一般的な「コンパ」の様子。100畳敷きの専用の大部屋を本社や各工場が完備。

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京セラ発のフィロソフィと部門別採算制度という2大稲盛メソッドを国内外のあらゆる企業・団体が採用している。加速度的にコストが下がり、飛躍的に業績が上がる奇跡の現場に密着。

酒を飲みながら本音で語る「飲み会」は、多くの会社では、時代とともに位置づけが変わったイベントだ。その昔、部下が喜んでお供した時代から、一時は世代間ギャップの象徴となり、上司が声をかけても部下に断られるようになった。近年は逆に“飲みニケーション”の効果が、若手にも見直されつつある。

だが京セラでは、昔もいまも重視される存在だ。同社では社員同士の飲み会を「コンパ」と呼ぶ。

京都市伏見区の京セラ本社ビル。この12階に居酒屋の座敷のような100畳敷きの和室がある。コンパ・ルームだ。ここで社員は、酒を酌み交わしながら意見をぶつけ合う。

京セラのコンパは「和室」で「鍋」を囲むのが基本。ひざをまじえての対話を重視する。グローバルに事業展開する同社だが、年に2回、世界中から経営幹部が集まる「国際経営会議」後のコンパでも、すき焼きなどの鍋が用意される。

専用部屋があるように、開催場所は社内が多い。食事の材料は、同社の社員食堂を運営する業者が割安で提供し、費用は全額、個人の自己負担。会によって異なり、1人2000円から3000円程度が多い。基本的に全員参加で、1〜2週間前から参加者の予定を押さえる。

■工場にもある巨大コンパ部屋

コンパの発案者も京セラ創業者で、現名誉会長の稲盛和夫氏だ。創業まもない昭和30年代から、残業続きの社員をねぎらう慰労会を開いていたのがルーツとか。滋賀工場(当時)の設立当初、社員と「野外すき焼きパーティ」で鍋をつつく、若き稲盛氏の写真も残っている。

京セラ流コンパを、滋賀八日市工場長の松下茂次氏はこう説明する。

「各組織が『同じ目標に向かって、みんなの気持ちを一つにする行為』がコンパです。ふだんの会議では、どうしても形式的な話に追われてしまう。お酒が入ると、人は本音で話しますから、腹を割って意見を交わすことができるのです」

役職が上になるほど、若手との対話が減りがちになるが、潤滑油の役目も果たすようだ。

現在は工場長の松下氏だが、かつては事業部の副事業部長を務めた時期もある。事業部門と間接部門でコンパの中身に大差はないが、生産では、課題解決のためにアイデアを出し合う場になるという。

実は京セラでは、大半の工場にも畳敷きのコンパ・ルームがある。コンパの参加人数は、状況によって違い、5〜6人で行うときもあれば50人規模のときもある。一般企業の歓送迎会や忘年会と変わらないが、実施回数は断然多い。

「昨年1年間に八日市工場で開催されたコンパは350回ありました」と、総務課責任者の松永健司氏は説明する。客集めに苦労する飲食店が、うらやましがるような稼働率だ。

コンパで交わされるのは、仕事の話が圧倒的に多い。昔に比べて社員気質の変化もあるが、京セラでは病気や出張以外でコンパを欠席する社員は、まずいない。交通不便な工場では社員の大半は自家用車での通勤だが、大人数のコンパでは、最寄りの駅まで送迎バスを用意する。

松下氏によれば、コンパを通じて部下の適性を見極めることもできるという。

「アイツはふだん口数が少ないけど、強い意志を持っているなとか、こういう面が得意なんやな、といった意外な一面を知ることができます。日ごろは目の前の仕事に追われて、一人ひとりの社員とじっくり話をする機会が少ないですから」

コンパで把握した部下の適性を勘案して、新たなアメーバ組織を編成する際のメンバー選定にも使う。ふだんから段取りがよい人よりも、内に秘めた部分を持つ人のほうが、「アメーバリーダーに抜擢すると真価を発揮する」とか。

ただしコンパは、社外の人とは実施しない。生産部門の場合は「協力会社」と呼ばれる取引先が多いが、そうした相手とも行わない。これは馴れ合いを防ぐ意味もあるようだ。

懇親目的の飲み会は、組織の壁を乗り越える役割も期待されるが、「生産の場合は、壁というよりも、他部署と競い合うことが多い」という。

松下氏はこう振り返る。

「私が若いころ、みんなが必死に作った製品が出荷できず、他部署の製品が先に出荷されたことがありました。あのときは、アタマにきて『みんな帰れ!』と叫んだものです。その後にコンパをやって、『あのときは悔しかったな。今度はこういう手順でアピールしようや』と次々にアイデアが湧いてきた。酒の席で本音を語ると、そんな知恵も出てくるのです」

■熱意を引き出すための仕掛け

酒席における姿勢を示す、稲盛氏のこんな言葉がある。「ただ面白おかしく、ただ酒をくらって己を忘れてしまうような、酒に飲まれるような酒は『下の下』です」というものだ。

その意を汲んだ京セラのコンパは、あくまでも仕事色が強い。目立たない下支えの業務の担当者にも目を配る機会となる。「会社にはメジャーな仕事とサブメジャーな仕事がある。どんな仕事であれ、その仕事でのキーパーソンをねらえ」と激励するという。

コンパを決起集会の場に使うことも多い。若手から順に「私はこの役割で、必ず目標を達成します」といった決意をメンバーの前で発表させる。

上司と部下の関係も、1980年代を思わせる濃密さだ。松下氏はこんな体験を明かす。

「若手社員を叱る場に使うこともあります。『オマエと同期の人間はここまでやっとるぞ。そんな取り組みでいいんか。もっと頑張れや』と。当社では少数ですが、そういう社員は仕事へのやりがいを感じず、目標設定も甘い。コンパの場を利用してガツンと言います」

こうして叱った効果はどうなのか。「正直言って5人に1人は変わらないですね。でも、あとの4人は心を入れ替えて、仕事への取り組みに変化が表れてきます」。

時にはフォローアップも行う。

「あのときの決意表明で話したこと、その後どうなっとるんや」と仕向けると、向こうから経過報告してくれることもあるとか。

稲盛氏のフィロソフィの中に「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という言葉がある。能力は先天的な面もあるが、熱意は自分の意思によって引き上げられる。考え方は、生きる姿勢によってマイナス100点からプラス100点まで差が開く――と示す。

京セラにおける「コンパ」とは、アメーバ経営と同じように、社員の「考え方」をプラスの方向に向かわせて、「熱意」を引き出す役割のようだ。

企業現場では、よく「全社一丸」という言葉を使うが、昔から日本では「同じ釜の飯を食った仲」という関係も重視する。この絆が、アメーバ経営を側面から支えているようだ。

(高井尚之=文 永野一晃=撮影 京セラ=写真)