「日本の情報機関は情報の収集はするが、外地でオペレーション(工作)はしない。日本政府が民間人に仕立てたスパイを送り込むことなどあり得ない。それが証拠に、対中政策における情報力はお粗末のひと言ですから」(外事警察関係者)

 中国政府が日本人男性2人を「反スパイ法」違反(昨年11月施行)で逮捕した問題。実際、スパイ容疑で拘束されている日本人は他にもいるとのウワサは根強いものの、徐々に明らかになった彼らの素顔から“スパイ”像は見えない。
 「北朝鮮国境に接する中国遼寧省丹東市で5月に拘束されたのは、神奈川県大和市在住の55歳になる男性です。男性は幼少期に北送船で北朝鮮に渡り、'90年代に脱北して2001年に日本国籍を取得している。韓国で脱北を手助けする非政府組織(NGO)とも交流があった。この地域では中国公安当局が、増え続ける脱北者を不法越境者とみなしており、脱北者のみならずNGO関係者も摘発の対象にしています。一罰百戒的な意味合いもあるのでしょう」(日本の脱北支援組織関係者)

 同時期にキリスト教の布教をしていたカナダ人夫婦も「軍事機密窃取」容疑で拘束され、9月15日に身柄を検察当局に送られている。この事例よりも2人の“日本人スパイ”の拘束が長期化しているのはなぜなのか。考えられるのは日本政府機関の関与だ。
 「55歳男性は月に1度くらいの頻度で、中朝国境付近を訪れて北朝鮮関連情報を収集していたというが、問題は旅費や滞在費をどう工面していたかです。資金が韓国のNGOから出ていたとすれば、スパイ容疑はかけられないはずですから、公安調査庁などから資金が出ていた可能性が高い」(軍事評論家・神浦元彰氏)
 実際あるジャーナリストは、公安調査庁から「旅費・滞在費を持つから重信房子(日本赤軍の元最高幹部)のインタビュー記事を取ってきてほしい」と依頼されたことがある。公安は「重信が健康かどうか、ベイルートに住んでいるかどうか」などの情報が欲しかったのだという。

 一方、太平洋側沿岸部の浙江省温州市で同じく5月に拘束されたという愛知県内に住む男性(51)は、県内の中国人経営の調査・人材派遣会社に勤め、浙江省を頻繁に訪れていた。
 この地域では昨年から空軍施設の建設が始まった他、尖閣諸島を巡回する中国海警局の基地建設も始まっている。
 「51歳男性の家族が瀋陽の日本総領事館に訴えたことで事件は発覚したが、これまで日中両政府が表立って対応してこなかったのは不可解です。両国に表沙汰にしたくない事情でもあるのかと疑いたくもなりますが、この男性は軍事オタクらしいとの証言もあります。そしてもう1人、6月に北京で拘束された東京の60代男性がいます。過去に航空会社に勤務し、定年後に北海道で牧場経営に携わりながら日中間の人材派遣の公益団体を立ち上げています。いわゆる『日中友好人士』の1人ですから逮捕には至っていないらしく、この人は釈放される可能性が高い」(通信社外報部記者)

 読売新聞は9月6日、排水量1万2000トンの中国最大の新造巡視船『海警2901』が、浙江省舟山の中国海警局の港湾に係留されていることを報じた。この艦は海上保安庁最大の巡視船『しきしま』(6500トン)の2倍の大きさだ。
 「51歳男性が“うっかり”撮影したとすれば、それは考えにくい。この巡視船は、中国海軍も運用しているZ-8型ヘリ3機を搭載・運用可能ですし、自衛艦が武装している76ミリ速射砲を装備するなど国際的には巡視船ではなく軍艦です。おそらく中国当局が『えっ』というような被写体か、多過ぎる記録が出てきたのでしょう。もっとも本当にスパイなら、カメラなどには納めませんが…」(軍事ジャーナリスト)