32歳で暴力団を離脱し、42歳から受験勉強を始めて44歳で慶應義塾大学に合格した斎藤由則さん(51)。2025年3月に大学を卒業した現在は、弁護士を目指して司法試験の勉強に励みながら、犯罪者の更生支援や被災地でのボランティア活動にも取り組んでいる。

【衝撃画像】 「全身に入れ墨があって小指なし」慶應大卒の元ヤクザ・斎藤由則さんの“小指のない右手”や、暴走族時代の“特攻服姿”を写真で見る(画像多数)

 先日公開した文春オンラインのインタビュー記事が話題を呼んでいる斎藤さんが「非行の始まり」と語ったのは、小学5年生のときに母親から告げられた、ある“衝撃の事実”だった。


斎藤由則さん ©文藝春秋

◆◆◆

「実はあんたはお父さんの子じゃないんだよ」

 斎藤さんが育ったのは、神奈川県小田原市の団地。母は昼はゴルフのキャディ、夜はキャバレーで働き、父は高速道路の料金所に勤める“鍵っ子”家庭だった。借金の取り立て屋が家に上がり込み、一緒にファミコンをして晩ごはんまで食べるような環境だったが、斎藤さん本人は「寂しさを感じたことはなかった」と振り返る。

 転機は小学5年生のとき。保健体育の授業で血液型の遺伝を学んだ斎藤さんは、両親の血液型から自分のO型が生まれるはずがないことに気づいた。病院の医師にも確かめ、確信を深めた末に母親を問い詰めると、こう打ち明けられた。

「『実はあんたはお父さんの子じゃないんだよ』って。『だけど育ててくれたのはお父さんなんだから、ほんとのお父さんだと思いな』と続けられて。そこが不良の始まりだったんじゃないですかね。頭の中が真っ白になっちゃいましたよね」(斎藤さん)

 それまで自分を大切に育ててくれた父が、血のつながらない人間だったという事実。その衝撃が、斎藤さんを非行へと向かわせた。

32歳で暴力団からの離脱→大学受験を志す“きっかけ”

 中学生になってからは補導を繰り返し、無免許でバイクに乗って事故を起こし、保護観察処分となった。ある夜、就寝中に首にロープを巻かれ、目を覚ますと母が「あんたを殺して私も死のうと思ったの」と涙を流していたこともあった。車上荒らしで少年院に送られたのは、そんな日々の果てのことだった。

 その後、暴走族を経てヤクザになった斎藤さんは、32歳で暴力団からの離脱を決意。42歳でアルファベットの小文字から勉強を始め、1日17時間の猛勉強の末に慶應義塾大学に合格するまでの道のりは、インタビュー本編で詳しく語られている。

〈つづく〉

(「文春オンライン」編集部)