『弱くても勝てます: 開成高校野球部のセオリー』(高橋秀実/新潮社)
守備より打撃、サインプレーなし、送りバントもしない。高校野球の常識を覆す大胆なセオリー。文庫版、Kindle版もあります。

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読み始めたときは不安になった。
「これ、本当に野球の本か?」
だが、読み終えると、野球の真髄に触れたような気にもなってくる。
『弱くても勝てます:開成高校野球部のセオリー』とは、そんな本だ(※文庫版、Kindle版もアリ)。

4月12日(土)からスタートするドラマ「弱くても勝てます 〜青志先生とへっぽこ高校球児の野望〜」(日本テレビ系)の原作である本書は、2012年に上梓されたスポーツ・ノンフォクションだ。著者はノンフィション作家の高橋秀実。2012年度のミズノスポーツライター賞にも輝いた一冊である。

本の副題にもあるように、舞台は開成高校野球部。もちろん、あの超進学校である開成高校だ。
だから、弱い。お世辞にも上手いとは言えないレベルで、冒頭でもいきなり、《下手なのである。それも異常に》という著者・高橋の感想が記されている。そんな開成高校野球部が2005年夏、都大会でベスト16まで勝ちあがったことで、高橋が興味を持ち始めたのが本書誕生の経緯だ。

開成高校なんだから、きっと頭脳的な作戦で勝ち上がったのでは? と考えてしまうかもしれないが、さにあらず。なぜなら、開成野球部にはそもそもサインが存在しない。

「サインを出して、その通りに動くというのは練習が必要です。ウチはそんな練習をやらせてあげる時間もないし、選手たちも器用じゃありませんから。バントしろと指示をしたって、そもそもバントできないですからね」

こう語るのが、開成高校野球部の青木秀憲監督だ。
本書では、今まで「常識」とされてきた野球のセオリーが「異常である」として、青木監督が考案する、全く新しい野球論が紹介されていく。

「一般的な野球部のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するものなんです。同じことをしていたらウチは絶対に勝てない。普通にやったら勝てるわけがないんです」(青木監督)

そこで生まれたキーワードが「ドサクサ野球」だ。10点取られる前提で、一気に15点取れる打線が重要になってくる。

「勢いにまかせて大量得点を取るイニングをつくる。激しいパンチを食らわせてドサクサにまぎれて勝っちゃうんです」(青木監督)

だが、これは開成が特異なことをしているわけではなく、むしろ普通のことをしているのだ、と青木監督は語る。
考えてみれば、我々が「高校野球」と聞いて連想するのは「甲子園大会」での戦いだ。だがそれは、全国にある約4000校の中から選ばれた、たった49代表に過ぎない。ピラミッドの頂点である49校の下には、約3900校もの「普通の野球部」と「普通の高校球児」が存在する。異常ともいえる強豪校に普通の公立校が伍して戦うためには普通のセオリーではダメだ、というのは、兵法として至極真っ当な論といえるだろう。

実際、青木監督の口からは、今まで聞いたことのないコーチングが登場する。
「これじゃ普通の野球だよ。いいか、俺たちは1イニングで10点という野球をやっている。相手がびっくりするような異常なことをやるんだ!」
「いいか。せこい野球、小賢しい野球なんてするな。そういう野球が勝つこともある。でもそんな野球が勝ってしまうと日本の野球のレベルは下がっちゃうんだよ! 野球は力や技が上回ったほうが勝つ。弱いヤツを集めたって力と技で勝てるんだ」

そもそも、投手に求めることは“ちゃんとストライクが投げられること”という最低限のこと。四球や暴投が続けば試合にならないからだ。
だからこそ「ピッチャーをやるな!」「厳しい所に投げようとするな!」「甘い球を投げろ!」という指示になり、打者に対しても「何がなんでもヒットじゃなくて、何がなんでも振るぞ! だろう」「ナイス空振り!」という、アベコベな檄が飛ぶことになる。

だが、ここで思い出すのは、アメリカで「ベースボール」が生まれた当初、投手の役目は打者が打ちやすい球を投げることだったという歴史的背景だ。
得点をより多く奪った方が勝つスポーツであり、あくまでも「打つスポーツ」だったベースボールは、日本に渡り「野球」となってから、いつしか「守るスポーツ」の側面が強くなった。
つまり開成高校野球部の挑戦は、現代野球への反旗であり、同時に、野球の原点回帰でもある壮大なプロジェクトなのかもしれない……まあ、ここで「壮大なプロジェクトなのだ!」と言い切れないのは、プレーしている選手たちも自信がなく、試行錯誤しながら練習し、そしてやっぱり負けることが多いからだ。
でも、それこそが野球の奥深さであり、また本書の魅力のひとつでもあると思う。

青木監督は、最後にこんなメッセージを残している。
「生徒たちには『自分が主役』と思ってほしいんです。大人になってからの勝負は大胆にはできません。だからこそ今なんです」

嵐の二宮和也が監督役を演じる明日からのテレビドラマ版では、これら「青木イズム」がどう描かれていくのかにも注目したい。
(オグマナオト)