3085安打の張本勲も永久欠番にはなれなかった…過去の英雄を「敬い儲ける」米国と「使い捨てる」日本の決定的違い

■アイドルが背負った稲尾和久の永久欠番
2026年8月18日、東京ドームで行われたプロ野球西武の主催試合・オリックス戦でセレモニアルピッチを行ったガールズグループ「ME:I(ミーアイ)」のメンバー7人全員が、球団の永久欠番である背番号「24」をつけてマウンドに上がったことが話題になった。
「24」は、昭和中期、ヴィクトル・スタルヒン(元巨人ほか)に並ぶシーズン最多タイの42勝を挙げるなど、前身となる西鉄ライオンズの黄金期を支えた大投手・稲尾和久の背番号だ。
西武は、稲尾の生誕75年に当たる2012年に稲尾の「24」を永久欠番にし、セレモニーも行った。西武ドーム(現ベルーナドーム)には「稲尾和久24」という看板が掲げられていた。この看板は2020年に降ろされたが、稲尾の「24」は依然としてライオンズの永久欠番であるはずだ。その背番号をセレモニーとはいえ、アイドルグループがつけるとは……。
筆者は、ファンが猛烈に抗議すると思っていた。確かにコメントの中には「けしからん」という声もあったが「稲尾も喜んでるんじゃない?」「別にいいんじゃない?」という声も多かった。そもそも「稲尾ってだれ?」という声が大きかったように思う。
■NPBとMLBの決定的な差
NPB(日本野球機構)とMLB(メジャーリーグベースボール)ではいろいろな違いがあるが、とりわけ、球団の歴史に対するリスペクトでは大きな差がある。
大谷翔平らがプレーするロサンゼルス・ドジャースの本拠地、ドジャースタジアムには、過去のドジャースの名選手の功績を説明したネームプレートが並んでいる。また、球場内にはアフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガー(異説あり)、ジャッキー・ロビンソンや、メキシコ出身の伝説的左腕、フェルナンド・バレンズエラらの銅像が並んでいる。

ドジャースの永久欠番は、ロビンソンの「42」、バレンズエラの「34」など12に及ぶ。ちなみに、「42」は、1997年から全球団共通の永久欠番となった。
MLB球団では、過去の名選手を「球団の殿堂入り選手」に選定している。また「永久欠番」も設定し、本拠地球場では、彼らを顕彰する「ミュージアム」も設けている。ドジャースと並ぶ人気チームのニューヨーク・ヤンキースはベーブ・ルースの「3」、ルー・ゲーリッグの「4」をはじめ、「1」から「10」まではすべて永久欠番で、その数は全部で23にも及ぶ。
■「OLD BALL GAME」の文化
シアトル・マリナーズは1977年創設の比較的新しい球団だが、それでも永久欠番は、イチローとランディ・ジョンソンの「51」や、ケン・グリフィーJr.の「24」など、4つある。
MLBでも、球場を訪れる目的はもちろん試合観戦だが、ファンは試合の前後に、球場内にあるミュージアムを訪れ、かつての名選手たちの業績に触れて、思い出話にふけるのも大きな楽しみになっている。アメリカ人は野球のことを「OLD BALL GAME」というが、それはアメリカのファンが野球の歴史を大事にしているからだと思う。
しかしNPBでは、過去の名選手の顕彰にそれほど熱心ではない印象だ。東京ドームには野球殿堂博物館があり、過去の名選手たちのレリーフが飾られている。試合前後に多くのファンが訪れるが、球団単位ではあまり熱心とは言えない。
今、NPB12球団で設定されている「永久欠番」は、図表1のようになる。

オーナー、ファン、監督など「非選手」の永久欠番を除くと、永久欠番は5球団15人となる。パ・リーグで永久欠番を設定しているのは西武だけだ。
■なぜ球団は「過去の歴史」を消したがるのか
日本プロ野球にも、歴史を彩りファンを沸かせた大選手はたくさんいるが、そのほとんどが永久欠番になっていない。
最古の球団である巨人は東京ドームの壁面に「1」「3」など永久欠番の選手の数字を掲示するなど、90年を超す歴史をアピールしているが、他の球団は歴史を大事にしているとは言い難い。メジャーの球団とは、大きく異なる部分だ。
現存するNPB球団の多くがチームの歴史を大事にしないのは、多くの球団が「身売り」を経験していることが大きいだろう。全12球団の内、創設時から経営母体が変わらないのは、巨人、阪神、中日、広島、そして2005年創設と歴史が浅い楽天だけ。他の球団はオーナー企業、運営企業が替わっている。球団名も変わり、本拠地も変わることが多い。
新たに球団を取得した会社は新しい歴史を築こうとはするが、他社が運営してきた過去の歴史はあまり大きく扱いたくないと思う。日米を股にかけて活躍したイチローの「51」は、シアトル・マリナーズでは永久欠番だが、オリックス・バファローズは永久欠番にしていない。近鉄バファローズと合併したからかもしれない。ただしイチロー以降に「51」をつけた選手はいない。
■日本で「永久欠番」が少ないワケ
オリックスはかつての本拠地だった「ほっともっとフィールド神戸」には、イチローや前身である阪急ブレーブスの大選手・福本豊、近鉄の大エース・鈴木啓示などの写真をアレンジした壁画がある。阪急、近鉄の歴史に対して一定の敬意は払っているのかもしれない。

MLBではNPB以上に経営者の交代は激しいが、オーナーが替わっても球団名やフランチャイズは変わらないことが多い。球団を買収するとはファンや球団の歴史を引き継ぐことでもあるから、永久欠番なども引き継がれるのだろう。
もう一つ言えば、日本の野球ファンは選手の移籍をネガティブに受け止めがちなことが大きい。今、永久欠番になっている15選手のうち、巨人の金田正一、中日の西沢道夫、広島の黒田博樹を除く12人が1つの球団でキャリアを終えた「フランチャイズプレイヤー」だ。NPB史上最多の3085安打を打った張本勲、歴代2位の通算657本塁打を放った大捕手・野村克也、三冠王を3度獲得した落合博満ら、球史に残る大選手の背番号が欠番になっていないのは、球団を移籍していることも大きいのではないか。
■移籍は“裏切り行為”
NPBでは長らく、入団した球団に骨をうずめることが尊いとされてきた。他球団に移籍するのは、球団や監督、選手と不和になった選手が多く、ファンも移籍選手を裏切り者であるかのようにみなしてきた。
これに対し、MLBでは移籍するのは他球団に実力を認められているからであり、名誉と受け止める意識が強い。中には、27年のキャリアで歴代1位の通算5714奪三振、史上最多7度のノーヒットノーランを達成しているノーラン・ライアンのように、ロサンゼルス・エンゼルスで「30」、ヒューストン・アストロズ、テキサス・レンジャーズで「34」と、3球団で永久欠番になっている選手もいる。複数の球団で永久欠番になっている選手は15人にも及ぶ。MLBには移籍した選手でも在籍時代の功績をたたえる文化があるのだ。
そして日本プロ野球で永久欠番があまり普及していないのは「ファンの反応が鈍いから」でもある。今、NPB各球団の本拠地スタンドは連日満員の盛況だが、この状況になったのは2005年の「球界再編」からだ。それ以前のプロ野球は放映権と親会社の支援に頼り、観客動員は低迷したままだった。

■過去の名選手を知らないファン
しかし球界再編以降、ソフトバンク、日本ハム、新球団の楽天などが「地域密着のマーケティング」によって独自の顧客を開拓、その動きが他球団に波及した。
2005年の球界再編初年、12球団の観客動員は1992万4613人、1試合平均2万3552人だったが、20年後の2025年は2704万286人、1試合平均3万1515人、1試合平均では33.8%も増加した。
今、球場を埋め尽くす観客の大半は、球界再編以降の球団の地域密着マーケティングによって足を運ぶようになったと言っても過言ではない。
日本プロ野球の歴史は今年で90年になるが、たかだか20年くらい前の記憶しかない観客が大半であり、稲尾和久(1956年~69年)、米田哲也(1956年~77年)、若松勉(1971年~89年)、遠藤一彦(1978年~92年)ら、昭和、平成初期のスタジアムを沸かせた名選手は、今の多くのファンの記憶にはない。巨人の長嶋茂雄、王貞治、江川卓らは、メディアでの露出が多いので今も知る人が多いが、他球団はそうではない。
■90年の歴史を「過去の遺産」にしていいのか
2025年、金田正一の400勝に次ぐ350勝を挙げた大投手・米田哲也が自宅近くのスーパーで缶チューハイを万引きして逮捕されたショッキングなニュースは、昭和の野球が今の人々の記憶から消え、往年の名選手が「普通の老人」になっていたことを意味している。昭和の大選手を「永久欠番」に設定しても、球団の有効なプロモーションにはならない、という現実があるのだと思う。
しかしながら日本のナショナルパスタイム(国民的娯楽)として90年に及ぶ歴史を刻んできたプロ野球を過去の遺産にするのは、あまりにももったいない。
NPB球団でも歴史を見直す意識はあるようで、2026年8月4日には京セラドーム大阪で、ソフトバンクが「南海ホークス復刻ナイター」と題し、日本ハムと試合をした。1989年に大阪から福岡に移転して37年が経過したが、京セラドームには往時を懐かしむオールドファンも詰めかけ、3万5121人の超満員だった。
また西武は、同8月30日、栗山巧の引退試合に、中島宏之、片岡保幸というかつての戦友に加え、ともにトレーニングした野茂英雄も招いた。球団、プロ野球の「歴史」を改めてファンにアピールする意向が見て取れた。
■試される「歴史継承」の重み
筆者は西武広報に、改めて問い合わせた。
質問1:埼玉西武ライオンズ様としては、今も稲尾和久さんの「24」は永久欠番との認識でしょうか?
回答:相違ございません。前身の西鉄自体を含むライオンズの75年以上に渡る歴史のなかで、稲尾和久氏は偉大な功労者のひとりとして考えており、現役時代と西鉄監督時代の背番号「24」を永久欠番と定めております。
質問2:例えば中西太さんの「6」、東尾修さんの「21」などを永久欠番にするお考えは?
回答:現時点では未定です。
質問3:栗山巧選手の「1」や、中村剛也選手の「60」は?
回答:現時点では未定です。
1979年、ライオンズが福岡から埼玉県所沢の地に移転してあと3年で半世紀となる。移転時には「甦れ! 俺の西鉄ライオンズ」という歌が流行した。「返せ、返せ、ライオンズを返せ」と言う歌が筆者の耳底に残っているが、今やライオンズは「埼玉の顔」になった。筆者には「ライオンズの応援がしたいから西武沿線に住んでいる」という知人が複数いる。
パ・リーグで唯一、永久欠番を採用している球団である埼玉西武ライオンズ。そろそろ「ライオンズの歴史」を振り返るキャンペーンを大展開してもよいのではないか。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
