30cmの間近から2人で監視し続け、人間の精神を「改造」する…中国の「収容所」で過ごした「地獄の1154日間」

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日本人が何人も拘束されて

習近平政権の特徴は、政策における「国家安全」の優先順位が非常に高いことだ。すなわち、経済発展や対外関係の安定よりも党体制の安定が優先される。結果、近年は国家安全部(逮捕権を持つインテリジェンス部門)の権力が肥大。「上」に忖度した末端の暴走や、他の国家機関が暴走行動を追認する動きも生じやすくなっている。

それを象徴するのが、国家安全案件での外国人の拘束だ。日本人だけでも、中国で反スパイ法が施行された2014年以降に17人が拘束されている。うち、アステラス製薬や伊藤忠商事の男性社員らには懲役3年以上の実刑判決が下された。

今年6月には富士電機グループ社員の日本人2人がレアアース輸出に関連する容疑で拘束されている。中国から見たレアアースは「経済安全」問題なので、こちらも広い意味では国家安全を理由とした拘束であった可能性がある。

だが、こうして拘束された外国人はどのような環境に置かれるのか? 世間ではあまり知られていない。

真実を知る鍵はオーストラリアにある。2020年8月13日、中国国家安全部から同様に理不尽な理由で逮捕され、実刑判決を受けた人物がいるからだ。彼女は中国系豪州人ジャーナリストの程蕾(チェン・レイ、51歳)。取り調べ期間を含め、拘束期間は3年以上におよんだ。

程蕾の逮捕時の職業は、中国の公営国際放送・CNTGの外国籍キャスター。つまり、本来は中国共産党の体制とは対立的ではなかった立場だ。そんな彼女が味わった壮絶な受難とは──? 豪州メルボルン郊外の自宅で直接話を聞いた。

排泄のときすら監視される

──程蕾さんの逮捕理由は「2020年の中国は(コロナ禍により)GDP成長率目標を設定しない」という情報を、報道解禁時間のたった7分前に外国籍の知人記者に送ったことだとされます。これのなにが問題だったんですか?

程蕾:当局としては、他の理由でも構わなかったのだと思いますよ。本当の目的は、オーストラリアに対する「見せしめ」にあったと考えています。

──当時はコロナ禍の初期。中国はオーストラリアからウイルスの発生源調査を求められたことに反発していました。現在、中国は日本に対して非常に強硬な制裁体制を取っているのですが、これのやや小規模な図式が当時の豪中両国間にもあったわけですね。なので、嫌がらせの一環として程蕾さんが拘束された。

程蕾:はい。2018年にファーウェイの孟晩舟CFOがカナダ当局に逮捕された際も、中国は翌年にカナダ人2人を約3年間拘束しています。結果、カナダの対中世論は悪化した。私の場合は豪州籍でも中国系ですから、拘束してもカナダのケースほど豪州の反中感情が高まらないと考えたのかもしれません。

──取り調べ段階では「居住監視」状態に置かれたと報じられています。これは軟禁ですか?

程蕾:そんな甘いものじゃないですよ。拘置施設と同じ敷地内にある、小さな監獄みたいな部屋に、ずっと1人で……。ああ、厳密には監視の人間が2人、数十センチの距離で私に24時間貼り付いています。彼らは4時間ごとに交代する。さらに監視カメラもついています。睡眠もトイレもシャワーも「〇〇に行きます」と言ってからじゃないと行けない。排泄中ですら常に監視される。

会話は一切許されない。寝ている間も照明はつけっぱなし。壁のほうを向いて寝たり、自分の手で目を覆ったり、手を布団に入れたりしてはいけない。仮にやれば無理やりに起こされます。食事だけはおいしかったですけどね。監視官たちの職員向け食堂のバイキングから、彼らが取ってきたものを食べさせられましたから。

精神を「改造」される

──食事のこと以外は、聞いているだけで精神がおかしくなりそうです。運動の時間などは?

程蕾:2人の看守が幅1メートルくらいの「人間の廊下」を作る。その間を1.5メートルほど歩いて往復するだけです。1日3、4回、1回10分程度。太陽も見られない。窓もない。時計もない。今日が何月何日かも分からない。

しかし、自殺も……。私もやがてそういう考えが浮かびましたが、彼らは自殺に使えそうなものは徹底して置かない方針でした。箸もない。柔らかいスプーンだけ。鏡もない。割れるものもない。壁はクッション材で覆われている。シャワーも金属ではなくゴムのホースです。

箸がないのは、以前に箸を使って自殺を図った人がいたからだと聞きました。自分の指を噛み切った人もいたそうです。極度の心理的苦痛からでしょう。私自身、浴室のタイルの床に頭を叩きつけて死ねないかと思ったのですが、二人に見張られているので、それもできない。

ただ、自殺を想像するだけで少し慰めになりました。心理的な痛みがあまりに強くて、肉体的な痛みでそれを弱めたいと思ってしまうのです。およそ6ヶ月これが続いてから拘置所に移され、裁判で有罪を宣告されて、国家安全案件で投獄された囚人専用の刑務所に移されました。

──いつ釈放されるのかは教えられなかったのでしょうか?

程蕾:教えられていません。最初の取り調べのとき、警官に「どれくらい拘束されるんですか」と聞いたら「だいたい6年」と言われました(注:実際は約3年で釈放された)。

このとき、むしろ喜んだんです。それまでは無期懲役ですとか懲役20年ですとか、もう二度と自分の子ども(※彼女の2人の子どもは当時まだ幼かった)に会えないかもしれないと思っていた。だから「6年なら子どもにまた会える」と思った。人間の脳は、苦痛に対する基準をそうやって組み替えてしまうんです。

国家安全部の拘束のプロセスは、リサイクル工場の過程とよく似ています。まず、さっき話した「居住監視」状態が約6ヶ月間。ここでまず、人間を徹底的に壊す。いわば「スクラップ場」です。次の拘置所が「倉庫」。壊した人間をその状態で保管する。裁判を経て最後に刑務所へ送られると「リサイクル製品」の完成です。

普通は処罰がだんだん重くなると思うでしょう。でも中国では逆なんです。刑務所に移ってからのほうが、むしろ自由が増える。最初に徹底的に人を壊して、「もう刑務所に行けるならそれでいい」と思わせるんです。ただ、刑務所の食事はひどく粗末で、食事だけは最初の段階のほうがずっとよかった。不思議ですよね。

本物のスパイは30人に1人?

──むかし、法輪功(中国で弾圧されている新宗教)の関係者と誤認されて逮捕された中国人から、取り調べの際に電気棒で拷問されたと聞いたことがあります。こうした拷問は受けましたか?

程蕾:いえ。尊厳の破壊や睡眠妨害などはありましたが、直接的な拷問は受けませんでした。理由は私が外国籍であることと、メディア関係者で事件が注目されていたからだと思います。ただ、刑務所での囚人仲間だった豪州籍の華人には、「居住監視」期間中に3ヶ月間も老虎凳(通称タイガーチェア。中国の治安機関で用いられる拷問専用椅子)に、夜眠るときも座らされっぱなしだった人がいました。

私の場合、拘束中にオーストラリア領事との面会は認められましたが、それが認められない人もいた。拘束されても声を上げてくれる人がいない拘束者は、はるかに厳しい扱いを受けます。

──実刑判決後に投獄された刑務所では雑居房だったと聞きました。どんな刑務所だったんですか?

程蕾:北京市国家安全局の拘置施設です。なので、収容されているのは国家安全案件で拘束された人がほとんどでした。カナダ系華人、香港人、中国大陸出身者のほか、拘置所にいたときはカナダ人やアメリカ人、ロシア人、韓国人も見ました。以前、駐日中国大使館で参事官を務めた元外交官もいましたよ。

──日本人の収容者はいませんでしたか?

程蕾:私は見ていません。ただ、日本に関係する中国人の収容者は多かったですよ。たとえば『光明日報』の元編集者、董郁玉。彼は日本の外交官と食事をしたことが問題にされました。元CCTV(中国国営テレビ)の中国人収容者は、韓国外交官と数年間に10回ほど酒を飲んだことを理由に捕まったと話していました。

ほかに、金融機関に勤めていたという若者。民主主義に関心があり、勤務先の会議を録音して、アメリカや台湾の議員に渡そうとして、同僚に通報されたそうです。

──あなたが見たところ、収容者のうちで本当にスパイをやったと思える人は何人くらいいましたか?

程蕾:約30人の収容者のうちで1~2人だと思います。それ以外は無実だったと思います。しかし、仮にその1~2人が本当にスパイをやっていたとしても、透明性のある公正な司法手続きを受けたわけではありません。全部ブラックボックスです。私は自分の経験から、中国の国家安全部の捜査内容の真偽は非常に疑わしいと思っています。彼らがどういう捜査をやっているのか、実際に身をもって体験しましたからね。

「ノルマ至上主義」によって拘束される

──本物のスパイは30人のうち1~2人、残る人たちは完全に冤罪。ここで疑問ですが、中国の国家安全部はなぜそこまでして事件を作るんでしょうか?

程蕾:国家安全部には毎年のKPI(重要業績評価指標)みたいなものがあると感じます。しかし、私が拘束された時期はコロナ禍があったので、人の活動がすくなくて業績を挙げにくかった。だから、いっそう無理くりに人を捕まえた。

というのも、拘置所では一人ずつ番号がつきます。私の場合は「21003」。つまり、最初2桁が収容された年で、後ろの3桁が年内に拘束された順番です。他の拘束者の番号を聞いていると、その年に何人くらいの人が拘束されたのか推測できるんです(それで例年よりも多いと感じた)。

──中国における公安部(日本でいう警察)と、スパイ案件などを摘発する国家安全部は別の組織ですよね。

程蕾:別組織で、国家安全部のほうが格上という印象があります。予算も潤沢で、地下駐車場には高級車がたくさん停まっていました。

そして、国家安全部にも逮捕権がある。しかも国家安全案件では、何もかも不透明にできる。また、国家安全案件では減刑が少ない。この件で逮捕されてしまうと、中国人であれば本人にも家族にも大きな烙印が押されます。釈放後に体制内で働くことは難しいし、民間企業への就職や進学にも影響します。

当時の豪中関係や、現在の日中関係のように、中国とある国の関係が悪化したときにも、「国家安全」は非常に便利な口実になります。何にでも国家安全という帽子をかぶせられるので、その国の人間を拘束できてしまう。相手国への嫌がらせをおこなうことができます。

──こうした事情を知らない読者にメッセージをお願いします。

程蕾:外国人が中国に旅行して帰ってくると、「中国はメディアが言っているような国じゃなかった」とよく言うでしょう。私はあれを聞くと本当に腹が立つ。彼らに暗部が見えないのは当然です。こういうものは表から見えないし、記者も報道しにくい。

──最近は日本のインフルエンサー大勢中国に行って「中国はきれいだ、すごい」と発信しています。中国側も日本各地の学生や沖縄県の平和運動家などを無料で招待して、AIや自動運転車を見せたりしています。

程蕾:中国は非常に大きなお金を使って、海外の人々の中国観を「修正」しようとしています。私は一種のイデオロギー戦、認知戦だと思っています。

もし、中国が本当にそんなに素晴らしい国なら、なぜ中国人の出国制限がどんどん強まっているのか? 新疆やチベットをそんなに素晴らしく発展させたと言うなら、なぜ現地の人々のパスポートを制限するのか? 私は逆に聞いてやりたいですね。

インタビューを終えて

最後に、彼女の生い立ちと素顔を紹介しておこう。程蕾は中国湖南省出身。10歳だった1985年、理系の研究者でオーストラリアの大学の博士課程に在籍中だった父親が家族を呼び寄せたことで豪州に移住、その後の天安門事件で父が中国への帰国を望まなかったことでそのまま豪州に定住し、程蕾も豪州籍になった。

ジャーナリスト志望だった彼女は、2002年以降はアメリカのニュースチャンネルの特派員などの立場で中国に在住(一時シンガポール駐在あり)。その後、改革開放期の発展した中国に魅力を感じ、2012年にCCTVの国際チャンネル(現在のCNTG)の外国籍キャスターになった。キャスター時代はビル・ゲイツにもインタビューしており、中国国内では一定の知名度があった人物である。

いっぽう、性格はオージーらしく陽気。おそろしく辛い体験を味わったにもかかわらず、取材中は常にフランクで、私がおみやげに持って行ったどら焼き(メルボルン市内で日本人のワーホリ店員から購入)を大喜びして子どもと分け合っていた。

釈放後の2025年6月4日、著書『Cheng Lei: A Memoir of Freedom』を刊行。過酷な状況のなかでもユーモアを失わない、彼女の性格があらわれた筆致で拘束体験を綴っている。本人いわく「日本語版をどこかの出版社が出してくれないかしら?」とのことである。

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