■製造メーカーが記されたプライベートブランド

かつて小売業がつくるプライベートブランド(以下、PB)はある種、日陰者だった。商品の価格は類似のナショナルブランド(以下、NB)に比べて明らかに安いものの、品質に関しては価格相応かそれ以下という印象だった。PBを製造しているメーカーも、小売業者の下請けに甘んじる中小の無名メーカーが多く、価格の安さと相俟って品質への不信感を高めていた。

このタイプの商品のネガティブ・イメージを打ち破り、価格訴求ではなく、価値訴求という新次元の扉を開いたのが、セブン&アイグループの「セブンゴールドシリーズ」である。このラインナップは、有名メーカーと共同開発した商品ばかりであり、価格も同種のNBに比べて明らかに高く設定されている。それにもかかわらず例えば「金の食パン」は昨年5月の発売から12月までで実に約2500万食と、驚異の累計販売量を記録している。

同社は、自社のオリジナル商品にいわゆる「PB」という言葉を使わない。その理由は、通常のPBの場合、販売元の名前は明記しても、製造メーカー名を開示しないケースが多いからだ。これに対し、セブン&アイグループのオリジナル商品は、製造メーカーをきちんと明記し、どことチームを組んで商品を開発したのかがわかるようにしている。それゆえ、同社は以前から、 オリジナル商品の開発のことをチームマーチャンダイジングと呼んでいるのだ。

今回お話をうかがった株式会社セブン−イレブン・ジャパン商品本部FFデイリー部チーフマーチャンダイザーの中村功二氏は、小売業のオリジナル商品の発展を3段階に区分している。第1段階は、安さを追求する時代で、どこでつくっているかわからず、「安かろう、悪かろう」の商品を出していた時代だ。続く第2段階は、NBの売れ筋商品の品質と同等あるいはそれ以上でありながらも、実勢価格で2、3割安価というようなものだ。いわゆる「お買い得感」のある商品を提供していた時代である。そして今日迎えている第3段階は、小売業のオリジナル商品だからこそ、「優れている」、あるいは中村氏の表現によると、「セブン&アイホールディングス(以下セブン&アイHLDGS)の店に行かないと味わえない」という価値訴求型のオリジナル商品の時代だという。今や小売業のオリジナル商品は、品質面でNBを凌駕し、それどころか模倣される存在にまでレベルアップしているのである。事実、食パンに関して、有名メーカーが明らかに「セブンゴールド 金の食パン」を意識した商品の開発を行っている。

このようなプレミアムタイプの商品をつくり始めた当初、既存メーカーから、厳しい意見が多数寄せられたという。同社では年2回、全国1万6000店の加盟店オーナー、従業員らを集め、商品政策や売り場計画について説明し、ともに勉強する場を設けている。昨年4月、「金の食パン」をはじめてその場にお披露目した際に、取引先のメーカーも来場していた東京会場で、メーカーの多くが「みんな1回はやりたいと思うんですよね。こういう高級パンを。ただなかなか続かないので1カ月以上売り場に残り続けたら拍手しますよ」と揶揄されたという。明らかに小売り主導の商品開発を軽視したメーカーの上から目線の意見だ。

ところがセブン&アイグループには確固たる勝算があった。それは事前のテストで高成果を得られていたからである。同社のデータに基づく仮説検証、そしてそこから導かれる戦略提案の的確さは有名だが、その姿勢はセブンゴールドの開発にもいかんなく発揮されていた。

この商品の開発においては、まずマーケットの全体を把握した。パンを例にとると、日本のトータルのマーケットでは、菓子パンと惣菜パンのような味付け系カテゴリーと、食パンとロールパンのような主食系カテゴリーとは、その規模がだいたい拮抗している。民間の経済研究所の統計調査やDONQ、アンデルセンなどの専門店でも食パンがよく売れ、拮抗している事実をつかんでいた。ところがセブン−イレブンでは、食パン、ロールパンのシェアは著しく低く、調査時点ではあと4倍ぐらい売れてもおかしくないほどの低水準だった。このような実態を踏まえ、戦略対象を「食パンにしよう」ということになったという。

■商品価値に見合った価格づけで「1斤250円」

同社では、それ以前にも、オリジナルの食パンをつくっていた。が、不況期だったこともあり、消費者からは値頃感が求められていると考え、低価格訴求型の商品を提供していた。無論、十分な成果は得られなかった。ところが、2012年になり、敷島製パンがパスコ・スペシャル・セレクションという商品を世に出し、価値訴求型の商品が105%も伸びるという事実をつかんだ。また、野村総研の「生活者1万人アンケート調査」を精査し、「安くて経済的なものが欲しい」という消費者のニーズが経年的に低下していることを知った。逆に、「多少値段が高くとも品質のいいもの、おいしいものが欲しい」という消費者のニーズが着実に上昇してきていることを確認した。

このような実体経済の変化動向を把握し、オリジナル商品の開発において価値訴求へと新たな舵取りの方向が決まったのだ。

実際のオリジナル商品の開発プロセスにおいては、まず最強の布陣となるようなチームメンバーの選定が行われる。商品開発のチームリーダーが決まると、その人物を中心に、原材料、包装資材、製造設備などそれぞれの分野のエキスパートに、当該商品をつくるのに最適、最強のメンバーが一体誰なのかを問いかけ、チームの編成がなされていく。

そして、それ以降の商品の開発過程に関して、中村氏はこう説明する。「われわれのチームマーチャンダイジング・プロセスというのは、1商品をつくるのに25週間ほどかかります。これをカリキュラムというのですが、外部情報と内部情報を含めて整理し、お客様が求めているものは何なのかを見極め、コンセプトワークをなし、目標品質を定めるのです」。

こうして例えば食パンなら、商品のテースト、食感、風味などが練り上げられていく。このプロセスで、同社の開発室の引き出しの中に入っている原材料でつくれないものだったら、つくれる原料を探しにいくし、既存の製造設備でつくれない工程もしくは実現できない品質があれば、どういう設備に変更したらよいのか、といったことをとことんまで追求する。実際、パンに弾力感を出すため、コストも時間もかかる独自の手ごねのプロセスまで導入している。

同社は、このようにしてでき上がった「セブンゴールド 金の食パン」に自信を持っていた。だが、自己満足になってはいけないという自戒の念から、複数の消費者テストを実施している。1つは、同社が一般の消費者に問いかけを行うことのできる「プレミアムライフ向上委員会」という組織を使い、約200名の消費者に市場で支持されている1斤300円弱の食パンと新たに開発した「金の食パン」とを家庭に届け、日常の生活シーンの中で、食べ比べをお願いしている。具体的には、サンプルPという「金の食パン」とサンプルQという300円の高級食パンとを賞味してもらい、どちらがおいしいか意見を求めたのだ。

この結果は、約7割の消費者がPの「金の食パン」のほうがおいしいと回答してくれたという。加えて、手ごねによりなしえた「もっちりとした食感」に関しても、「生地のもっちり感がいい」と回答した消費者が8割を超え、「生地の甘味がいい」としてくれた人も8割近くに上ったという。

また、発売に先立つ昨年2月に神奈川のセブン−イレブン160店舗で、テスト販売を行っている。加盟店のオーナーや現場を回っているオペレーションメンバーなどが、試食をしてそのおいしさを実感し、言葉やPOPでそれを消費者に伝えた。この結果、1日で10個以上売り上げた店が、65店にも上ったという。同社の鈴木敏文会長兼CEOは常々、「毎日、1店当たり10個売れる商品をつくりなさい」と指導しているそうだが、食パンという商品は、セブン−イレブンの店ではトップブランドでも1日2個売れるかどうかといった極めて売れ行きの悪い商品だった。それがオリジナル商品の開発、店内プロモーションなどで前記のような高成果を得る店舗が多数に上り、最も売れた店では初日になんと133個も売れたという。さらに驚くべきことに、「金の食パン」の好成果にもかかわらず、既存の食パンの売り上げは一切落ちなかったというのだ。

この商品は、1斤250円と、同種のNBに比べて明らかに高価だ。神奈川エリアのテストマーケティングでは、この価格水準に関しても厳しいチェックを行っていたそうだが、予想以上の売り上げ水準が継続的に得られたので、商品価値に見合った価格と判断したという。つまり、価値訴求型のオリジナル商品の開発によってまさにフロンティア市場、ブルーオーシャンを発見したということだろう。

上記のテストマーケティングの結果を受け、さらに全国12カ所の商品展示会場で試食テストがなされている。展示会の場で加盟店オーナー、従業員らにオリジナル商品を含む20アイテムの商品を試食してもらった。この結果、「金の食パン」が「一番おいしい」と回答したところが、ほぼすべてだった(静岡1カ所を除く)。

■顧客の声を聞き顧客が喜ぶモノをつくる

同社の「セブンゴールドシリーズ」では、小売業のオリジナル商品には珍しくテレビCMを行っている。「セブンゴールド 金の麺」で人気歌手グループSMAPの香取慎吾を起用しているのだ。この理由について、株式会社セブン&アイHLDGS広報センターの伊藤真由美氏は、「PBは、(広告費を抑え)値頃感を出すようなやり方をこれまでしてまいりましたが、お客様に(直接)お伝えしないとなかなか価値が伝わらない」ということを感じ、「有名芸能人を使うことによってどれだけ知名度が上がるのかを試したかったのと、何はともあれ消費者に一度手に取ってもらい、試していただきたかった」と指摘する。

この結果は、「非常に反響も大きく、売り上げが伸びた」だけでなく、「金の麺が突破口になることによって、セブンゴールド全体へのアピール度が高まり、例えば金の麺がおいしかったので、金の食パンも食べてみようとか、金のハンバーグも食べてみようという形で、このシリーズ全体のイメージアップが図れた」(伊藤氏)という。

PB、ダブルチョップ、ノーブランドという形で、小売業のオリジナル商品の開発には、長い歴史がある。だが、小売業者自身が工場まで持つことは稀で、やはり「物」としての商品をつくるのはメーカーが主である。当然、メーカーには、製造に関しては自分たちこそプロフェッショナルだという自負が強く、小売業者からの提案に抵抗を示す場面が予想される。小売業者サイドから「こういうものをつくってください」あるいは「こういう製法でやってください」と積極的に提案されたときに、「それはできません」と拒絶されたり、抵抗されることがあると思われる。

この点について中村氏に問うと、その答えは予想通り、「数多くあります」とのことだった。とりわけ、セブンゴールドの場合、キリンビバレッジ、サントリー、ロッテアイス、伊藤園、東洋水産など日本を代表するトップメーカーとのコラボが多い。そのため、メーカーのモノづくりへの意気込みやプライドは相当なもので、小売業者からの要望が容易に聞き入れられなかった。このような状況に直面した場合、どう対処するのかに関して、中村氏はこう語る。「われわれセブン&アイHLDGSのメンバーは常に鈴木会長の『お客様の立場に立って考えろ』と『常にお客様視点だ』というDNAがあり、お客様のニーズがあるのに、できないということであれば、できるようにそれを徹底的に伝え続けます。プロダクトアウトにならないように(メーカーに)納得、理解いただけるまでとにかく説得します」。

同社には、常に消費者ニーズに立脚したマーケティングの基本精神が生きている。消費者のニーズを知るためにマーケティング・リサーチをきちんと行い、その結果に基づいて忠実にオリジナル商品の開発に取り組んでいる。その安易に妥協しない姿勢が上質の商品を世に送り出し、高い成果へと結実しているのであろう。

(早稲田大学社会科学総合学術院教授 野口智雄=文)