『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40 上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)

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 "ビリギャル"の勢いが止まらない。勉強のできないおバカな金髪ギャル・さやかが、1人の塾講師と出会い、たった1年で偏差値を40上げて慶應義塾大学に合格した──。塾講師である著者が綴った奇跡の大逆転物語『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40 上げて慶應大学に現役合格した話』(坪田信貴/KADOKAWA、アスキー・メディアワークス)、通称"ビリギャル"は、大きな話題を呼び65万部を超えるベストセラーになっている。今年2月に同じ版元から出されたビリギャルの母親の本『ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話』もヒット、さらに有村架純主演の映画『ビリギャル』も昨日から公開されている。

 しかし、このビリギャルに本当の意味で"ビリのギャルだったのか"という疑問の声が浮上しているのだ。

 ビリギャルといえば、まず思い浮かぶのが本のカバーを飾るギャルだろう。ミニスカ制服に金髪、マスカラやアイラインで目元を強調したガッツリメイクで、反抗的な表情を浮かべる、いかにもなギャルだ。彼女がビリギャルだと思っている人もいるかもしれないが、このギャル、実はファッション誌『JELLY』(ぶんか社)などで活躍する石川恋というモデルで、ビリギャル本人でも慶應生でもない。

 もっとも、これは本にも明記されていることで、実際に本を読んだ人には周知のこと。問題なのは写真でなく、タイトルやそのフレコミだ。

 まず、塾講師の著者いわく、ビリギャルと出会った当時、彼女は「小学4年生の学力のギャル」だったというが、本当なのだろうか。

 というのも、ビリギャルは中学受験を突破し、私立の中高一貫校に通っていたのだ。実際、同書にもこんな記述がサラッと書かれてある。

「彼女は名古屋では「お嬢様学校」と呼ばれる私立女子高Xに通っている高校2年生。中学から大学までほとんど試験なしでエスカレーター式に上がれる」
「君、一応、私立中学受験してるんだよね?」

 名古屋で「お嬢様学校」といえば、名古屋の女子中学受験の「御三家」「SSK」と呼ばれる「金城学院」か「愛知淑徳学園」か「椙山女学園」のいずれか。本に出てくる「算数と国語の2教科受験」「Aクラス・Bクラス・Cクラスの3クラス制」、また投稿サイト「Story.jp」に掲載されている成績表の学年人数などから、愛知淑徳学園である可能性が高い。

「週刊朝日」(朝日新聞出版)4月17日号の「全国3332高校主要大学合格者数総覧」で愛知淑徳学園の今年の合格実績を見ると、卒業生279名で、早稲田5名、慶應6名、明治22名、青学14名、中央11名、立命館66名、東大1名、京大3名、名古屋大22名......とそれなりの進学校だ。つまりビリギャルはビリと言っても、あくまでも"進学校でビリ"なだけなのである。

 愛知淑徳の中学の偏差値は60前後もあり、著者のいう「小学4年の学力」では受からないだろう。たとえ愛知淑徳でなかったとしても、そもそも中学受験は一般的に小学校の勉強だけで受かるものではない。いくらなんでも小学4年レベルの学力というのは、あり得ないのではないか。

 さらにタイトルにある「1年で偏差値を40上げて」の「1年で」というのも誇大表現気味だ。著者はビリギャルことさやかがはじめて塾にやってきたときのことを、こう書いている。

「そんな高校2年の夏、ああちゃん(=さやかの母親のこと)に『さやかちゃんも、そろそろ大学のことを考えたほうがいいんじゃない?』と言われて、僕の塾へ連れて来られたのでした」
「こうしてさやかちゃんは、週に3回、僕が勤めていた塾の夏期講習に通って来るようになります」
「高校2年の夏期講習が終わり、それまで週3回来ていたさやかちゃんは、週4回、塾に通って来るようになります」

 そう。ビリギャルは高校2年の夏には週3回塾に通い、受験勉強を始めているのである。しかも高2の2学期からは週4回も塾に通っている。「1年で」ではなく「1年半で」だし、高2の夏から受験勉強ってふつうの高校生よりむしろ早いくらいではないか。

 本当に偏差値30の高校3年生がこの本を読んでも「わたしにも、できる!」とは、到底思えないだろう。

 映画でビリギャルの母親を演じた吉田羊が「奇跡のようなお話ではあるけど、その奇跡にはちゃんと理由がある。その理由を劇場で確認してほしいですね」と語っているが、まさに奇跡には理由があったのだ。

 理由のひとつは、これまで指摘してきたように、ビリギャルは中高一貫の進学校に通っていて、そもそも小4レベルの学力などではなかったこと。しかし理由はほかにもある。もうひとつは、慶應大学に狙いを定めたことだ。実は、彼女が合格した慶應大学SFCの総合政策学部の受験科目は、英語(あるいは数学)と小論文の2科目。また、受験には落ちたが本命だった文学部も、英語(外国語)と小論文と日本史(あるいは世界史)で、歴史科目の配点の比重は少ない。つまり、ほぼ英語と小論文しか必要のない学部なのだ。

 しかも小論文は、最初から得意だったらしい。

「実は小論文に関しては、さやかちゃんはなぜか最初からセンスがありました。お話の中に入り込んで、怒ったり、感動したりするセンスがあったからです。そしてなぜか(?)字がきれいなのも好印象でした」

 最初からセンスがあった。つまり、ビリギャルには小論文に必要な読解力や論理的思考力、文章力がもともと備わっていたということなのだろう。

 となると、英語にしぼって勉強すればよかったのだ。

 さらにいうと、慶應の入試の場合、英語でも、小論文のセンスに通じる読解力や論理的思考力は、かなり重要な要素だ。実は、ビリギャルの本命だった慶應文学部の入試の英語は超長文1題で辞書持ち込み可という特徴がある。つまり、英語力ももちろん必要だが、単に英単語をたくさん暗記しているということ以上に、読解力が求められているのだ。合格した総合政策学部の英語も文学部ほどの長文ではないが、やはり読解力を要する問題。ある程度、高校レベルの英語能力を習得すれば、小論文のセンスがあるビリギャルには、かなり相性のいい試験だったはずだ。

 実際、著者も「過去の入試問題を解いた結果を考えると、さやかちゃんが受かるとしたら、この学部(=慶應文学部)」「文学部の過去問は9割以上取れていた」などと慶應文学部の問題とビリギャルの相性の良さを語っている。
 
 高2夏の段階から慶應に狙いを定め他科目を捨て、1年半で英語1科目だけにしぼって偏差値を上げるというのは、そこまで難しい話ではないのではないか(事実、ビリギャルの母親は受験に関係ない学校の授業では娘の居眠りを許容しろと学校に直談判までしている)。

 中高一貫の進学校でビリのギャルが、高2の夏から1年半勉強して英語の偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話。それが、この奇跡の感動物語の本当のところだ。

 実際、同書で紹介されている勉強法をひとつひとつ読んでみても、特別、画期的なものではなく、よく言えばオーソドックス、ハッキリ言えば普通のものばかり。

 たしかにそのオーソドックスな勉強法を実際にやり続ければ、成績は上がるだろう。むしろ、問題はそれを1年半もやり続けられるかどうかで、普通は続かない。それをやらせたのが、この本の著者である塾講師だろう。

 ただ塾は、公教育でも慈善事業でもないわけで、通うのは、もちろんタダじゃない。当然お金がかかる。

「彼女が高校3年生に上がろうとする頃のことでした。そこで、僕は、無制限コースという、日曜を除けば塾へ毎日来られる学習コースを、さやかちゃんに勧めます。ただ、それには当時の塾に、百数十万円というまとまったお金を前払いしてもらう必要がありました」

 百数十万円! いくら毎日通えるといっても、相当な高額だ。中学から私立に通わせたうえ、塾に百数十万円ぽーんと払える家庭など、そう多くはないだろう。

 東大生の親の半分以上が年収1000万円というデータもあるが、親の年収や教育方針などによって、子どもの成績や学歴が大きく左右されてしまう傾向は強まる一方だ。その影響ゆえだろう、親のための受験本もどんどん増えている。『ビリギャル』でも母親の教育熱心エピソードがたくさん出てくるし、母親自身も"ビリママ"として教育本を出版した。『ビリギャル』自体、受験生自身より親のほうによく読まれている。

『ビリギャル』は奇跡の大逆転物語などではなく、「中学受験のあと何年か遊んでいても、高いお金を払っていい塾に行けば大学受験はなんとかなる」という、現在の教育格差を象徴する話だったのではないか。

 奇跡には、理由がある──。そして最大の理由はお金、というのが日本社会の現状なのだろう。
(本田コッペ)