高橋渉/たかはし・わたる
1975年生まれ。シンエイ動画入社後、『クレヨンしんちゃん』『あたしンち』『ドラえもん』などで絵コンテ・演出を担当する。初監督作品は『劇場版3D あたしンち 情熱のちょ〜超能力♪ 母 大暴走!』

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劇場版『クレヨンしんちゃん』の第22作となる『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』が絶賛公開中だ。

この「絶賛公開中」というフレーズには、いつだって少しばかりのウソが混じるものだが、『ロボとーちゃん』の場合は違う。「泣けた!」「感動した!」と本当に絶賛の嵐なのである。支持は中高生から30代、40代まで広がっており、伊集院光やダイノジ・大谷ノブ彦らも賛辞の声を寄せている。

興行的にも大ヒットを記録、興行収入は前年比1.5倍となる17億円が見込まれている。これは劇場版『しんちゃん』歴代3位の記録で、社会現象とも言える大ブームだった20年前の水準である。

まさに『ロボとーちゃん』ブーム、そして今回初めてメインを張った父・野原ひろしブームが巻き起こっていると言っていいだろう。

ストーリーはこうだ。
あるとき、ギックリ腰になったしんのすけの父・ひろしが怪しげなエステに行くが、見た目も性能もパーフェクトにロボットな“ロボとーちゃん”になって帰ってきた。最初は警戒していた妻・みさえもだんだんロボとーちゃんに親しみを抱き、野原一家は楽しく日々を過ごす。しかし、それは弱くなった父親の復権を目指す「父よ勇気で立ち上がれ同盟」、略して「父ゆれ同盟」の陰謀だった!

脚本は『天元突破グレンラガン』『キルラキル』などで知られる中島かずき。中島はかつて双葉社の編集者として原作者の臼井儀人を担当し、後に劇場版『しんちゃん』のプロデューサーも務めていた人物。劇場版『しんちゃん』には満を持しての初登板であり、今回のヒットの立役者と言えるだろう。

そしてもう一人のキーパーソンが、本作が長編初監督となる高橋渉監督だ。『しんちゃん』には長くかかわっており、こちらも満を持しての登板である。公開直後の高橋監督に2回連続でじっくりと話を伺った
(本来の表記ははしご高)。

◆中島さんが「オレがいるだろ?」みたいな顔をしていた

───『ロボとーちゃん』大ヒットですね! 評判も上々のようですが、反響などはお聞きになられましたか?

高橋 はい、公開直後はツイッターで「ロボとーちゃん」をずっと検索していました(笑)。今回はけっこう若い人たち、中高生の子たちが観ていてくれているようで、評判が良くてホッとしています。これも『しんちゃん』の魅力のおかげですね。

───高橋監督は今回の『ロボとーちゃん』が長編初監督ということですが、監督に決まったときは、どんな映画にしようと思われましたか?

高橋 『しんちゃん』はオールジャンルというか、何でもできる映画だと思っていました。ただ、ここ最近は気持ち的に丸っこい映画が続いていたような気がするので、そろそろトンガった映画、ツンツンした映画を作りたいな、と思っていましたね。柔らかいものではなく、ハードなもの、硬いものという感じです。

───たしかに『ロボとーちゃん』はファンタジー寄りというよりハードさが前に押し出された作品ですね。以前、脚本の中島かずきさんにインタビューしたとき、「ひろしがロボットになる」というアイデアは高橋監督が出したものだとお話されていましたが、これはどのようなきっかけで出たアイデアだったのでしょうか?

高橋 今回は男の子向けを意識したものをやってみたいな、と思っていました。最初に打ち合わせの場でアイデアを何本か出しましたが、それはうまくいかなかったんです。打ち合わせの場には中島(かずき)さんもいたんですけど、どうもロボットをやりたそうな顔をしていたんですよ(笑)。アイデアに詰まって、みんなでウーンと考え込んでいるときも、中島さんは「オレがいるだろ?」みたいな顔をしているんです(笑)。

───中島さんの顔にロボットと書いてあったようなものだったと(笑)。

高橋 それでロボットのアイデアを出してみたら、みんなが「おー!」と盛り上がって、中島さんは特に目がキラキラして(笑)、「それだよ!」みたいな感じでしたね。

───中島さんの存在そのものがアイデアのヒントだったんですね(笑)。実際の高橋監督の最初のアイデアとは、どのようなものだったのでしょうか?

高橋 僕が考えたのは「ひろしがロボットになる」というところだけです。あとは中島さんがあれよあれよという間に肉付けしてくださいまして、最終的にこんな作品が出来上がりました。

───やっぱり高橋監督はロボットものがお好きだったんですか?

高橋 子どもの頃は大好きでしたね。でも、うちはけっこう田舎だったので、テレビで『ガンダム』とかは映らなかったんですよ。その代わり、兄貴が買ってきたプラモデルの雑誌を見て『ガンダム』の世界に夢中になっていました。ただ、中学生ぐらいからロボットものからは離れてしまって、自分の中ではぽっかりと“ロボット愛”がなくなっていたんです。
 だから今回の作品で子ども心を思い出そう、小学生の頃に夢中になっていた感じを取り戻そうという気持ちがありましたね。“小学生パワー”が満ちた映画になればいいな、と。「バリヤー!」と言えば相手の攻撃を全部跳ね返せるような(笑)。そういう無茶苦茶な感じが映画の雰囲気に出ればいいと思っていました。

───ロボット愛といえば、監督はすごく『パシフィック・リム』がお好きなんじゃないかと思っていたんです。映画のそこかしこに文字が出てきますし。

高橋 いや、実は製作中に『パシフィック・リム』の公開が始まっていたんですけど、観ると影響を受けてしまいそうで、結局、今に至るまで観ていないんです。

───そうなんですか! 雨が降る中、巨大ロボット同士がど突き合うというクライマックスのバトルの雰囲気も、ちょっと似ていると思っていたのですが。

高橋 似ちゃっていましたね。これはシンクロニシティだと思います(笑)。バトルは嵐の中の雰囲気にしたかったんですよ。また今年もタイトルに「嵐を呼ぶ」がつくだろうと思っていたので(笑)。でも、つきませんでしたね。まあいいや。

───でも、そのあたりも「今年はトンガった作品にしてやろう」という高橋監督の気概の表れのような気がします。

高橋 そうですね。鉄拳寺の頭やヒゲが尖っているのも、気合の表れです(笑)。

◆いろいろなものを支えているから弱く見える

───ロボットという大ネタの一方で注目されているのが、しんのすけの父親、ひろしの存在です。今回は完全に主役という感じですが、ひろしをフィーチャーしようとしたきっかけは何だったのでしょうか?

高橋 アイデアの段階で(ロボットになるのは)みさえでもできるのかな? と思ったのですが、みさえは基本的に強いんです(笑)。しんのすけを押さえつけることができるぐらいのキャラクターですから。

───みさえはロボットにならなくても強い!(笑)

高橋 でも、ひろしは違いますよね。しんのすけとみさえにいつも挟まれて、可哀想だなと思っていたんです。で、ロボットになるのはひろしということになりました。

───劇場版でひろしがメインになるのは今回が初めてということですが。

高橋 でも、いつも美味しいセリフとか言ってますよね(笑)。ひろしは準主役というか、脇で輝くキャラクターだと思っていたので、メインにするにはちょっと抵抗があったんですよ。でも、やっぱりメインにして良かったです。

───野原一家というと、テレビシリーズの場合はしんのすけとみさえの関係が中心になりますが、劇場版とはやはり大きく違うわけですよね。

高橋 劇場版の場合は、野原一家が大きな事件に巻き込まれたり、敵が現れたりするのですが、そこを一般庶民なりの価値観で突き抜けていくところが痛快なんです。今回は野原一家の大きなトラブルを野原一家で解決しなければいけない、という話をやってみたいと思ったんです。それはうまくいったと思いますね。

───今回は敵が父ゆれ同盟ということで“父親のあり方”がテーマになっていると思います。高橋監督は今まで一貫してファミリーものの作品を手がけてこられていますが、父親のあり方についての考えが投影されているのでしょうか?

高橋 いえ、実は“父親とは何ぞや”というところまで追求するつもりはなかったんです。最初は単純なアクション映画にするという話もありましたが、中島さんのほうから「これはひろしの物語だから、父親の話にするべきだ」というお話があって、今のような話になりました。父親像というなら、最近は「バカヤロー!」と気持ちよく一喝してくれる人がいなくなったような気がするんですね。自分も親がもう亡くなっているので……自分自身の親への想いはなるべく入れないようにしましたけど……ちょっとうまく言えないな。

───たとえば、父ゆれ同盟総裁の鉄拳寺堂勝は昔の父親らしい風格があって、ビシッと叱ってくれる。それに気持ちよく乗っかっていきたい人は、父ゆれ同盟ならずとも世の中には大勢いると思うんです。でも、鉄拳寺とひろしのあり方はまさに正反対ですよね。高橋監督なら、どちらの父親像が理想だと思われますか?

高橋 それはひろしですよね(笑)。でも、思想はともかく、世の中には鉄拳寺のような頑固親父がいてもいいと思っているんです。社会に対して怒りをぶつけるんだ! という真っ直ぐな人物でもありますからね。

───なるほど。ところで、僕も『野原ひろしの名言』という本を出させていただいたのですが、今、若い人を中心にすごくひろしの人気が高まっているように感じられます。高橋監督は、ひろしのどのような部分が魅力だと思われますか?

高橋 中島さんがインタビューで「弱いところを自覚している部分がひろしの魅力」と答えられていて、それはその通りだな、と思いました。あと、ひろしって、いろいろなものを支えているから弱く見えるんですよね。

───いろいろなものを支えているから弱く見える。

高橋 家族も、家のローンも、仕事も、みんな支えているわけじゃないですか。全部担いでいるから、腰もプルプルしてくるんです(笑)。

───弱そうに見えますけど、実は相当強いですよね(笑)。

高橋 世の中一般のお父さんも、そうなんじゃないかなと思います。いろいろなものをたくさん抱えているから、大変そうに見えたり、弱く見えたりするのかなって。

───たしかに、何も抱えていない人は自由だから強そうに見えますよね。

高橋 ひろしはグチるし、ボヤくし、怠けるし……そういう人間の弱々しい部分というか、だらしない部分というものを見せていますからね。それでも頑張り続けているところにみんな魅力を感じたり、共感したりするのではないでしょうか。
(大山くまお)

後編に続く