マーリンズ・イチロー【写真:田口有史】

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両軍ナインがベンチ最前列で見守り、地元メディアも興奮

 マーリンズイチロー外野手が、2015年シーズン最終戦の敵地フィリーズ戦で、8回裏にメジャー人生初のマウンドを踏みしめた。1回2安打1失点のピッチングだったが、愛工大名電高時代にエースだったレジェンドの晴れ舞台で、両軍ベンチ、ブルペン、そして、敵地ファンの示した多大な“リスペクト”は、地元メディアで大きな話題となった。

 マイアミで放送している地元テレビ局「FOXスポーツ・フロリダ」の実況は8回裏のフィリーズの攻撃が始まると、イチローの初舞台を紹介した。

「レディース・アンド・ジェントルマン! 殿堂入り選手、イチローです。メジャーでピッチングを見せようとしています。イチローはマウンドでウォーミングアップをしています。これがイチローが日本とメジャーリーグで監督に長きにわたりロビー活動を続けてきたことでした。

 彼は(マリナーズ時代に)ルー・ピネラ監督に投げさせてほしいとずっと頼んでいました。ニューヨークではジョー・ジラルディ監督に、もしも誰か必要なら、僕に投げさせてほしいと伝えていました。ついに、2015年シーズン最終日に、高校時代に日本で素晴らしいピッチャーだったイチローはマウンドに立ちました」

ブルペンの投手も総立ち、「歴史的瞬間だと分かっています」

 マリナーズ時代、そして、ヤンキース時代にもチャンスさえあればマウンドに立ちたいと願い、指揮官に直訴してきたというイチロー。メジャー最年長野手の願いは渡米15年目、42歳の誕生日(10月22日)目前に叶ったのだ。

 イチローは18球を投げ、2安打を浴びて1失点を喫したが、切れ味鋭いスライダーでメジャーの打者から空振りも奪った。最速は89マイル(約143キロ)を記録。先頭打者に2球目を捉えられ、二塁打を打たれた瞬間、ものすごく悔しそうな表情を浮かべたレジェンドだが、そのマウンドさばきに誰もが注目していた。

「これはクールです。フィリーズ全員を見てください。彼らも一列に勢ぞろいしています。これが歴史的瞬間だと分かっています。マーリンズも全員並んでますね」

 マーリンズだけでなく、対戦相手のフィリーズも、選手、スタッフがダッグアウトの最前列に並び、見守っていた。さらに、実況は「ブルペンも総立ちで見ていますね」とも説明。投球練習を行っていたピッチャー以外、マーリンズのリリーフ陣も遠くから背番号51の勇姿を見守っていた。

敵地ファンからカーテンコール、「フィラデルフィアで最高の瞬間」

 大量得点差のついた試合で、野手がマウンドに上がることはメジャーでは珍しくない。この日のマーリンズは2−6と微妙な点差だったが、どちらもすでにプレーオフ進出の望みが断たれた消化試合だった。ただ、野手の登板で周囲からここまで真剣な視線が注がれる光景は珍しいと言えるかもしれない。

 5人目の打者を外野フライに仕留めたイチローがダッグアウトに引き上げると、敵地シチズンズ・バンク・パークの観衆から大きな拍手が巻き起こった。

「フィリーズファンから素晴らしいカーテンコールを受けています。そして、チームメートからも。15年間待ちました。ロビー活動を続けて、ついに彼は投げました。フィラデルフィアで最高の瞬間です」

 実況は、その光景を万感の様子で伝えた。満面の笑みで出迎えた同僚とハイタッチしながらも、ダッグアウトに戻ったイチローはピッチングに納得いかない様子だった。だが、念願の舞台で喝采を浴びたレジェンドの目は野球少年のような清々しい充実感に満ちていた。