《池袋高齢者暴走事故》「チャイルドシートの隙間から莉子ちゃんの足が…」ドラレコに映った事故の瞬間と加害者長男が明かした父親への思い
母娘2人の命を奪った池袋暴走事故。逮捕されず、「車に異常があった」と主張する87歳の元高級官僚には「上級国民」と猛烈な批判が起きた。事故から5年、遺族は受刑者と対面を果たし…
【画像】妻子の写真とともに記者会見する松永さん
母娘2人が死亡し、10人が重軽傷を負ったのに、運転手が逮捕されないのは「上級国民」だからではないか。
夫は「歩くのが大変だから、車で行こう」と譲らず…
2019年4月19日に発生した東京・池袋の暴走事故では、加害者の飯塚幸三(当時87歳)に対して、バッシングの嵐が吹き荒れた。

“上級国民”と批判された飯塚元受刑者
当時、TBSテレビの社会部で警視庁を担当していた私は、以来7年にわたり、100人ほどの事故の関係者を取材した。
その中でも私がもっとも数多く接触を重ねた1人が松永拓也で、もう1人は飯塚幸三の長男だ。
松永は被害者遺族、飯塚の長男は加害者家族と立場は真逆だが、実はこの2人は「こんな悲劇を絶対に繰り返してはならない」という共通した思いを持ち、何度も対話を重ねてきた。
事故の遺族と加害者の間には、どんなドラマがあったのか--。
◇
事故当日、飯塚幸三は朝8時半頃に起きた。飯塚と妻はともに1931年6月生まれで、26歳のときに結婚。飯塚は約3年前から足のふらつきが始まり、好きなゴルフをやめ、4カ月前から歩くときに2本の杖を同時に使っていた。
夫婦はこの日の午後0時30分に行きつけのレストランの予約をしていた。妻が「電車かバスで行きませんか」と提案したが、夫は「歩くのが大変だから、車で行こう」と譲らなかった。
一方、松永家は3人揃って午前6時半に起床。拓也と妻の真菜さん(当時31歳)と長女の莉子ちゃん(当時3歳)には日課があった。その1つは、朝夕の食事のたびに、莉子ちゃんがせがみ、3人で笑って10秒間ほど手を繋ぐことだ。
松永の出勤前に3人で円陣を組むように抱き合う。そして、莉子ちゃんがお尻をふってバイバイする姿を見て、夫婦は大笑いする。
ドラレコに映った事故の瞬間
午前10時過ぎ、真菜さんと莉子ちゃんは親子用の電動アシスト自転車に乗り、南池袋公園に向かう。駐輪場に自転車を停め、西武池袋本店で買い物をする。その後、公園に戻って真菜さんの手作り弁当を食べ、正午きっかりに松永とビデオ電話で話した。松永が定時で帰ると伝えると、莉子ちゃんは「絵本を読んでね」とねだるのだった。
最後に真菜さんは松永にこう言った。
「あと15分で自転車の駐輪場の(有料)時間になっちゃうから、そろそろ切るね」
真菜さんは買い物の荷物があり、この日は徒歩でなく、自転車を使ったのだ。松永は「自転車なんて珍しいね、気をつけて帰るんだよ」と言い、通話を終えた。
同じ頃、飯塚夫妻はトヨタ・プリウスで目白台にあるレストランを目指して護国寺方面へ向かって出発。東池袋あたりを走行中、飯塚は「アクセルから足を離しているのに、速度が落ちない」と違和感を覚えた。
加速する車は、縁石にぶつかった後、横断歩道を渡ろうとしていた自転車の後部に接触。自転車に乗っていた78歳の男性は数メートル上まで撥ね上げられ、地面に叩きつけられた。
飯塚の車は時速96キロメートル近くに到達し、日出町第二公園交差点の横断歩道が眼前に迫る。車が暴走を始めてから、わずか10秒。午後0時23分。母娘の乗る自転車が視界に入った飯塚は、とっさにブレーキを踏んだつもりだった。
ところが--。ここからは辛い記述になる。
ドラレコの映像を確認すると、凄まじい衝撃音と飯塚夫妻の「うわあ!」という悲鳴があがる。真菜さんの麦わら帽子を捉え、すぐさま画面はヒビだらけのフロントガラスとエアバッグの素材とみられるもので覆われた。
車に撥ねられた真菜さんは信号機の高さまで飛ばされた後、路肩にうつ伏せで倒れていた。自転車は事故の衝撃で分断され、チャイルドシートは衝突地点から約10メートル離れた交差点内に落ちていた。目撃者によれば、チャイルドシートの隙間から莉子ちゃんの足がのぞいていたという。
事故には生死を分けた瞬間がいくつもあった。近くの横断歩道を親子用自転車で走っていた、ほぼ同年齢の母娘は車に撥ねられ、自転車ごと倒れて軽傷を負った。別の自転車は車の突入前に渡り切り、無事だった。
真菜さんは常に最短距離を計算し、無駄な動きをしなかったという。信号待ちの時間次第では、難を逃れていた可能性がある。
警視庁は通報内容等から飯塚の車が暴走したと断定。飯塚は逮捕されなかったため、通常なら匿名報道となるが、技官のトップである「通商産業省(現経済産業省)工業技術院の元院長」だったことから、一部のメディアは実名で報じた。
父親を「逮捕してほしい」
警視庁には逮捕しないことについて「圧力を受けているのではないか」という憶測を含む抗議電話が3日間で600件ほどあった。
しかし、警視庁は刑事訴訟法に基づき、飯塚が重傷を負って入院中で証拠隠滅や逃亡の恐れがないことから、不逮捕を決断した。
大規模な事故だったため、捜査は警視庁交通捜査課が主導し、常時約40人の捜査員が従事した。異例なことに、警視庁と東京地検が初期からタッグを組み、裁判で禁錮7年(過失運転致死傷罪の法定刑の上限)を求刑することを最重要目標として掲げたという。それほど世論からのプレッシャーは大きかったのだ。
警視庁は直後から飯塚のアクセルとブレーキの踏み間違いを疑っていたが、飯塚は否定し「アクセルペダルが異常をきたし、車が暴走した」と頑なに主張し続けた。そこで警察は、飯塚を車に同乗させながら実況見分を4回行うなど徹底的に鑑定を行った。
捜査関係者は「一番辛かったのは松永さんだけど、飯塚の長男も本当にしんどかったと思う」と振り返る。当時、世間によるバッシングや殺害予告などの脅迫から家族を守るため、長男は父親を「逮捕してほしい」と伝えていたという。
父親の代理として矢面に立った長男は警察から証拠を提示された際、「完全に踏み間違いです。私が父親を説得します」と述べた。技術者でもある長男はのちに自ら解析した上で渾身の説得を試みたが、飯塚は「記憶にはない」と否定した。
「加害者に対し、できるだけ重い罪での起訴と厳罰を望みます」
一方、松永は事故から3カ月後の7月18日、会見を開いた。前年の父の日に莉子ちゃんが「ありがとう」と言い、松永に手作りのケーキと似顔絵を渡す動画を公開。松永は「私は愛する2人とのこのような日常がとても幸せでした」と述べた上で、「被害者と辛い思いをする遺族がいなくなるように、加害者に対し、できるだけ重い罪での起訴と厳罰を望みます」と署名活動を行うと発表した。この模様が様々なメディアで報じられると、高齢ドライバー問題は社会の最大の関心事となった。39万筆の署名が集まり、運転免許証の自主返納件数は2019年に過去最多の60万件を記録した。
飯塚は書類送検される前の2019年10月26日、私の直撃にこう語った。
「それまで安全運転を心がけておりましたので、“おごり”があったのかなと思って反省しています」
「安全な車を開発するように、メーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転でき、外出できるような世の中になってほしいと願っております」
(文中一部敬称略)
〈《池袋高齢者暴走事故》「メッタ刺しにして殺します」と脅迫状、加害者には女子中学生も…“上級国民”と呼ばれた元高級官僚受刑者と被害者遺族の1868日〉へ続く
(守田 哲/週刊文春 2026年8月6日号)
