『二軍』澤宮優/河出書房新社
人生に大切なことは全て二軍で学んだ。

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「もう一回、ピッチングのABCから勉強してもらう」
楽天・星野監督の言葉を受け、ゴールデンルーキー松井裕樹が二軍落ちした。
高卒ルーキーが開幕一軍入りしたのがそもそも快挙。今後は改めて二軍で地力をつける日々が始まる。
昨日はかつてのゴールデンルーキー、斎藤佑樹も二軍戦で登板した。こちらは状態を確かめ、首脳陣にアピールする意味合いの方が大きいだろう。
最下位DeNAでひとり気を吐く40歳、中村紀洋も今季は開幕二軍スタート。腐らず調整を続けた成果か、一軍昇格後即4番で起用され、5試合連続打点を記録した。

ひと言で「二軍」といっても、選手の年齢や立場、チーム事情によって意味合いは大きく異なる。
一軍入りを目指して練習に明け暮れる者。
ケガや故障からの「調整」の場として利用するベテラン。
その一方で、「二軍はプロじゃない」という人もいる。
澤宮優著『二軍』(河出書房新社)は、華やかなプロ野球の陰で、汗と努力と苦労が似合う、もうひとつの日本プロ野球の姿を描いた一冊だ。

「一年で十一年分振ればいい」と二軍で(本当に)血のにじむような努力を重ねたことでスイッチヒッターとして開眼し、球界のスターにまで登りつめた高橋慶彦(元広島、ほか)。
井上真二(元巨人)、金剛弘樹(元中日)らファームの日本記録やタイトルを何度も獲得しながら、チーム事情から一軍では大成できなかった選手たち。
9年間のファーム生活を経て一軍でのチャンスを掴み、防御率1位のタイトルを獲得した戎信行(元オリックスほか)などなど。
時代も境遇もさまざまな「元二軍」選手たちの視点から、普段あまり日の目を見ることはない「二軍」の世界がつまびらかにされていく。

巻頭で紹介される元中日・近藤真市の物語からして読み応え抜群だ。
プロ野球史上初の「デビュー戦でのノーヒット・ノーラン」という偉業を達成した近藤は、背番号を入団時の「13」から「1」に変えた2年目以降、度重なるケガに悩まされ、長くファーム暮らしを送る。
高卒左腕。背番号1。そして監督は星野仙一。
冒頭で挙げた松井裕樹との奇妙な相似性は偶然だろうか。

顔も洗えないほど肩と肘を痛めながら、「今後の肩を壊した人たちのために、見本になろうと思っていました」とリハビリに明け暮れた近藤の姿は、一軍で輝いた日があるが故に残酷なコントラストを生み出す。
そんな近藤への、星野仙一の言葉もまた味わい深い。
復活を信じるからこそ、ときには「お前は、いつまで何やっとるんじゃ!」と衆目の前で叱りつけ、その一方でわずかな希望にかけて手術を奨め、「近藤は大丈夫だ。俺が責任を持って、もう一度マウンドに立てるようにしてやる」と周囲を納得させたのも星野だった。
だからこそ、近藤に打者転向の話が持ち上がっても「お前は誰にもできん記録を作った男だ。だからピッチャーの近藤で終われ」という星野の言葉を受け入れ、スッパリと引退の道を選ぶことができたのではないだろうか。

本書は、一軍を目指して奮闘する選手たちの物語であると同時に、そんな選手たちを支える指導者たちの物語でもある。
選手と一緒に汗を流す者。
厳しい言葉で叱咤激励する者。
期待の表れを示して、ひたすら成長を待つ者。
そして時に叱責し、陰ながら支える二軍寮長たち……。
「プロ野球は足だけで飯が食えるんだぞ」と高橋慶彦にプロで生きるための方向性を示し、「お前が一人前になって出てくるのが早いか、俺がクビになるのが早いか」と、ファンから野次られても高橋を起用し続けた古葉竹識監督の言葉も、星野同様に含蓄がある。

もっとも、幸せな関係ばかりではない。
二軍でタイトルを獲得し、日本記録を樹立しようとも、チーム事情から一軍に上がることなく、ユニフォームを脱いだ選手も数多い。
どんな好投を見せても一軍から声がかからず「今俺を呼ばないで、いつ呼ぶんだよ」「これだけ抑えて、タイトルを取って一軍での登板がないということは、結局僕は何をすれば上に上がれるのですか?」と叫ぶ金剛弘樹の姿などは、一軍で大成するためには実力だけでなく運や巡り合わせも重要、という、プロ野球の非情な一面も垣間見ることができる。

そして二軍のままユニフォームを脱ぐことになっても、そこで人生が終わるわけではない。
上述した近藤真市は引退後、打撃投手を務めた後にスカウトに転身。2年後に担当したのが今もチームの守護神として活躍する岩瀬仁紀だった。平成10年の秋、中日を逆指名した岩瀬に対して「僕の番号をつけてくれたら嬉しいな」と背番号13をすすめ、岩瀬は二つ返事で快諾。怪我で悩まされた男が、15年連続50試合登板という鉄腕をチームに呼び込んだ、という点に不思議な運命を感じてしまう。

そして近藤はいま、中日の投手コーチとして選手を守る立場になった。
本書では、ある中日投手のコメントも紹介されている。

「近藤さんは、つねに自分たちを守ってくれるんです。上から何か言われても、僕らのことを考えて、ノーと言ってくれる。きちんと意見を上に言ってくれるんです」

本書『二軍』はプロ野球ファンだけでなく、夢を追いかけて奮闘する人に、そして夢を追いかける若者をサポートする人に読んで欲しい一冊だ。
(オグマナオト)