錦織圭が、初出場のワールドツアーファイナルズでベスト4に進出した。これは、大会初出場に続き、日本男子としてはもちろん、アジア男子としても初となる歴史的快挙だ。

 自己最高のATPランキング5位になってから初めて臨んだこの大会、錦織はラウンドロビン(RR)の初戦で、過去3戦3敗のアンディ・マリー(6位)と対戦すると、地元イギリスの英雄を6−4、6−4で破り、ツアーファイナルズのデビュー戦で初勝利を飾った。

 錦織は、カウンターショットを得意とするマリーのお株を奪うように、ベースラインの中へステップインして攻撃的なグラウンドストロークで主導権を握ると、マリーからの初勝利をつかみ取った。

 マリーは昨年秋に腰の手術をして以来、2、3年前の好調時のテニスをまだ取り戻せていないものの、世界トップのひとりであることに変わりはなく、その彼が錦織の今シーズンの成長を次のように評価した。

「(錦織は)よりチャンスをものにでき、以前よりさらにアグレッシブになった。ストロークでは、ボールを早く捕らえ、コースを変えられる。彼は優れたショットメイカーだ」

 こう評された錦織は、トップ8人が集うツアーファイナルズでの初勝利によって、トッププレーヤーとしての自信をより深めた。

「1試合目に1勝を挙げたのは、大きな意味があると思う。今まで経験してきたことによって、この大舞台でもあがらずに、しっかり自分のプレーができた。(マリーは)まだ勝っていない相手で、少し苦手意識はありましたけど、今年は自分自身が違う選手になったということを、自分で思い込んでやっていました」

 続くRR2戦目では、錦織は、ツアー最終戦13年連続出場のロジャー・フェデラー(2位)に3−6、2−6で敗れた。33歳のベテランは、年齢を感じさせない躍動感あふれるテニスを見せ、好調のサーブを軸に、サーブ&ボレーを織り交ぜ、超攻撃的なテニスで錦織の反撃を許さなかった。

「やっぱりタフな相手でしたし、今日は特に(フェデラーの)サーブが良かったので、自分にもチャンスはありましたけど、サーブの良さで切り抜けられた。ブレークを一度もできなかった。彼らしいというか、やはり強いなという印象が、一番ありました」

 昨シーズンの不調から抜け出し、強さを取り戻したフェデラーに負けはしたが、ツアーファイナルズという特別な舞台で、尊敬してきた特別な選手と戦えたことは、必ず錦織の財産になるはずだ。

 続くRR3戦目、ミロシュ・ラオニッチ(8位)が太もものケガによって棄権したため、錦織は代替出場のダビド・フェレール(10位)と対戦。4−6、6−4、6−1の逆転で勝利した。2勝1敗となったこの時点で、錦織の準決勝進出は確定していなかったが、次の試合でフェデラーがマリーを破って3勝目を挙げ、Bグループは、1位のフェデラーと2位の錦織が、それぞれ準決勝へ駒を進めた。

 今回のツアーファイナルズには、24歳の錦織を含めて、23歳のラオニッチと26歳のマリン・チリッチ(9位)の3人が初出場を果たした。だが、大会5日目までに、初出場組で勝ち星を挙げているのは錦織だけで、他のふたりは、初出場の洗礼を受けている。

「初めての舞台で、ここまでいいテニスができているのは、自信になるし、嬉しいです。(ツアーファイナルズは)やっぱり誰にとっても、タフな大きな舞台で、初めてというのは大変だと思う。たまたま自分はいいテニスができていて、自信もついてきている。彼ら(ラオニッチとチリッチ)は、たぶんケガも少しあって、完璧な試合ができたとは思えない」(錦織)

 たとえば、現在の世界ナンバーワンで、この大会で3度優勝しているノバク・ジョコビッチは、07年に20歳でマスターズカップ(当時のツアー最終戦の呼称)に初出場を果たしたが、RR3敗で苦いデビューだった。当時のジョコビッチは、シーズン終盤に来てガス欠状態で、体力もメンタルもすっかり消耗してしまっていたのだ。

 一方、大会最多6度の優勝経験を持つフェデラーは、21歳で02年のマスターズカップにデビューすると、いきなりRRで3連勝。ベスト4に進出し、準決勝では当時の世界ナンバーワンのレイトン・ヒューイットにフルセットで敗れたものの、その後の飛躍を予感させる活躍を見せたのだった。フェデラーは、当時のことを次のように回想する。

「2002年の初出場のことは、よく覚えているよ。(開催地の)上海で、僕はとてもいいプレーができた。自分自身をまったく疑わなかった。ただプレーに専念した。失うものはなかった。シーズンを力強く終えようと臨んだだけだったよ」

 今回のロンドンでの、錦織と同世代の初出場選手の苦戦や、歴代チャンピオン達のマスターズカップデビューとの比較からもわかるように、錦織のツアーファイナルズ初出場でのベスト4進出は、非常に価値ある結果といえる。

 準決勝で錦織は、Aグループを1位通過してくると予想される王者ジョコビッチと対戦することが濃厚だ。気がかりなのは、錦織が大会前から右手首にテーピングをして毎試合臨んでおり、決して万全ではないことだ。

「100%の状態ではないので、影響は少しある。いつものように全身を使って、すべてのショットを打てるわけではない。ただ、悪い状態でもケガということでなく、いいプレーは出てきている」(錦織)

 準決勝は15日に行なわれ、回復にあてる時間が1日あることは、錦織にとって大きいだろう。そして、今の錦織は、「失うものは何もない」と言っていた若き日のフェデラーの姿と重なる。最高のシーズンの最高の締めくくりとなるように、ツアーファイナルズの初優勝を狙う強い気持ちで戦う錦織のプレーを見てみたい。

神 仁司●取材・文 text by Ko Hitoshi