「ごめんね 大好きだよ」4年間 冷凍食品と並べられた我が子 死産し遺棄した母親を追い詰めたのは?「骨になると軽くて…」 薬物依存、機能しない生活保護…社会に見過ごされたSOS【裁判詳報】
冷たい冷凍庫の中で、赤ちゃんの遺体は誰にも気付かれずに約4年間も遺棄されていた。
「赤ちゃんの重みを手放せなかった」重度の育児ノイローゼになった母親…【裁判詳報】
「ごめんね 大好きだよ」
遺体が入った袋に書かれていたメッセージ。
我が子を隠し続けた母親が、法廷でその理由を涙ながらに語った
「もっと一緒にいたかったから…」
法廷で明らかになったのは社会のセーフティネットから完全に孤立し、一人で苦しみを抱え込んだ母親の現実だった。
(MBS大阪司法担当 柳瀬良太)
「ごめんね 大好きだよ」--冷凍庫に残された痛ましいメッセージ
2026年4月、大阪市平野区の集合住宅。その一室の冷凍庫から、ポリ袋に入れられた赤ちゃんの遺体が発見された。家宅捜索で警察官が目にしたのは、食料品などと共に保管された赤ちゃんの痛ましい姿だった。
「ごめんね 大好きだよ 2022.8.28」
ポリ袋にはそんなメッセージが書かれていた。我が子を冷凍庫に隠し続けていた32歳の無職の母親。水色のパーカーにダメージジーンズ、スリッパという姿で法廷にあらわれ、少し不安げな表情を浮かべていた。
「赤ちゃんの重みを手放せなかった」--法廷に響いた涙の告白
母親は2022年8月下旬、当時住んでいた大阪市平野区の集合住宅の一室で、死産した女の赤ちゃんを、2026年4月9日までの約3年8カ月にわたって冷凍庫に遺棄した。
法廷で、死産した我が子への思いについて問われると、母親は涙ながらに答えた。
弁護人:「死産で生まれた子どもに名前をつけた?」
母親:「生まれてきた時に、顔を見て『ゆうな』と名前をつけました」
弁護人:「ゆうなさんが生まれてきた後、どのようなことをしましたか?」
母親:「身体をきれいに洗って、一緒に寝ました」
身体を洗って、添い寝をしたという母親。なぜ、そのまま弔うことなく、我が子を冷たい冷凍庫に入れたのか。
母親:「このままだと、ゆうなが腐敗してしまうから…娘と一緒に着せたかったドキンちゃんとコキンちゃんの服にくるんで、ポリ袋の中に入れてメッセージを書いて冷凍庫に入れました」
弁護人:「どういった気持ちからしたのですか?」
母親:「生きていたらしてあげたかったからです…本来、生まれてきてほしかった。赤ちゃんって重みがあるじゃないですか…。死んでしまったのはわかっているんですけど、骨になってしまったら軽くて、ゆうなを感じることができないじゃないですか。だから、自分のエゴで入れてしまった…」
「我が子の死」を受け入れられず--狂気と隣り合わせの哀しい愛情
遺体を腐らせず、我が子の「重み」を感じ続けるため。常識では理解しがたい行動かもしれないが、母親は「我が子の死」という受け入れがたい現実を、どうしても受け入れることができなかったのだ。
長女とお揃いで着せるはずだったキャラクターの服で包み、時折、絵本を読み聞かせていたという。遺棄から2年後にはiPadで遺体の撮影もしていた。それは心を病んでしまった母親なりの、不器用ですがりつくような愛情表現だったのかもしれない。
決して最初から母親になることを放棄していたわけではない。実際、妊娠が発覚した後、母親はサプリを飲み、携帯アプリで胎動を確認するなど、新しい命の誕生を待ち望んでいたという。しかし、出産予定日の約1週間前、突然胎動が消えてしまう。
赤ちゃんの心音が聞こえない。通常であれば、すぐに救急車を呼ぶか、病院へ駆け込むだろう。しかし、母親は助けを呼ぶことができなかった。その精神は、すでに限界を迎えていたのだ。
「病院に行くな」--孤独な出産に追い込んだ幻聴とDV
弁護人:「医者や周りには相談できなかった?」
母親:「幻聴が聞こえてきてできなかった。病院に行くなとか、誰にも言うなと、否定するような幻聴が聞こえた」
弁護人:「周りに相談できる友達はいなかった?」
母親:「幻聴で、パニックでできませんでした。人間不信になっていた」
弁護側の主張によれば、母親は内縁の夫からのDVから避難し、女手一つで長女を育てる中で重度の育児ノイローゼに陥っていたという。法廷では当時の苦しい胸の内を明かしている。
母親:「シングルマザーで(子育てが)できるか。生活保護で長女がいじめられるのではないかとかいろんなことを考えて、部屋の中でずっと、ぐるぐるぐるぐる頭の中で考えていた」
誰にも相談できず、一人部屋の中で思い悩む日々。その中で母親は「このままでは私の身体がダメになり、長女の面倒を見る人がいなくなる」と考えた。そして、子宮を収縮させる作用がある胃薬を自ら飲み、たった一人で亡くなった我が子を産み落としたのだ。
健常者と同じペースで働くために--もがき続けた過去と搾取の闇
なぜ、母親はそこまで追い詰められていたのか。法廷では、社会のセーフティネットがいかに母親を見過ごしてきたかが浮き彫りになった。
検察官:「ケースワーカーが定期的に面談は?」
母親:「来てくれなかった。担当のケースワーカーは来てくれない人で」
検察官:「連絡して頼ろうとは?」
母親:「信用できなかったです」
生活保護を受給し、本来なら行政の支援下にあったはずだが、最も支援が必要だった妊娠・出産の孤立時に、その手は差し伸べられなかった。母親は統合失調症の傾向があるとされ、後に精神保健福祉手帳の交付も受けている。
オーバードーズから覚醒剤に…「健常者と一緒のペースで働くには…」
さらに、母親の背景には深い薬物依存と搾取の闇があった。しかしそれも、最初から快楽を求めたものではなかった。発達障害の診断を受ける前、「健常者の方と一緒のペースで働くためには、それ(薬)がないとだめだった」と、市販の風邪薬の大量摂取(オーバードーズ)に依存してしまった過去を明かした。
その苦しい離脱症状から逃れるために、覚醒剤に手を出してしまうという負の連鎖に陥っていたのだ。
19歳の時には路上で声をかけられた男に無理やり覚醒剤を打たれ、レイプされたという壮絶な過去も明かしている。事件発覚前には自宅に勝手に住み着いた男から「お前は売られたんや」と言われ、覚醒剤専門の風俗で体を売らされていたと主張している。
周囲のペースに合わせようともがき、反社会的な人間から搾取され、行政の支援も届かない。母親は社会の底辺で、完全に孤立無援の状態だった。
「弔いの気持ちはうかがえなくもない」--司法が下した裁き
2026年8月7日、大阪地裁の南うらら裁判官は、母親に対して拘禁刑3年、保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡した。
裁判官は判決理由で、遺体を洗い子ども服でくるんだ点について「被告人なりの弔いの気持ちはうかがえなくもない」とする一方、遺体を食料品などと一緒に冷凍庫に入れた行為は「粗雑な扱いで適切な葬祭からほど遠い」と指摘。「子と一緒にいたい」という動機も死者の尊厳を軽んじた身勝手なものだと厳しく非難した。
それでも実刑を免れ執行猶予が付いたのは、「専門的な指導監督を加えることが不可欠」として、薬物再乱用防止プログラムの受講などを見据えてのことだった。
その後、母親側・検察側の双方が控訴せず、判決は確定した。
「やめてよとなると思う」--法廷での涙と残された社会への問い
裁判の終盤、検察官とのやり取りの中で母親が泣き崩れた場面があった。
検察官:「ゆうなちゃんの立場から考えるとどうだろうね。食料品もあるでしょ、冷凍庫。ゆうなちゃんはどう思うだろうか?」
母親:「やめてよとなると思う……。まったく自分のことしか考えられなかった」
検察官:「今、ゆうなちゃんになにか言いたいことありますか?」
母親:「ごめんね、ごめんなさい……」
死体遺棄という罪は決して許されるものではない。しかし、「ずっと一緒にいたかった」という母親の身勝手な願いの裏側には、DV、精神疾患、薬物依存、そして機能しなかった行政支援という、現代社会が抱える病理が複雑に絡み合っている。
母親は法廷で「田舎の方が病気も治るだろうと。(薬物依存からの回復を目指す)ダルクに行ってみようと思います」と、再出発への小さな希望を口にし、「ちゃんと社会に戻れるような人間になるために頑張ります」と誓った。
冷たい冷凍庫の中に我が子を隠すしかなかった母親を、今度こそ社会は孤立から救い出し、更生への道を支えることができるのだろうか。
私たちが本当に目を向けるべきは、遺体が隠されていた冷凍庫だけでなく、母親の人生そのものを孤立させていた「見えない密室」の存在なのかもしれない。
(MBS大阪司法担当 柳瀬良太)
