《ゴリゴリの体制派”イスラム・ヤクザ”が見せた素顔》「うちは電気代なんか払ったことないよ」自宅では金髪にノースリーブ、イラン女性がスカーフを脱ぎ始めた本当の理由
今年2月28日にアメリカとイスラエルが戦端を開いたイランとの戦争は、半年以上経った今なお終結していない。ホルムズ海峡の封鎖による「ナフサショック」をもたらすなど、日本にも大きな影響を与えているイラン戦争。
では、我々は「イラン」という国、そしてイランの人々のことをどのくらい知っているだろうか。
多くの日本人の脳裏にあるイランのイメージは「厳格なイスラム国家」であり、そこに住む人々は敬虔なムスリムだ、というようなものだろう。だが、そのイメージは必ずしも実態を反映していないのかもしれない……。
『イランの地下世界』(角川新書)の著者である若宮總さん(ペンネーム)が出会った女性は、普段は体をすっぽりと覆う「チャドル」を身にまといながら、自宅ではノースリーブにピチピチのタイツ姿だった。そして、テレビに映った宗教的権威に対して「デクノボー!」と叫ぶ。著者は彼女のような人のことを"イスラム・ヤクザ"という言葉で表現している。
同書より、一部抜粋して再構成している。いまだにイランをめぐる戦火が絶えないなか、この国を理解するヒントが見つかるだろう。【全3回の1回目】
真っ黒なチャドルの奥で光る眼
彼女の名前は、アクラムという。
50代前半だった彼女とは仕事を通じて知り合った。
アクラムは最高指導者ハメネイの直属機関、「イスラム宣伝局」の職員だった。ここは、イスラム革命のプロパガンダを担う、いわば体制イデオロギーの総本山である。
それだけでも十分すぎるほど迫力ある肩書きなのだが、さらに彼女はバシージ(民兵)のメンバーでもあった。
このバシージというのは、諜報や密告、そしてデモの弾圧などを主な任務とする組織で、今回の反体制デモでも、参加者の多くがこのバシージによって暴行を受けたり、殺害されたりした。
そういってよければ、バシージはイスラム共和国の"お抱えテロリスト集団"である。
そんな、泣く子も黙るゴリゴリの体制派アクラムの出で立ちは、もちろん真っ黒なチャドルであった。
そして、そのチャドルの奥では、あたかも全世界が彼女の敵であるかのように敵愾心に満ち満ちた2つの眼が、常に鈍い光を放っていた。
ホメイニやハメネイに「引っ込め、このデクノボー!」
ところが、そんなアクラムが自宅ではどうかといえば、私のような部外者がいようとチャドルはおろかスカーフすらしないのだ。
しかも、その髪はけばけばしいブロンドに染められ、上半身は胸元ののぞくノースリーブ、下半身はたるんだ肉の質感までわかるピチピチのタイツという、もうどうしようもなく下品な格好である。
表情もすっかり崩れて、あの凄みのある眼つきもどこへやら。
外国人相手という気安さもあったのだろう、彼女は持ち前のハスキー・ボイスで、ずいぶん余計なことまで口走っていた。
「あたいンちは電気代なんか払ったことないよ。コネでメーターを止めてもらってるからね。ギャハハハハ」
「あんた、酒が欲しかったら言いな。ここにはないけど、あたいのコネで一番上等なのを用意してやるよ。ウオッカがいいか? それともウイスキーか? ガッハッハ」
リビングのテレビからは、イランで禁止されているはずの衛星放送が流れていた。そこに時々、ホメイニとかハメネイの顔が映るとアクラムは黙ってはいない。
「引っ込め、このデクノボー!」
念のため繰り返すが、彼女はイスラム宣伝局の職員にして、バシージである。
これがもし、体制と関わりのない普通のイラン人なら、一向にかまわないのだ。飲酒が禁止されているイランでも、こっそり酒を売買する人は少なくない。
ホメイニやハメネイにいたっては、ほとんど罵倒されるためにこの国に存在しているかのごときである。
だが、アクラムは体制に仕え、その恩恵にあずかっている立場の人間だ。それが、一般国民と同じように法の目をかいくぐったり、ましてやそのために自分の立場を利用したりするならば、それは矛盾というレベルを通り越して、もはや欺瞞以外の何ものでもない。
「チャドルを着て押しかけるのさ、イヒヒヒヒ」
私はさらにアクラムの本性を暴くべく、話の流れで核心的な質問を投げかけてみた。
「ところで、イランで他人とお金のトラブルになったときには、どうしたらいいでしょうかねえ?」
すると、彼女は得意げにこう言い放った。
「そういうときはチャドルを着て押しかけるのさ。これは効くよ。あんたにも見せてやりたいくらいだね。イヒヒヒヒ」
予想どおりの答えだった。何のことはない。アクラムは名実ともに「イスラム・ヤクザ」であることを自ら認めたのだ。
この出来事をイラン人の友人たちに話しても、まったく驚いてもらえない。そりゃそうだろう。何しろ、同じように欺瞞にみちた「ヤクザ」たちを、彼らは今までたくさん見てきたのだから。
そして、今イラン人女性たちがスカーフを脱ぎはじめた理由も、まさにここにある。
2022年の反体制デモのころ、スカーフを火にくべて、歓喜する女性たちの姿があった。
あのとき燃えさかる炎を見つめていた彼女たちの脳裏には、スカーフなどのベールを利用して自分たちを食いものにし、のし上がっていった同僚や隣人の顔がひとつ、ふたつ、去来していたに違いないと私は思う。
かつて敬虔と貞節の象徴と呼ばれたベール。40年あまりにわたる強制の結果、それは今や欺瞞とおべっかの象徴へと成り下がり、ついに脱ぎ捨てられることになったのである。
* * *
第2回では、礼拝も断食も欠かさない敬虔なムスリムだった青年が、「イスラム疲れ」を起こしていく姿を紹介する。その信念を揺るがしたのは、英国への留学と、1人の女性との恋だった。
(第2回を読む)
