張本勲さん 在日コリアン2世として受けた差別…力道山を兄のように慕った
◇張本勲さん死去
在日コリアン2世だった張本さん。初めて明らかな差別を感じたのは浪商野球部2年秋の時だった。2年生による1年生への暴力が発覚し休部となった際、暴力を振るっていない張本さんに全責任が押しつけられ、半年以上の謹慎処分となった。そのため甲子園の土を踏むことはかなわなかった。後に、当時の野球部長が「俺は朝鮮人が嫌い」と言っていたことを知った。
それでも、母の言葉が常に頭から離れなかった。「朝鮮人も日本人も平等だし、日本の文化には私たちの国から伝わったものもある。誇りを持って生きなさい」。その言葉は心に深く刺さり、長く国籍取得をすることなく韓国籍のままだった。
ただ、さまざまな人生を送ってきた同胞の考え方に揺れたこともあった。19歳の時に知り合い、兄のように慕った“日本プロレスの祖”力道山は朝鮮半島出身をひた隠しにしていた。不満だった張本さんはある日、疑問を投げかけた。力道山は血相を変えた。「植民地時代、ワシらは虫けら扱いだった。いま国民のヒーローになったワシが朝鮮出身と知ったらファンがどれだけ落胆すると思うんだ!」。張本さんは当時を振り返り「リキさんでさえもあった差別の傷痕。その根深さを見た」と述懐していた。
