『新装版 不祥事』池井戸潤/講談社文庫 

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「お言葉を返すようですが」
花咲舞(杏)の決め台詞。これ、日常、上司やクライアント、お姑さんなどに言いたい局面が、たくさんありますね。
たいてい、その先の関係性を考えて、ぐっと飲み込んでしまうのですが、花咲舞はタイトルのごとく黙っていません。理不尽だと感じたことには、ずばずば切り込んでいきます。
ああ、痛快。これで、残りの木、金が乗り切れると思う、水曜の夜。

水曜夜10時放送のドラマ「花咲舞が黙ってない」(日本テレビ)は、「倍返しだ!」が流行語になったドラマ「半沢直樹」の原作を書いた池井戸潤の小説で、はじまる前から期待されていましたが、初回視聴率は17.2%(ビデオリサーチ調べ、関東)。2回目も14.8%で、同じく池井戸ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」の初回視聴率よりもわずかに高く、今後の展開も楽しみです。

人気の要因のひとつは、「半沢直樹」ですっかり安心のブランド化した、池井戸作品であること。不正を働く強者に対して、弱者が一発逆転、ひとあわ吹かせるというパターンは「半沢」と同じで、その女性版が、「花咲舞〜」です。
池井戸が唯一、女性を主人公にした小説「不祥事」「銀行総務特命」(講談社文庫)で、原作のタイトルはかなりお固いですが、ドラマ化にあたってタイトルをずいぶんポップにしたことは正解でした。

だからといって「半沢直樹」の女版、後追いじゃん! だけで済ませてしまうことには、黙っていられません。
ここでは、「花咲舞〜」の本当の魅力を考えてみたいと思います。

まずは、ストーリーの復習(復讐ではありません)。
ドラマは大手銀行が舞台。花咲舞は、「臨店」という問題を起こした支店を指導する部署で働いています。問題がありそうな支店に行くと、そこでは、一部の人間が出世コースに乗っていい目を見るために、部下たちが犠牲にされている。舞は、えらい人たちの踏み台にされてしまいそうな部下たちを救済します。
このへんは半沢直樹と同じパターンですね。
1話は、支店のコストカットのために、年齢の高い女性社員に嫌がらせをして辞めさせようとする支店長を、舞が退治。2話では、自分の不祥事を部下のせいにして逃げようとする支店長を、退治。

銀行の支店長って、いやなひとばっかりなんだなあと思いながら、それは銀行に限ったことではなく、どの組織でも上司に対する不満はつきないものと思います。だからこそ、舞の言動は、仕事帰りの一杯より効くのです。半沢と同じですね。花咲を花沢と間違えて書いてしまいそうですが、花咲舞は、仕返しというよりは、言いたい事言わせて!というライトな感じ。

「辞めさせた女性たちにも、守るべき生活や人生がある」(1話)とか「どうして簡単にあきらめちゃうんですか」「絶対におかしいですよ」「銀行では、まちがっていることもまちがってるって言えないってことですか」(2話より)とか、
舞の台詞は、言いたい言葉ばっかり。
「なんであんなのが出世するんでしょうね」(2話より)なんて、世の中の本音の代表格です。「むかつくあのクソ支店長」(1話より)「そんな常識なんてくそくらえ! です」(2話より)なんて、どストレートな言葉も小気味いい。

舞は、門前仲町に住んでいる設定なので、下町っこならではの「てやんでい」キャラなのでしょうか。
そういえば、今期の月9も、これまでのおしゃれラブストーリーのブランドを捨てて、ヤンキー系金融ものに。いまやトレンディではなくてやんでいの時代かもしれないなあ、などと思いますが、舞は、わりといまどきのアラサー女子。
星占いを気にしたり、占いで幸運期と書いてあったにも関わらず、恋人にふられた(自分では別れたと言い張っている)挙げ句、やりがいを感じていた銀行の窓口の仕事(テラー)から外されてダメージを受けたりしている。仕事に対して真剣で、そのがんばりが事件解決にもつながるのですが、その一方で、結婚願望もあるのです。

さて、この仕事や勉強に一生懸命の今どき女子が、自分らしく生きる道を損なう者に対して、まっすぐ鋭く切り込んでいく、というドラマは、実は日本テレビの水曜ドラマの真骨頂なのでありました。

例えば、篠原涼子主演、派遣社員の女性が会社に媚びず、実力主義を貫き通す「ハケンの品格」(07年、「花子とアン」の中園ミホ脚本)、観月ありさ主演、
ママ友社会にいっさいなびかない主婦の生き方を描いた「斉藤さん」(08年、土田英生ほかによる脚本)、菅野美穂主演、自分の思ったことを頑として変えない強靭な女性が、弁護士を目座す「曲げられない女」(10年、「家政婦のミタ」の遊川和彦脚本)など、自分の道は自分で拓く女性像が、多くの女性の共感を呼び、高視聴率をとっていたのです。
負けない女物語のベースが、水曜ドラマにあったところへ、さらに池井戸原作を得たことで、女性が奮闘する最強のドラマが生まれたといえましょう。

そして今回は、男女相棒ものの要素が補強の役割を果たします。
舞のよき相棒になっていくのが臨店の上司・相馬(上川隆也)。ふたりは喧嘩しながらもいいコンビ。
熱血の舞と比べて、当初、相馬は「手柄は上司のもの。ミスは部下のもの。それが銀行の常識」とあきらめ顔。でも、相馬には、2話に登場した支店長の犠牲になって出世コースから外れた過去があったのでした。

過去に傷をもった男が、情熱あふれる後輩に手を焼きながらも、彼女の純粋な様に、希望を見出していく、というコンビものの黄金パターンがここに。
火曜10時の「サイレント・プア」(NHK)もこのパターンなのですが、話があまりにも深刻なので、コンビプレーを楽しむ余裕はないようで。

杏と上川のコンビが圧倒的にカラッと明るいのがいいのです。仕事に忠実な雰囲気と、知性あるユーモアもいい。
さらに、基本的に合わないながら、問題のあった支店に視察に行くときに、その土地のおいしいものを食べようとする欲においては、唯一気が合うという設定もくすぐります。

女性ドラマには、なんだかんだ言っても、支えてくれるナイトが必要なのは、ラブストーリーが減った今でも変わらないようです。
最終的には、何かと悪の香りを漂わせている生瀬勝久演じる銀行のえらい人と、舞と相馬が力を合わせて戦うのでしょうか。それともさらに黒幕がいるのでしょうか。
第3話は、部下を無能よばわりする支店長に、舞がまたまた闘いを挑みます。
言いたいことをしっかり言う舞の勢いに乗せられて、ドラマの翌朝、うっかり、肩で風きって誰かにたてつかないように気をつけたいと思います。
(木俣冬)