実業家・花蜜幸伸インタビュー(第2回)タワマンからボロアパートへ 闇金業者からの苛烈極まる追い込み
1999年に「出前館」を創業した時点で、すでに「メタバース級」のビジネスモデルを頭に描いていた花蜜氏。2013年には一旦退いていた「出前館」に「特別顧問」という形で舞い戻ることになる。就任に当たって一度は売った自社株を再び買い集め、発言権を得ようとしたところで異変が起きた。
実業家・花蜜幸伸インタビュー(第1回)世界初のフードデリバリー「出前館」創業へ から続く
「業績もいいし新規事業もどんどん発表してるのに、なぜか株価は下がっていくことになって。だからついむきになって『そんなに売りたいなら俺が買ってやるよ』って買う必要もないのに対抗買いを始めてしまった。でも買っても買っても次から次へと売り込まれて手元資金はあっという間に無くなって。友人・知人を口説いて『お金貸してくれないか』と何とかかき集めて、それを信用取引という方法で買いまくってしまったんです」
必死の抵抗むなしく気が付けば借金は10億円にまで膨れ上がる。そんな時、さらにまとまった額の売り注文が入り、ついに花蜜氏は買い支える体力を失ってしまう。証券会社から筆頭株主より多い株数30億円分を「全株強制売却」という形で処理され、全ての株が一瞬で消し飛び、証券会社には8000万円の借金が残った。後に分かったことだが、株の大量売りを仕掛けたのは友人の証券マンだったことが分かる。
これまで都心のタワマンで毎日シャンパンを傾けていた生活は瞬く間に終わった。約11億円もの借金を背負い、住む所すら追われるようになる。
「一時的に本当に住む所も無くなって、友人の会社の倉庫の一角を借りて住んだり、ボロアパートで生活しました」
借金の返済圧力はすさまじく、特に酷かったのが「闇金」からの取り立てだったという。株取引でかき集めた友人からの融資額約2億円分が「闇金」だったのである。
「闇金の取り立てで一番ビビったのは、満杯のファミリーレストランで1対1で座るなり、いきなりテーブルをバンッとたたかれて『花蜜、この借金どうやって返すんやっ』と怒鳴られて。一瞬でファミレス内がシーンと静まり返ってもしばらく怒鳴られまくって。闇金ってすごいなと」
壮絶な闇金業者からの取り立てに、精神的にも体力的にも追い詰められた花蜜氏。ついにはボロアパートに約8カ月にわたって引きこもるようになってしまう。そんな状況に追い打ちをかけるような出来事が、さらに彼を襲うことになる。
闇金業者に加え、金融庁までも…
自社株を買い続けたが、2014年6月4日に突如、大量売りが行われ、万策尽きた(本人提供) 精神的にズタボロになっていたある日の早朝、ボロアパートのドアをガンガンたたく音で目が覚める。
「花蜜さん、いるのは分かってますよ。今すぐ開けてください」
新手の闇金業者にしては妙に口調が丁寧だと感じた。ボロアパートで壁が薄いため、外に複数人がいる気配が伝わってきたという。
「ドアを開けるとドラマのワンシーンみたいに、すぐさま足をガッて挟まれ、こじ開けられて『証券取引等監視委員会です。ただいまより金融商品取引法違反(相場操縦)の疑いで家宅捜索します』って」
わずか6畳1間の空間に7人の捜査員が入り、次から次へと段ボールに部屋の物を詰め始めた。花蜜氏は状況が読み込めない中でも必死に問いかける。
「相場操縦ってニュースとかでよく見る、何かのネタで株がドーンと引き上がって売り逃げる悪い人のイメージしかない。自分がやったことは、ひたすら自社株を買い続けて、最終的に売られてなくなっちゃっただけで、何が相場操縦に当たるんですか」
そう捜査員に問いかけると、冷たい一言が…
「言い訳は金融庁で聞きますから」
捜査は日本最強の捜査機関「特捜部」案件に そして判決、1077年ローン返済の道始まる
その日から金融庁による取り調べ三昧の生活が始まる。だいたい1日3時間くらい拘束され、週末だろうと構わず要請があれば霞が関に行かないといけない。闇金業者からの追い込みとはまた違い、エリート官僚からの理詰めの取り調べは、花蜜氏の精神を徐々にむしばんでいった。特に彼を追い詰めたのがこの言葉だった。
「花蜜さん、あなた近々逮捕されますよ」
そう言われ続けながらも、取り調べが延々と続いた。何とかお金を稼いで借りた人たちにお金を返さないといけない。そのためには何か事業を起こさないといけない。でも逮捕されたらそれもできない。
「金融庁で取り調べを受け、出てきたら闇金が待っていることが多く、『取り調べ→追い込み→取り調べ→追い込み』を結局1年2カ月間続けることになりました」
この時期がこれまでの人生で最もきつかったと花蜜氏は振り返る。いつ逮捕されるかわからない状況で生活を送ることは最も耐えがたいもので「うつ症状になりかけた」ほどだ。
日々、債権者へのお詫び行脚で頭を丸めた(本人提供) 「イメージとして右から殴られて左にいって、左から殴られて右にいってという感じ。それで均衡を保っているようなイメージでした。不謹慎ですけど、例えば大災害が起きたとして、友人たちにそこに私が行ったことにしてもらって、『花蜜が帰ってこない』というようにしてしまえば、生きてるけど花蜜の存在自体が無くなって、取り調べも追い込みも終わるのかって。そんなことばかり考えていました」
相場操縦の捜査はついには日本最強の捜査機関といわれる「東京地検特捜部」にまで及ぶことになる。相談した弁護士から告げられたのは「過去、相場操縦という罪で捕まった人は全員100パーセント逮捕されている」という厳しい現実。「否認している限り保釈されない」「特捜部の案件で『無罪』を勝ち取るなんて可能性ない」「よく考えた方がいい」…
ただ花蜜氏は決して認めなかった。
「やっぱり罪に問われることがどうしても理解できなくて。もはや失うものも何もないと思ってた。お金もないし何もない。もう行き着く所まで行こうと腹をくくって、逮捕覚悟で『否認させてもらいます』って言いました」
特捜部は結局、金融商品取引法違反(相場操縦)容疑で「在宅起訴」として立件。無論、花蜜氏は容疑に不服を申し立て、東京地裁に撤回を求め提訴した。ただ事態は思わぬ方向へと転がる。この件をメディアがこぞって報じたことで、社会的な関心を呼んだことから全国の弁護士が結集。郷原信郎氏を主任弁護人とする大弁護団が花蜜氏に加勢してくれることになった。
しかし司法の壁は厚く最高裁まで争ったものの、判決はほぼ検察の求刑通り、「懲役3年、執行猶予4年、罰金2000万円、追徴金1億2928万5500円」。当然、花蜜氏は一貫して無罪を主張したので裁判官からは「反省の色、全くなし」というお墨付きまでもらった。
執行猶予はついたものの、罰金2000万円を期日までに支払わなければ「労役留置」として刑務所で働かないといけなくなる。通常、経済犯で罰金を払えない人はほとんどいないが、お金のない花蜜氏にとって2000万円を用立てすることは難しかった。必死に考えたのが「クラウドファンディング」だ。「罰金募集クラウドファンディング」を立ち上げ、リターンできるものとして「あなたの悩みごとのために頭をフル回転させます」と募り、出頭日ギリギリまでに準備することに成功。追徴金1億2928万5500円については月1万円からの返済が認められ、「1077年ローン」として返済していくことになった。
「今、7年くらい払っているので、あと1070年くらいという話をしています。講演会のネタにもなっていますが、『払います』と言ってると、生命線が本当に伸びてきて。手の裏側まで回ってきているので、どうやらあと1070年払い切れるんじゃないかと思ってる」
インタビュー・文/寉見陽平 内外タイムス編集部
実際に手の生命線が裏側まで伸びていることを示してくれた(撮影・内外タイムス) 実業家・花蜜幸伸インタビュー(第3回)苦しい中でも続けてきた2つのプロジェクトとすべての挑戦する人へのメッセージ に続く。11日18時公開
《プロフィール》
花蜜幸伸(はなみつ・こうしん)1969年和歌山県海南市生まれ。高校卒業後、大学受験に失敗。さまざまなアルバイトを経験した後、21歳でバイク便事業を興し起業を果たす。1999年にインターネットの普及に伴い、バイク便事業に見切りをつけ、「夢の街創造委員会株式会社」(現社名:株式会社出前館)を創業。その後、会長、戦略顧問を経て退任するも2013年に再び特別顧問として復帰。「出前館株価防衛事件」で全財産を失い、住所不定無職となる。さらに株価のやり取りをめぐって金融庁から強制捜査を受け、長い取り調べの末、東京地検特捜部に刑事告訴され在宅起訴、無罪主張で最高裁まで争うも刑が確定する。現在は犬猫殺処分ゼロの実現を目指す世界最大級の保護施設「ペットの里」、世界平和実現を目指した「ピース乾杯プロジェクト」の2つの事業を推し進めている。

