日経平均7万円の熱狂は幻だったのか──日本株を支えた「2つのエンジン」に、いま同時に亀裂が入り始めた

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6月に史上初の7万円台に乗せた日経平均株価は、9月に入り6万5000円前後で足踏みを続ける。AI相場と歴史的円安という2つの原動力に、いま何が起きているのか。株探のデータをもとに読み解く。

【画像】年初1万1350円で始まった株価が、6月に11万2700円まで爆上がりした、“026年上期のヒーロー”ともいえる銘柄

「8万円も通過点」との強気論もむなしく

わずか3カ月前、日経平均株価が史上初めて7万円台に乗せたとき、市場には「8万円も通過点」という強気論があふれていた。だが9月に入った現在、日経平均は6万5000円前後で足踏みを続けている。

9月4日の終値は前日比806円高の6万5020円で、5営業日ぶりの反発だったが、AI・半導体関連が牽引した一方で強い上昇材料に乏しく、上値の重い展開が続く。熱狂の余韻は、明らかに冷めつつある。

思えば、8月18日に日経平均が1759円安と急落した際、株探の市況コラムはこれを値がさAI・半導体への「一極集中」を、市場が発するSOSシグナルと呼んだ。

その警告は的中する。翌19日、日経平均は2134円安(3.16%)と大幅続落し、ソフトバンクグループやアドバンテストなどAI・半導体関連が軒並み売られて総崩れとなった。「深呼吸」どころか、本格的な調整の入り口だったのである。

本稿では、この株高を支えてきた2つのエンジン、すなわち「AIメモリー景気」と「歴史的円安」を分解し、その賞味期限がどこにあるのかを整理したい。

第1のエンジン──「AIインフレ」というボーナスステージ

2026年上期のヒーローは、誰が見てもキオクシアHD<285A>だった。年初1万1350円で始まった株価は6月22日に11万2700円まで駆け上がり、半年でほぼテンバガーを達成、一時は国内時価総額トップにまで立った。

この爆発力の源泉は、AI半導体を動かす「メモリー」の構造にある。メモリーは大きく、演算中のデータを一時的に置くDRAMと、データを保存しておくNAND型フラッシュメモリー(ストレージ)の2種類に分かれる。

そして生成AIの学習・推論に不可欠なHBM(広帯域メモリー)は、実はこのDRAMを何層も垂直に積み上げた“積層DRAM”にほかならない。つまりHBMはDRAMの一種であり、量産できるのはDRAM大手のサムスン電子、SKハイニックス、マイクロンの3社に限られる。

ここに需給の連鎖が生まれる。HBMは通常のDRAMより何倍もの製造能力(ウエハー)を消費するため、3社が利益率の高いHBM生産を優先すればするほど、サーバーやスマホ向けの一般的なDRAMの供給が細り、価格が高騰する。

株探が「AIインフレ」と呼ぶこの現象は、DRAM不足にとどまらず、メモリー市況全体の逼迫と価格上昇へと波及した。

「山高ければ谷深し」──キオクシアの半値化

では、キオクシアはどこに位置するのか。同社が手掛けるのはDRAMではなく、NAND型フラッシュメモリーである。したがってHBMそのものは製造していない。しかし、AIデータセンターは学習データや生成物を保存する膨大なストレージ(SSD)を必要とし、そのSSDに使われるのがNANDだ。

生成AIの普及でデータセンター向けNAND需要が急拡大し、キオクシアの2026年分の生産枠は「完売」状態にあるとされる。キオクシアは、HBMの主役ではないものの、AIが生んだ「メモリー景気」の恩恵を、NANDという別の入り口からフルに享受してきた。

その勢いはなお続いている。キオクシアが7月末に発表した2026年4~6月期の連結営業利益は前年同期比28倍の1兆2700億円で、AI投資を追い風にメモリー販売は加速している。

ただし市場予想の平均は下回り、同社は1株を3株にする株式分割(10月1日効力発生)も発表した。

8月末には岩手の1兆円超の新工場計画やエヌビディアの好決算を材料に株価が再び買われる場面もあったが、9月上旬の株価は5万円台にとどまり、6月のピークのなお半値水準である。「予想に届かず」という一点が、熱狂の質的な変化を物語る。

そして、ボーナスステージの終わりを告げる兆しも増えてきた。供給側ではマイクロンが広島工場に1.5兆円を投じ、メモリー各社が相次いで増産投資を打ち出した。DRAM世界4位の中国CXMTも7月に上海・科創板へ上場し、国産化政策を追い風に供給力を高めていく。

需要側でも、8月下旬のエヌビディア決算は好感されつつも「祭り」には至らず、むしろAI投資の鈍化懸念がくすぶった。指数がAI・半導体という一本足に依存している以上、この一極集中こそが最大の構造リスクだ。

「山高ければ谷深し」──キオクシアの半値化は、その相場格言をそのまま体現している。

第2のエンジン──「日本大安売り」という円安政策

しかし、日本株を企業業績やPER・EPSだけで語るのは一面的だ。相場を動かすもう一つの、そしておそらく最大の原動力は歴史的な円安である。

海外投資家にとって円安とは、日本株全体が値引き販売されていることに等しい。安い円で仕込み、株価上昇のキャピタルゲインを取り、将来の円高転換で為替差益まで狙える――これほど魅力的なバーゲン会場は世界にそう多くない。

委託売買に占める海外投資家のシェアは7割に達するとされ、米AI需要の高まりが海外マネーを通じて日本株に直結する構図が、ここにある。

この構造の中心にいるのが、「責任ある積極財政」を掲げる高市早苗政権だ。拡張的な財政と日銀の緩やかな利上げペースという政策ミックスが投機的な円売りを誘い、ドル円は8月に1ドル=160円台に乗せた。

7月末の日米協調介入で一時155円台まで振れたものの、すぐに160円台を回復するなど、介入だけでは円安の基調は変わらなかった。株価上昇は「経済が好調である」という最も分かりやすいメッセージとして国民に届く。

政府自身が株高の材料を供給し、その恩恵を最も享受するのが海外投資家であるという、壮大な構造依存である。

だからこそ、日経平均の限界は株価やバリュエーションでは測れない。限界を決めるのは、円安政策そのものの寿命だ。そして9月に入り、その寿命に本格的な亀裂が走った。

日銀内で最も利上げに前向きとされる高田創審議委員が9月2日、「2026年は局面が変わり新たなレジームに入った」と追加利上げを示唆する発言を行うと、円はわずか2日で156円台まで急伸。9月8日には一時152円台にまで下落した。

しかもそれは日本の経済力によって円が買われたのではなく、米国からの利上げ圧力に沿った、政策起点の円高だった。

ここに、政府・日銀が抱えるジレンマが凝縮されている。円安を放置すれば輸入インフレで物価高が止まらず家計を圧迫し、利上げに動けば住宅ローン負担が重くのしかかる。

9月の日銀金融政策決定会合では追加利上げ観測が急速に高まっており、市場では0.5%の大幅利上げすら取り沙汰される。利上げを急げば景気が冷え、遅らせれば円安が進む。

もはや、どちらにも容易な道は残されていない。円安という「大安売り」の看板は、外国人投資家が最も気にする一枚である。それが下ろされ始めた意味は、けっして小さくない。

AI相場「第2幕」の条件と、冷静な視線

米大手のAI投資は続いており、AI相場の「第2幕」が始まる可能性は十分に残る。ただし、その主役が再びキオクシア一色になるとは限らない。物色はすでに供給網の各所へ広がっている。

第一に「半導体商社」。海外メーカーから調達し国内に卸すビジネスは、メモリー高騰を販売価格へ転嫁できるインフレ耐性が強みだ。

エヌビディア関連とされるマクニカHD<3132>、サムスン電子の半導体を主力に4~6月期の売上高が前年同期比39.7%増と急拡大したトーメンデバイス<2737>などが挙げられる。

第二に、装置・素材・部材の「AIツルハシ銘柄」。シリコンウエハーの信越化学工業<4063>や、前工程装置の東京エレクトロン<8035>が代表格だ。

そして第三に、半導体以上の成長ストーリーとして急浮上したのが、データセンターの爆発的な電力需要を支える「電力インフラ」である。

光ファイバー需要でテンバガーを演じたフジクラ<5803>を筆頭に、受変電から発電まで担う総合電機の三菱電機<6503>などが物色対象だ。

これらの多くはバリュー性を備え、金利上昇局面ではむしろ相対的な魅力を増す。一極集中の是正は、相場の裾野を広げる健全な調整でもある。

もっとも、市場が総楽観に傾く局面ではない。「8万円も通過点」という強気論の一方で、株高を支えた2つのエンジン──メモリー景気の需給逼迫と、円安という大安売り──は、いま同時に賞味期限を迎えつつある。

メモリーには供給増と中国勢の反攻が、円安には日銀のタカ派転換と利上げ観測が、それぞれ逆風となって吹き始めた。片方のエンジンが不調でも、もう一方が回れば相場は保つ。だが両方に同時に亀裂が入れば、話は違ってくる。

投資家に欠かせないのは、熱狂ではなく、足元のファンダメンタルズと需給、そして政策の寿命を冷静に見つめる視線だ。

次の焦点は、9月の日銀会合が円安時代の終わりを告げるのか、そしてメモリー価格の高騰がどこまで続くのか──この2点にある。禁断の果実ほど甘美なものはないが、その果実には必ず賞味期限がある。7万円の熱狂の先を見通すには、株価の高さではなく、それを支える構造の耐用年数を測る目が要る。

※本稿は提供資料および株探等の報道をもとにした相場分析であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。数値・株価水準は執筆時点(2026年9月)のものです。

文/鈴木聖也 写真/shutterstock