平山相太さんは32歳で引退を決めた後、6年間の学生生活を送った。彼は「ふがいない自分」という表現で選手時代を振り返るが、選手時代の挫折と苦労はネクストキャリアの糧にもなる。 平山さんはサッカー部のコーチを務めながら仙台大を卒業。「もう少し勉強しなければ」という思いから、筑波大の大学院入学を決める。やはりサッカー部(蹴球部)の指導に関わりつつ2年間の研究生活を送った。