ソフトバンクの「出産祝金制度」/「出産祝い金制度」を持つ主な会社

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5人目に500万円。TOEIC900点で100万円。なぜ破格のインセンティブを掲げるのか。

■5人を産むと合計915万円

脳がちぎれるほど考えよ――。これは孫正義社長の口癖のひとつだが、その卓抜したアイデアは人事制度にも発揮されている。

なかでも世間をあっと言わせたのが、最大500万円を支給する「出産祝金制度」だ。第1子5万円、第2子10万円、第3子100万円、第4子300万円、第5子以降は500万円を支給する。「日本一の少子化対策企業を目指そう」という孫社長の発案で、2007年からスタートした制度だ。

「入社してから5人をもうけると合計915万円の祝金を受け取ることになります。あるいは互いに2人の連れ子を持つ男女が結婚し、5人目が生まれても500万円を支給します。実際に受給例もありますよ」(労務厚生企画課・稲葉充穂課長)

13年の実績では、第1子・2子は780件、3子以上では65件の支給があった。特に3子以上は開始以来、件数が増え続けているという。なお4人目以降の場合は高額なため、所得税などへの影響を考え、毎年100万円ずつの分割となる。

こうした出産祝い金制度を持つ企業はこの数年、増加傾向にある。たとえばバンダイナムコHDや大和証券グループ本社が、3人目以降に200万円、さらに大和ハウス工業は1人目から毎回100万円を支給している。

それでも「最大500万円」という金額は群を抜いている。とにかくインパクトのある数字を掲げるのはソフトバンクの得意技だ。育児支援の手厚い会社としてのイメージを打ち出すことは、優秀な人材を獲得するうえでも有効だろう。また「日本一」を掲げたことで、小学校3年生終了まで利用できる短時間勤務制度や、小学生を対象にした携帯電話の無料配布など、関連する制度も充実してきた。ほかの企業には真似のできない奇抜な発想だ。

ソフトバンクらしい施策はまだある。最大100万円を支給する「英語力向上インセンティブ制度」だ。

■きっかけはスプリント買収

これは12年10月に発表された米国3位の携帯電話会社「スプリント・ネクステル」の買収にともない、13年1月に導入された。事業の海外展開の推進により、社員のグローバル化も支援する、というものだ。

社員は英語能力テスト「TOEIC(990点満点)」を半期に1回、無料で受験できる。このスコアに応じて、800点以上は30万円、900点以上は100万円が支給される。

期間は15年12月末までの3年間。この期間にスコアを上げた人だけでなく、以前から英語が得意な社員も支給の対象になる。ただし、期間内に800点に到達して30万円の支給を受けていると、その後に900点以上をとった場合の金額は差額の70万円となる。二重取りはできない。

対象者は国内主要グループ5社の約1万7000人。報奨金だけでなく、600点以上の社員には英会話スクールのマンツーマンレッスンやオンライン英会話、英語合宿などが提供され、スコア向上への後押しがある。

同社はスコア800点以上の社員を15年末までに3000人に増やす計画だ。現時点での到達者は約1000人。英語力のレベルに合わせた仕掛けをきめ細かく用意し、さらに高得点者に100万円というインセンティブを与えて英語力の向上を促すというのがソフトバンクのやり方だ。つまり、会社は本人の意欲をかきたてるための支援はするが、あくまでも本人の自主性、能動性を尊重する。

一方、「英語公用語化」を掲げ、半ば強制的に学習させる企業もある。そのほうが短期的には社員の英語力は上達するだろうが、仕事と英語習得の二重の負担がストレスを増し、日常業務への支障や離職による社員の流出というリスクも発生しかねない。それに対してソフトバンクのやり方は、本人の成長意欲への働きかけを通じた自律型グローバル人材の育成を目指しており、その手法は興味深い。

■ライバル社員と経営課題を議論

人材の育成では、「ソフトバンクアカデミア」もユニークだ。孫社長の後継者の発掘・育成を目的として2010年に開講した。300人の受講生うち、半分はグループ外の人間で占められている。外部からの受講生にはライバル会社の社員もいるというから驚く。

「300人のうち、社内から集まった精鋭が半分です。30代前半が中心ですが、今年入社した新人から役員クラスまで年齢は問いません。外部からの受講生は、約7割が経営者。この中には上場企業の社長もいます。そのほかには、官僚や政治家、医師など様々な職種の人が集まっています」(人材開発部・源田泰之部長)

内部の受講生は、いわば幹部候補だが、決して安泰ではない。講義の成績で毎年下位20%を落とし、新たに入れ替えている。講義は、ソフトバンクの直面する経営課題について、具体的な提案を求め、議論するという実践的なものだ。孫社長も自ら議論に参加する。

「アカデミアの中で頭角を現した人にふさわしいポジションを用意し、そこで実績を挙げて勝ち残り、後継者になるというのが道筋です。ですからアカデミアでの学びと経営現場への配置による育成はセット。20代の社員が経営戦略を担当するグループに抜擢されたり、グループ会社の役員に選ばれたりするケースもあります」(源田部長)

幹部養成のために独自のスクールを設ける企業は多い。だが、外部との本格的な競い合いはプログラムに組み込みづらく、また卒業後に幹部として抜擢するまでも時間がかかりがちだ。その点、アカデミアは講義そのものが外部人材との「他流試合」の場となっており、そこでの学びのレベルは非常に高い。さらに優秀な人材は、すぐに抜擢されるため、経営職としての「修羅場」の経験が、さらなる成長を促すことになる。果たして、その中から後継者が現れるのか。今後の成果に注目したい。

(溝上憲文=文 遠藤素子=撮影)