ユニバーサルミュージックジャパンHPより

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「人気歌謡」という看板

 歌手のAdoが、韓国の人気音楽番組「SBS人気歌謡」を冠したライブイベント「INKIGAYO LIVE in TOKYO」(9月22、23日開催)で、2日目に大トリを務めたことについて、一部の観客から批判が出ている。【ラリー遠田/お笑い評論家】

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 IVEなどのK-POPアーティストを目当てに訪れた人からは「なぜAdoが最後なのか」「K-POPのイベントではないのか」といった不満が噴出し、その矛先はAdo本人にも向けられた。

 だが、今回の騒動をAdoとK-POPファンの対立として捉えるだけでは、その本質は見えてこない。問題の根底にあったのは、この公演が「何のためのイベントなのか」を明確に定義しきれなかったことだ。

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 Adoが大トリを務めたことが批判されているのは、その問題点を最もわかりやすい形で象徴する出来事だったからだ。

 公式側は、もともとK-POPアーティストだけを集めた公演であるとは説明していなかった。K-POPを中心に、日本のアーティストも交えたイベントとして企画され、Adoの出演も事前に告知されていた。つまり、K-POPの公演に突然Adoが乱入したというような話ではない。

 一方で、「人気歌謡」という看板が持つ意味は大きい。「SBS人気歌謡」は韓国のアイドルファンにとって単なるテレビ番組名ではなく、K-POPという文化そのものを象徴するブランドの1つである。その名前を掲げ、K-POPア-ティストの出演を前面に押し出してチケットを販売すれば、観客が「K-POPの祭典」を期待するのは当然である。

 ここに、運営側と観客側の認識の微妙なズレがあった。運営側にとっては「K-POPを軸に日韓の人気アーティストを集めた大型音楽イベント」であり、観客の多くにとっては「韓国の人気音楽番組が日本で開くK-POPイベント」だった。同じ公演を見ていながら、双方が頭の中に描いていたイベントの姿は最初から少し違っていた。

 通常、この程度のズレであれば大きな問題にはならない。日本人アーティストが途中で出演し、数曲を披露するだけなら、「日本開催ならこういうゲストもいる」と受け止められただろう。

 しかし、ライブの大トリには、単なる出演順以上の意味がある。その公演が最終的に「誰を中心とした物語だったのか」を観客に印象づけることになるからだ。

認識のズレが一気に表面化

 だからこそ、Adoが最後に登場した瞬間、それまで潜在していた認識のズレが一気に表面化した。観客の側からすれば、「K-POPのイベントにAdoも出演する」と思っていたものが、「K-POPアーティストが多数出演するイベントを最後にAdoが締めくくる」という構図に変わったように見えた。

 さらに、2日目には初日にあった出演者によるフィナーレが行われず、Adoのステ-ジを最後に公演が終了したことも、この印象を強めた。Adoの出演時には双眼鏡の使用を控えるよう求める案内が出るなど、彼女独自のライブスタイルに合わせた対応もあった。それらが重なった結果、「イベント全体がAdo仕様になった」というふうに受け止める人が出てくることになった。

 Adoという存在が、その摩擦をさらに大きくした面もある。彼女は素顔を前面に出さず、独自の演出やルールを維持することで、ほかの歌手とは明確に違う世界観を作り上げてきた。その徹底した自己演出こそがAdoの特徴であり、国内外で人気を獲得した理由の1つでもある。

 しかし、その「ほかの誰とも同じようには扱えない」という特殊性は、出演者が横並びであることが重要な合同イベントでは、ネガティブな形で受け止められる可能性がある。

 近年、K-POPは韓国国内の音楽ジャンルという枠を超え、世界規模の巨大な文化圏になっている。日本でもK-POPアーティストとJ-POPアーティストが同じ番組やステ-ジに立つことは珍しくなくなった。一方で、ジャンルの境界が薄くなればなるほど、「このイベントは誰のためのものなのか」という設計はむしろ重要になる。

 今回は、結果として最も目立つ場所にいたAdoが批判の矢面に立つことになってしまった。だが、本来問われるべきなのは彼女の出演そのものではない。この公演がどの文化圏の観客に向けて、何を見せるために作られたのか。そこが曖昧になっていたことが、今回の騒動を生んだ最大の要因だったのではないか。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部