猪俣周杜さん契約解除、なぜSTARTOは「取締役会で決定」と明記した? 弁護士が読み解く「企業統治」
知人女性に暴行を加えたとして、傷害の疑いで逮捕され、その後、処分保留で釈放された人気アイドルグループ「timelesz」の猪俣周杜さんについて、所属事務所は10月1日、専属契約を9月30日付で解除したと発表した。
この事件をめぐっては、まだ捜査が続いており、刑事上の処分は確定していない。それでも、なぜ事務所はこのタイミングで契約解除に踏み切ったのか。
発表文を読み解くと、単に「不祥事を起こしたタレントとの契約を解除した」というだけではない。
そこには、旧ジャニーズ事務所をめぐる問題などを経て、芸能界に強く求められるようになった「企業統治」と「コンプライアンス」を意識した危機管理の姿勢が見えてくるという。
芸能問題にくわしい河西邦剛弁護士に緊急寄稿してもらった。
●「刑事処分とは別に判断」の意味
STARTO社は発表で、猪俣さんについて「処分保留で釈放され、捜査が継続している段階であり、刑事上の処分は確定しておりません」と説明したうえで、こう強調しています。
「今回の契約解除は、刑事処分とは別に弊社の専属契約に基づき判断したものです」
この一文は、猪俣さんに「別の問題」があったという意味ではないと考えられます。
ポイントは、警察や検察の判断を待つのではなく、会社が自ら猪俣さんへの聞き取りや事実確認をおこない、その結果をもとに専属契約を維持するかどうかを判断した、という点です。
一般に、芸能事務所とタレントとの専属マネジメント契約には、刑罰法規に抵触する行為などを禁止し、重大な違反があれば契約を解除できる旨の規定が置かれています。
刑事事件では、捜査機関が証拠を集め、検察が起訴・不起訴を判断し、起訴されれば裁判所が有罪・無罪を判断します。
一方、事務所がタレントとの契約関係を続けるかどうかは、それとは別の問題です。
STARTO社も「猪俣本人への聞き取りや事実関係の確認」をしたうえで、「専属契約上の重大な違反」があり、「契約に定める解除事由に該当する」と判断したと説明しています。
つまり、「逮捕されたから」「世間から批判されているから」という理由だけで契約を解除したのではなく、本人にも事情を聞き、自社で確認するプロセスを踏んだことをあえて明らかにしたと読み取れます。
これは、企業側のコンプライアンスだけでなく、本人の人権にも配慮しながら判断する「ビジネスと人権」の観点からも重要です。
●なぜ「取締役会で決定」と明記したのか
もう一つ目を引くのが、契約解除を「9月29日の取締役会において」決定したと明記している点です。
タレントとの契約解除について、会社法上、必ず取締役会の決議を経なければならないわけではありません。
それでも取締役会で決定したことを公表したのは、今回の契約解除が、特定の個人の判断ではなく、会社として正式な意思決定のプロセスを経たものであることを示す意味があったと考えられます。
社外取締役も参加する取締役会で機関決定したことを明らかにすることで、旧ジャニーズ事務所で問題となったような、特定の個人に権限が集中する経営とは異なる企業統治のあり方を示す狙いも読み取れます。
その姿勢がよりはっきり表れているのが、次の一文です。
「今回の契約解除は、会社としての経営判断となり、その最終判断は他のメンバー7名に委ねたものではなく、かつメンバーに処分の責任を負わせるものではありません」
契約を解除するかどうかは、芸能事務所を経営するマネジメント側が権限と責任を負って判断します。一方、所属タレントにはその経営判断の責任を負わせない。両者の役割を明確に切り分けた格好です。
timeleszをめぐっては、新メンバーの選考に既存メンバーが深くかかわってきた経緯があります。
だからこそ今回、メンバー自身に「猪俣さんを辞めさせるか」という重い判断を委ねれば、経営側とタレント側の責任の境界が曖昧になりかねません。
会社が責任を持って決め、その結果をメンバーに説明する。発表文には、そうした企業統治の考え方が色濃く表れています。
●「予見できなかった」ことまで説明
STARTO社はさらに、他のメンバーについても踏み込んで説明しました。
「メンバーは、今回問題となっている行為を事前に把握しておらず、関与もしておりません。弊社が現時点で確認している限り、これを具体的に予見できるような兆候を認識していた事実も確認されておりません」
ここで重要なのが「予見」という言葉です。
問題を事前に把握していたり、具体的に予見できる兆候を認識していたりすれば、「なぜ止められなかったのか」という事務所や周囲の責任を問う議論につながり得ます。
そのため、現時点で確認した限りでは、他のメンバーは行為を知らず、具体的に予見できる兆候も把握していなかったと明確にしたのでしょう。
同時に、会社は「メンバーには契約解除に至った経緯および判断について説明」し、メンバーが今回の決定を受け入れたとも説明しています。
経営判断は会社がおこなう。しかし、今後7人で活動を続けるメンバーの意思も置き去りにはしない。その両方を示した発表になっています。
●菊池さんが繰り返した「容認しない」
会社側だけではありません。メンバー側からも、今回の問題について明確なメッセージが発せられています。
報道によると、菊池風磨さんは10月1日、報道陣に対し、猪俣さんの逮捕を知った当初は「本当に信じることができませんでした」としたうえで、自身でも状況を確認する中で「驚きや戸惑いだけでなく、怒りや憤りを感じるようになりました」と語ったといいます。
さらに、猪俣さんの「手が当たってしまったかもしれない」という趣旨の供述についても「腹が立ちました」として、「私たちは今回のような行為を決して容認しない」と強調しました。
ここでも重要なのは、当初から結論を決めていたわけではなく、事実関係を確認したうえで判断したというプロセスです。
菊池さんは「事実が本当であれば二度と一緒に活動できない」とも発言しており、猪俣さん側の当初の説明にも一定の配慮をしながら、釈放後の事実確認を経て、会社側の契約解除の判断を受け入れたという流れを示したものと考えられます。
そして、このタイミングでメンバー自身が現在の認識を言葉にしたことには、今後の活動に問題を引きずらないようにする危機管理上の意味もあったでしょう。
●「不祥事だから契約解除」では終わらない
今回のSTARTO社の発表で特徴的なのは、契約解除という「結論」だけでなく、そこに至る「プロセス」をかなり丁寧に説明していることです。
本人に聞き取りをした。刑事処分とは切り離して判断した。取締役会で決定した。他のメンバーに経営判断の責任を負わせなかった。さらに、他のメンバーが事前に把握していた事実や、具体的に予見できる兆候も確認されなかったと説明した。
旧ジャニーズ事務所をめぐる問題や、中居正広さんとフジテレビをめぐる一連の問題を経て、芸能・メディア業界には、問題が起きたときの「結論」だけでなく、「誰が、どのような手続きで判断したのか」まで明らかにすることが求められています。
今回の発表は、そうした変化を強く意識したものといえます。
芸能事務所に求められる危機管理は「問題を起こしたタレントをどう処分するか」だけではありません。
事実をどう確認し、誰が責任を持って判断し、そのプロセスを社会にどう説明するのか。
今回の契約解除は、一般の会社と同様に芸能事務所にも「判断のプロセス」まで問われる時代になったことを示しています。
【取材協力弁護士】
河西 邦剛(かさい・くにたか)弁護士
「レイ法律事務所」、芸能・エンターテイメント分野の統括パートナー。多数の芸能トラブル案件を扱うとともに著作権、商標権等の知的財産分野に詳しい。日本エンターテイナーライツ協会(ERA)共同代表理事。「清く楽しく美しい推し活~推しから愛される術(東京法令出版)」著者。
事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:https://rei-law.com/

