トヨタ版のカウンタック!? トヨタオーパは欲張りすぎたのが裏目に出た異端児

写真拡大 (全33枚)

今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第104回目に取り上げるのは20世紀末の2000年に登場したトヨタオーパだ。

世紀末のトヨタはチャレンジングだった!!

トヨタは世界初の量産ハイブリッドカーの初代プリウスを1997年に発表して以来、他メーカーに先駆けて21世紀を見据えたクルマを積極的に市場に投入した。乗用車ベースのプレミアムSUVの先駆けとなった初代ハリアー(1997年12月)、ダウンサイジングした小さな高級車のプログレ(1998年5月)、ポストセダンを標榜して登場したナディア(1998年8月)などなど新ジャンルに挑戦を続けた。今回取り上げるオーパはその路線で開発された最後の一台で、東京モーターショー1999にコンセプトカーとして出展された後、2000年5月に正式デビュー。

ナディアはオーパ同様にポストセダンとしてブランニューデビュー。デザインは丸基調

欲張りなコンセプト

ブランニューモデルのオーパは、「ミニバンのキャビンスペースと多機能性」と「高級サルーンの走り」をクロスオーバーさせたモデルで、間もなく訪れる21世紀のマルチタスクサルーン(今で言うところのクロスオーバーカー)を目指していた。その一方でデザインはハイトワゴン、ステーションワゴンの要素がミックスされていた。つまり、ミニバン、ステーションワゴン、ハイトワゴン、セダンのいいとこ取りを狙った欲張りなコンセプトだったのだ。

オーパのキャッチコピーは2つあって、ひとつ目が「新世紀へ、人をあっと言わせるミディアム。」、もうひとつが「今までの車に、満足している人は見ないでください。」というもの。前者は車名の由来どおりで共感を得た。しかし、後者はトヨタとしては異例中の異例の挑発的なフレーズで、その高飛車トーンは一部のユーザーに不評だった。

ミニバン、ステーションワゴン、ハイトワゴン、セダンのいいとこ取りを目指したオーパ

車名の由来はカウンタックと同じ

オーパ(Opa)という車名は、ポルトガル語で驚きを表す感嘆詞に由来。ユーザーをアッと驚かせたいという気持ちが込められていた。ちなみにイタリア語(ピエモンテ地方のスラング)の感嘆詞を車名にしたのが、かの有名なランボルギーニカウンタック(イタリアではクンタッチまたはクゥンタッチと呼ぶ)。つまり、イタリア語とポルトガル語の違いはあるが、車名の由来はオーパもカウンタックも同じ。

COUNTACHと書き、日本ではカウンタックだがイタリアではクンタッチと発音

オーパと言えば1978年に刊行された開高健氏(1930~1989年)のアマゾンの奥地で釣りをしながら旅をした紀行エッセイが有名で、2021年に復刊している。筆者は当時の編集長からオーパの実書を見せてもらって初めて知ったが、開高健氏のファンの間では話題になっていた。

そのほかでは、当時ダイエー傘下で現在はイオンモールの完全子会社のファッションビルもOPAという名称だ。1988年に一号店として新神戸に店舗を開業。オーパがデビューする前の年、1998年にオープンしたのが河原町オーパで、28年目を迎えた2026年9月17日にリニューアルオープンしたばかり。京都河原町エリアにおいて、最新のファッショントレンドを発信するファッションビルとして支持されてきた。

リアコンビランプは縦長のシンプルなデザイン

デザインはセールスポイントのひとつ

話をクルマのオーパに戻そう。オーパのボディサイズは全長4250×全幅1695×全高1525mmの5ナンバーサイズ。全長は小型セダンのカローラとほぼ同等ながら、当時の2.5Lクラスに匹敵する2700mmのロングホイールベースを採用。そのカギは、超ショートオーバーハングのデザインで、真横から見ると前後のタイヤがボディの四隅に位置しているのがよくわかる。

前後のオーバーハングが極端なまでに切り詰められたワンモーションデザイン

デザインもオーパのセールスポイントで、全高は1525mmと高かったが傾斜のきついフロントウィンドウから流れるような美しいラインを描くワンモーションフォルム、スパッと切り落とした形状のリアエンドによりスポーティな雰囲気に仕上げられていた。またホイールアーチを縁取るように膨らませた前後フェンダー、太いCピラーにより力強さ、ボディサイドのエッジによりシャープさをうまく表現していた。惜しむべくはヘッドライトを含むフロントマスクのデザインで、どことなくファニーであるが印象が薄い。

ナディアもポストセダンとして登場したが、デザインはナディアが丸基調に対しオーパはエッジを効かせたシャープさを売りにするなど差別化されていた。

フロントマスクにもう少しシャープさがあれば若者受けしたかもしれない

室内の広さ、多機能性が魅力

オーパはビスタアルデオよりも全長が390mmも短いが室内長は遜色なし

ミニバンのキャビンスペースと多機能性を謳うオーパのポイントは2700mmのロングホイールベースにある。カローラクラスの全長ながら、リアの足元スペースはクラウンを凌駕するレベルを実現。オーパのプラットフォームはカムリとの兄弟車関係をやめ独立車種となったビスタ/ビスタアルデオと共用。ワゴンボディのビスタアルデオのボディサイズは全長4640×全幅1695×全高1515mmなので、オーパはアルデオより全長が390mm短いにもかかわらず、室内長はアルデオの2110mmに対しオーパは2025mm。わずか95mm短いだけというのは驚異的なスペース効率だ。

アルデオが質実剛健で実用の極みを目指したステーションワゴン、オーパは空間のラグジュアリー化を図ったクロスオーバーカーという感じで両車はキャラクター分けがされていた。

ワゴンとしては背が高いビスタアルデオは実直すぎるスタイルが不評だった

一方機能性という点ではシートアレンジがそれにあたる。(1)リアシートのダブルフラット(奥行最大1700mmのフラットなラゲッジスペース)、(2)リアシート片側ダブルフラット、(3)フロントシートフルフラット(リアシートのリクライニング可能)、(4)リアシート前方スライド(フロント225mm、リア120mmのシートスライドが可能)、(5)リアシートバック前倒し、(6)リアシートバック片側前倒し、と3列シートは持たなかったが、ミニバン並みの多種多彩なアレンジが可能となっていた。

シートアレンジは多彩だが、デュアルツートーンシートは不評

インテリアの評判はイマイチ!?

広さ、機能性では満足度の高い室内を実現していたオーパだが、インテリアデザインはとにかく尖っていた。その最たるものが、前席がベージュ、後席がブラックと前後席で色が違うデュアルツートーンシート(最もスポーティグレードのみ前後ブラック)。前席は運転に集中するコクピット、後席はくつろげるリビングというひとつのキャビンに異なる世界観を同居させるという量産車としては異例の割り切りでもあったのだが、ユーザーには理解されなかった。歓迎されるどころか困惑させ不評だったため、約1年後にマイチェンを敢行して同色に変更された。

デザインと機能を融合させたとトヨタはアピールしていたが、メーターの視認性はイマイチで、コラムシフトの操作性もよくなかった

未来的、先進性をアピールしたデジタル表示のセンターメーターは、当時運転中に視線を切らずにメーターが見られるとトヨタご自慢のアイテムだったが、ユーザーからは瞬間的な読み取り性に劣ると不評。もうひとつはデザイン重視でステアリング裏側に屹立したコラムシフト。ブラインド操作がしづらいうえに、Dレンジに入れた時に視界に入ってくるなど大不評。筆者も当時オーパの広報車両を運転した時にそれを感じた。

あと、前方の見切りの悪さは特筆だった。デザインのポイントである傾斜のきついAピラーによりフロントウィンドウの下端が遥か前方に位置していてなおかつボンネットが見えないため車両感覚がつかみづらいとこれも不評だった。

フロントウィンドウの傾斜がきついため、室内からはガラスの下端の位置が遠くボンネットも見えないため車両感覚をつかむのが難しいクルマだった

トヨタ車初のCVT搭載車

オーパに搭載されたエンジンは1.8L、直4DOHC(136ps/17.4kgm)と2L、直4DOHC(152ps/20.4kgm)の2種類。2Lは直噴のD-4エンジンで、デビューから約3カ月後に追加された。トランスミッションは1.8Lが4速ATのスーパーECTだったのに対し、2Lは新開発のスーパーCVTが組み合わされた。これは当時ビッグニュースだった。

なぜか? それは、オーパがトヨタ車初のCVT搭載車だったからだ。CVTは1987年にスバルが市販車として世界初となるECVTをジャスティで登場させ、その後日産、ホンダも追従したがトヨタは静観姿勢を崩さず。CVTが初登場してから13年たってトヨタが満を持してCVTを市販車に搭載したことから当時は、「牙を研ぎ澄まし続けた巨人が放った一撃」と話題になった。

2L、直4直噴DOHCエンジンにのみCVTが組み合わされた

CVTは素晴らしい出来

さすがトヨタが13年の沈黙を破って商品化したスーパーCVTだけあって、トルクコンバーター(トルコン)を装着することで発進時のもたつきを解消し、「多段AT車と遜色ないドライブフィール」など自動車評論家なども絶賛。特に最もスポーティなi  Sパッケージに搭載されたステアリングスイッチでの擬似6速変速はスポーティで気持ちよく走ることができた。

CVTは大きなトルクを苦手としていたため、小排気量エンジン用に終始していたなか、スーパーCVTは世界初の2Lクラスエンジン用CVTでもあった。

スーパーCVTはトルコンを装着したことでATのようにクリープもあり、発進時がスムーズだった

このCVTが21世紀に向けた技術と言われたのは、極限まで燃料を薄くして燃やす直噴エンジンと組み合わせたことで、希薄燃焼との協調制御は燃費性能が大きくクローズアップされた21世紀初頭で大きな威力を発揮。さらに言えば、トルコン付きCVTは、現在ヤリス、シエンタなどに採用されているDirect shift-CVTの礎となったのだ。

笛吹けど踊らず……

トヨタの自信作だったオーパだが、販売面では苦戦を強いられた。月販目標は3500台だったが、2000年5月~2005年8月までの約5年で累計販売台数は約7万9000台。月販平均にすると1300台弱にとどまる。

最大の要因は、セダンだかワゴンだかミニバンだかわからない「正体不明感」だろう。多種のいいとこ取りをしようとした結果、中途半端になってしまった感は否めない。ファミリーは変わらずミニバンを買ったし、若者にはイマイチ刺さらなかったし、年配層はセダンを選び、ユーザーが新ジャンルのオーパへ大量流入することはなかった。

走りのポテンシャルは低くなかったが、無味無臭的な印象に残りづらいものだった

これは販売会社(当時のビスタ店)にとっても正体不明感は強く、お客さんに魅力を説明しづらい「売りにくいクルマ」だったという。お客さんから、「このクルマはどんなクルマですか?」と聞かれて、『セダンであり、ワゴンであり……』と説明が長くなればなるほど、客の心は離れていった。

残念ながらオーパは成果を残すことができず1代限りで消滅(2005年)となってしまった。しかし、オーパを単なるキワモノと判断するのは間違いで、その志の高さ、チャレンジ精神は評価されるべきだろう。

時代背景もありオーパの志の高さをユーザーが理解するのが難しかったのが不運だった

【トヨタオーパi(FF)主要諸元】

全長:4250mm

全幅:1695mm

全高:1525mm

ホイールベース:2700mm

車両重量:1270kg

エンジン:1998cc、直列4気筒DOHC

最高出力:152ps/6000rpm

最大トルク:30.4kgm/4000rpm

価格:214万円

※2000年8月発表時のスペック

このアングルがオーパを最も美しく見せる

【豆知識】トヨタがCVTに対し静観していた理由

トヨタは新技術に積極的で、他メーカーに先を越された場合でもすぐに後追いするが、CVTは13年も後発となった。トヨタはもちろんCVTの研究は進めていたが、”石橋を叩いて渡る”慎重なメーカーと言われているとおり、CVTの利点よりも各メーカーが苦労しているのを見ていたため静観。そのほかの理由としては、グループ会社のアイシンという心強いパートナーから供給される優れたATを持っていたため、危険を冒してまで早急にCVTに切り替える必要がなかったことも大きい。

市原信幸

1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975~1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。

写真/TOYOTA、LAMBORGHINI、ベストカー編集部

【画像ギャラリー】オーパは21世紀を大々的にアピールして登場!!(16枚)