『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!〜涙と笑いの球界興亡クロニクル〜』(長谷川晶一/集英社)
前代未聞で前人未踏! 12球団の公式ファンクラブ全部に10年間入会し続ける男が、12球団×10年間=120年分のファンサービスを徹底比較。

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野球が好きだ。
野球にまつわる拙文もいくつかの媒体で書かせていただいている。

でも、野球好きを公言する上でひとつだけコンプレックスがある。
12球団、どのチームのファンもでもないということだ。
このことを言うと驚かれることが多い。
それって、野球をどう楽しむの? と。

いやいや、勝った負けたで一喜一憂することなく、フラットに「野球」というスポーツを楽しむことができるんだよ……という話をしても、特定の球団を愛する人にはなかなかわかってもらえない。

もっとも、そんな自分も小さな頃は水道橋にある某球団のファンだった。誰に教わるわけでもなくリコーダーで「青い稲妻」を吹き、若大将が打席に立てばフォームを真似てテレビに釘付けになっていた。

だからこそ思う。応援歌を歌ったり、応援グッズに囲まれるのはさぞかし楽しいだろうなぁと。いや、楽しかったもんなぁと。

今の自分はそんな野球の楽しみ方とは無縁だと思っていたから、この本を手に取って素直に脱帽した。その手があったか、と。
『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』
ひとつだけが無理なら、全部に入ってしまえば良かったのか! 

著者はスポーツライターの長谷川晶一。岩本勉(元日本ハム)の高校時代にまつわるエピソードを紡いだ『夏を赦す』、女子野球を追いかけた『マドンナジャパン 光のつかみ方 世界最強野球女子』、3年間だけ存在した伝説の球団のノンフィクション『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』などなど、野球という競技を独自の視点で描き続けるライターだ。

本書はそんな野球を愛する著者が、2005年〜2014年の10年間、60万円超の私費を投じてプロ野球12球団のファンクラブに入会し続け、特典グッズやファンサービスを比較検討した一冊である。本の帯には「前代未聞、前人未到」と書かれているが、確かにこんなバカげたことをする人はどんな野球ファンであってもいないと思う。だからこそ、同じライターとして「やられた感」があった。

著者である長谷川は熱狂的なヤクルトスワローズファンだ。しかし、2004年のファンクラブ特典があまりにもショボいと感じてしまったことで「他球団は、どうなんだろう?」と疑問を抱き、2005年に他球団のファンクラブにも入会することを決意する。

この本が大きな意義を持つのは、この2004〜2005年が「球界再編騒動」で揺れに揺れた、日本プロ野球史における非常にエポックな年だったということだ。

「球界再編騒動」でファン離れが懸念され始めたこの年以降、プロ野球各球団において「ファンサービス」が大きなテーマになったのはご存知のとおり。だからこそ、各ファンクラブを定点観測で記録した本書は、野球文化史という側面においても貴重な書といって過言ではない。

実際、著者が最初に全ファンクラブに入会しようとした2005年、中日と広島のファンクラブには一般成人男性が入会できるカテゴリーが存在しなかった。その1点だけみても、10年前の球界においてファンサービスの視点がまだまだ希薄だったことの証左でもある。

しかし、年を追うごとに各球団はファンクラブの入会カテゴリーを複数階層に細分化し、女性ファン獲得に注力し、WEBサービスを充実させていく。それは球界に限らず、社会の歩みともリンクしていく出来事だ。本書では、1年ごとに当時の社会での出来事や首相が誰だったかも記されている。10年の間で8年間も首相が年に二人いた点からも、移り変わりの激しい時代だったことがよくわかってくる。

毎年どのようにファンクラブ特典やサービスが変化していったのか、という縦軸で見ていくも良し。球団ごとのサービスの違いやいいものはどんどん真似をしていく過程を「12球団別ファンクラブ通信簿」という横軸で見比べてみるのも興味深いはず。自分の愛する球団のいいところ、ダメなところはどこかはしっかり押さえておきたい。

そして一人の酔狂な野球ファンが「ファンクラブ」を通して変貌していく様を追いかけていくのもまた一興だ。ヤクルトを愛する著者は、全球団のファンクラブに入会する際に巨人ファンクラブに入ることだけは抵抗を感じたという。そんな男が、やがて巨人ファンクラブの丁寧なサービスぶりに惹かれ、「いいものはいい」と認めていく過程は、自分の球団さえ強ければいい、というどこぞの球団オーナーにこそ読んでもらいたい。

そうなのだ。この本は野球ファン以上に球団関係者こそ読むべき、「ファンサービスの教科書」でもあるのだ。
著者は本書の中で、こんなことをつぶやく瞬間がある。
「自国の歴史を軽んじる国家に未来はない。それはプロ野球においても同じことが言えるのだ」

球界の歴史を軽んじ、ファンを軽んじた結果として、球界再編騒動は起きた。もう二度とあんなことが起きず、この本の第2弾、第3弾が出るような状況こそが、球界にとって明るい未来なのではないだろうか。
(オグマナオト)