アール・ヌーヴォー様式と浮世絵の世界
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しかもそのスピードは速く、瞬く間にパリからロンドン、ベルギー、スペインなどヨーロッパ中に広がり、その後、様式はフランス語で“新しい芸術”を意味するアール・ヌーヴォー Art Nouveau と名付けられ、世界中に波及してゆきます。
自由な動きで柔和で優しい佇まいを見せるその様は、誰もがうっとりするほど優雅でしたから、パリ市民だけではなく、周辺の国々からも多数の見学者たちでにぎわったのです。
そして、当然、その優雅さに感激し、また、それまでにない動きのある斬新な様式だったことで人気は高まり、地下鉄の入り口だけの装飾に止まらず、建造物や工芸、絵画の世界にまで多大なる影響を及ぼしていったのです。
そんな中、ガラス工芸家のルネ・ラリックなどが活躍し始めると、パリの街はもう止まりません、アール・ヌーヴォー様式一辺倒となり、ガラス工芸家のドーム兄弟やエミール・ガレを中心としたナンシー派というグループまでもが台頭し、パリの街を次から次へと華やかに装飾したのです。
この芸術運動は工芸品を主に建造物やアクセサリーの分野にも及びましたが、芸術の世界だけではなく、写真のように一般家庭の窓や扉などにも使われた様式で、幅広く流行した運動でもありました。
でも、パリを発祥の地としたこの様式は、ジャポニズムがなくてはこの世に存在しなかった、と言っても過言ではないこと、皆さま、ご存知でしたか?
ジャポニズム、あるいは“浮世絵”の世界がなかったら、アール・ヌーヴォー様式は生まれなかったかもしれないのです。
下記の《》内は、その関連を記述したウィキペディアからの引用文です。
《浮世絵は線で構成されており、何も無い空間と図柄のある部分にくっきりと分かれ、立体感がほとんど無い。これらの特徴はアール・ヌーヴォーに大きく影響を与えた。また、ジャポニズムが謳う“浮世絵の直線と曲線による表現方法”は、その後、世界中の全ての分野の絵画、グラフィックで当たり前のように見ることができるようになった。これらの浮世絵から取り入れられた形状と色彩構成は、現代アートにおける抽象表現成立要素のひとつと考えられる。ジャポニスムによって、その後の家具や衣料から宝石に到るまであらゆる工芸品のグラフィックデザインに、日本的な要素が取り入れられるようになった》
当時、既に自作品をアール・ヌーヴォー様式で飾っていたエミール・ガレや英国の印象派画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーなどは、日本の蝶や文様を作品に直接描いた芸術家で知られましたし、ロンドンに本店を置くプリントの“リバティ”の創始者アーサー・ラセンビー・リバティ氏の最初のショップは浮世絵や光琳の作品に相似する壺などを扱う日本美術の専門店でした。そこからリバティプリントのヒントを得たと伝えられています。
その後、アール・ヌーヴォーは逆輸入の形で日本にも影響を与え、夏目漱石の作品や与謝野晶子の歌集「みだれ髪」雑誌『明星』の表紙(藤島武二)などにその影響が見られましたし、建造物では、辰野金吾設計の北九州市の旧松本健次郎邸(現西日本工業倶楽部1912年ごろ)の内装にも影響が見られます。
こうした形で20世紀初頭に大流行したアール・ヌーヴォー様式は、装飾性、個性的な造形をも特徴としていましたが、それゆえに第一次世界大戦から贅沢な様式とされ、一旦は影を潜めます。
でも、戦後、1960年代のアメリカで街に残された建造物の再評価が始まり、アール・ヌーヴォーの人気が再燃。再び大流行となります。
もちろん、それはアメリカだけに止まらず、フランスでも逆輸入された形で流行し、ヨーロッパ各国にもブームを巻き起こすのです。
パリの街角で人目を引く建造物がありましたら、しばし立ち止まってご覧ください。趣きのあるアール・ヌーヴォー様式に出会うチャンスが多々ありますし、ジャポニズムの余韻が感じられる輝きある様式に出会うかもしれません。
あなただけのロマンあふれる想い出の情景がそこに見つけられるかもしれませんから。ですから、パリの街角で立ち止まって下さい。
そして、初夏の光りに照らされたジャポニズムの世界を垣間見て下さい。素敵ですから…。
《余談》スペインでは同時期バルセロナを中心としたカタルーニャ地方で19世紀末から20世紀初頭に流行した、フランスのアール・ヌーヴォーと類似した芸術様式モデルニスモという芸術運動が起きました。本家のアール・ヌーヴォーに影響されてのことですが、ジャポニズムの影響もあろうかと思います。そして、その渦中にガウディは生き、創作活動をしていました。
(トラベルライター、作家 市川 昭子)
※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。