMVNOのサービス

大手携帯電話キャリアのネットワークを借りて通信サービスを提供しているMVNOが、ここ数年で急速に存在感を高めている。その理由は、大手キャリアと比べ通信費が圧倒的に安いことにある。

実際多くのMVNOのサービスを見ると、データ通信専用のサービスであれば、高速データ通信容量が3GBのプランで月額980円程度が一般的。音声通話が可能なプランであっても、同じ容量で1,600円程度であることから、基本料だけを見れば月額7,000円前後の料金が一般的な大手キャリアのサービスと比べると、いかに安いかがわかる。

もちろん、大手キャリアと比べるとサービスに制約も少なくない。MVNOは店舗が少なくインターネット販売が主体であるなど、特にスマートフォンに詳しくない人に向けたサービスやサポートの充実度が弱いというのはよく言われることだが、もう1つよく指摘されるのは、音声通話サービスが非常に弱いことだ。

実際、MVNOの音声通話サービスを見ると、通話料が30秒20円に設定されていることがほとんど。大手キャリアで一般的な通話定額サービスも提供されていないなど、データ通信と比べかなり割高に設定されていることが分かるだろう。IP電話やプレフィックス番号を使った発信を用いることで、通話を安価にできる独自サービスを提供するMVNOもあるが、携帯電話番号とは異なる番号からの発信になる、110番などの緊急通報などがかけられないなどの弱点があるため、キャリアのサービスと比べると弱さを感じてしまうのは事実だ。

ではなぜ、音声通話サービスが割高で、しかも各社ともに同じ料金となっているのだろうか。その理由は、簡単に言ってしまえば大手キャリアがMVNOに対し、音声通話サービスに関しては30秒20円で通話できるプランしか提供していないため。MVNOはあくまで大手キャリアから回線を借りてサービスを提供する立場であるため、通話定額サービスのように大手キャリアが提供していないサービスを自身で実現することは難しいのだ。

実はデータ通信サービスに関しても、多くのMVNOの料金を見比べると、多少の違いはあれどほぼ横並びとなっている。これもMVNOがキャリアからネットワークを借りる際に支払う接続料が、どのMVNOに対しても共通となっていることが大きく影響しているのだ。

●独自サービスが提供しづらい本当の理由
○横並び解消の鍵となる「HLR」「HSS」とは

そうしたMVNO間の横並び問題を解決する鍵として注目されているのが、「HLR」(Home Location Register)と「HSS」(Home Subscriber Server)と呼ばれるものだ。

HLRやHSSは、いずれも「加入者管理データベース」などと呼ばれているが、要するにスマートフォンに挿入して利用する、モバイル通信を利用する際に必要なICカード「SIM」を管理するための仕組みである。

SIMには電話番号をはじめとして、通話や通信をするのに必要なさまざまな情報が記録されているが、それを管理しているのがHLRやHSSなのである。そしてHLRやHSSは、SIMを挿入した端末がネットワークに接続する際、そのSIMが正しい契約がなされているものかどうか、どのネットワークが利用できるかなどの認証をしたり、どの基地局に接続しているのかなどを登録したりするのに使われており、携帯電話のネットワークを円滑に利用する上で非常に重要な役割を果たしているのだ。

現在のところ、このHLRやHSSは、MVNOが回線を借りている大手キャリアが保有しており、MVNOは大手キャリアが管理しているSIM、例えばNTTドコモのMVNOであれば、NTTドコモからSIMを借りてサービスを提供している。つまりHLRやHSSの部分をキャリアに依存しているため、キャリア側が提供するSIM、ひいてはそれに紐付くネットワークやサービスしか利用できないのである。MVNO側がサービスを独自に設計し、提供することが難しいのには、そうした理由があったわけだ。

○タスクフォースを受けて自由なサービス設計へ

そこで現在進められているのが、キャリアが持つHLRやHSSを開放し、MVNO側がHLRやHSSを独自に持てるようにしようという動きである。

2015年に実施され、大きな話題となった総務省の「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」においてもこの点について議論がなされており、このタスクフォースの結果から提示された「スマートフォンの料金負担の軽減及び端末販売の適正化に関する取組方針」においても、HLRやHSSなどの加入者管理機能を「開放を促進すべき機能」として位置づけられ、総務省が事業者間協議の促進を図るとしてされている。

では、HLRやHSSがMVNOに解放されると何ができるのかというと、MVNOが独自にSIMを発行できるようになり、特定キャリアのネットワークに縛られることなく、より自由なサービス設計ができるようになる。例えばNTTドコモだけでなく、auやソフトバンクのネットワークを組み合わせたサービスを1枚のSIMで提供できるようになったり、海外にSIMを持ち出した際、より割安なキャリアの料金プランで利用できるサービスを提供できたりするようになる。

MVNO再編の動きにも
○HLRやHSSの開放がMVNO再編の契機に?

だが、自由には責任が伴うのも常である。HLRやHSSをMVNO側が持ち、独自のサービスを提供できるということは、すなわち自らHLRやHSSの設備を持って安定的に運用するためのコストが必要であることも意味している。

現在は、そうした設備を大手キャリア側に任せている分、MVNOも設備投資にかかるコストが抑えられている。だが、MVNO側がそれらの設備を持つとなると、それなりのコストと手間が発生する上に、障害が起きた時の影響も自社だけに限らなくなるため、大きな責任も発生してしまうのだ。

一部では、HLRやHSSなどの導入には30〜40億円くらいかかると言われており、小規模な事業者が多いMVNOにとってかなりの投資額だ。一方で、HLRやHSSの導入によってサービスの自由度は高まるものの、投資コストの回収なども必要となるため、現在よりも安価でサービスを提供できるかというとそうとは限らず、むしろ高くついてしまう可能性のほうが高くなる。

そうしたことから、MVNOのHLRやHSS開放に関する関心は高いものの、その導入に関しては温度差がある。開放後の設備導入に最も前向きな日本通信の代表取締役社長である福田尚久氏は、1月22日の事業戦略説明会において、先のガイドラインによって打ち出されたHLRやHSSの開放に関する動きを「第2の規制緩和」であるとし、それを受ける形で通話定額サービスなどのさまざまなサービスを実現する方針を打ち出している。さらに同社は既に10億円規模の投資を実施していることから、HLRやHSSの導入に必要とされる投資額も「現実的なものだ」としている。

だがそれ以外のMVNOは、HLRやHSSの導入に慎重な姿勢を崩していない。1月19日に実施されたインターネットイニシアティブ(IIJ)の記者説明会で、ネットワーク本部技術企画室の佐々木太志氏は、投資コストがかかることから、格安SIMとして知名度を高めている現在のMVNOと、HLRやHSSの開放は「必ずしも親和性が高いものではない。投資に見合う新たな事業の立ち上げが求められる」と話している。同様の発言はケイ・オプティコムや楽天など、いくつかのMVNOの記者説明会で見られ、多くのMVNOが導入に慎重な様子であることをうかがわせている。

こうしたMVNOの反応を見るに、実際にコストをかけてHLRやHSSを導入し、独自のサービスを提供できるMVNOの数は相当限定されるものと考えられる。それ以外のMVNOは、差別化が難しく価格競争が激しい中で現在のサービスを続けるか、HLRやHSSを導入したMVNOから回線を借りて差別化を図るか、あるいは撤退するかの3択を迫られることとなり、将来的にはMVNOが、水面下でいくつかの陣営に統合されていく可能性が高い。HLRやHSSの開放は、急速に増え200社を超えたとも言われるMVNOの、再編の口火を切る大きな契機となるかもしれない。

(佐野正弘)