ツルマルツヨシが勝った1999年の朝日チャレンジCを報じるスポーツ報知の記事

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 馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はツルマルツヨシが勝った1999年の朝日チャレンジCを取り上げる。先月、31歳で大往生した素質馬の重賞初制覇は「超格上挑戦」でつかんだものだった。

 スターホースの誕生を予感させた。900万クラス(現2勝クラス)の身で重賞ウイナー7頭をまとめて圧倒。ツルマルツヨシが“3階級特進”で重賞初制覇だ。「力の違いを見せつけることができた。前からとんでもない馬になると思っていたからね」。2着に1馬身半差をつける圧勝劇に藤田が声を弾ませた。

 理想的なレースだった。道中はメイショウオウドウやエイシンビンセンスなど有力馬を前に見ながら、中団をキープ。1000㍍を過ぎたあたりから、徐々に外へ出した。各馬が仕掛けていくなか、藤田は最後まで我慢。直線、坂の手前で前が開いた瞬間、ゴーサインを送ると、持ち前の末脚がさく裂した。メンバー中最速の上がり3ハロン35秒6。豪脚で一気に差し切った。

 「自分でもよく我慢できたなと思う。ピッと反応よく伸びるから(仕掛けるのは)、一番最後でいいかなと腹をくくった。乗り味も良く、本当にいいものを持っている」と藤田は会心の笑み。皇帝と呼ばれた7冠馬の父シンボリルドルフから受け継いだ瞬発力、レースセンスを絶賛した。

 2年前の1997年にこのレースをシンカイウンで勝っている二分調教師も興奮を隠せない。「思わず“よし、そこで来い”と叫んでしまった。走る体形をしているし、能力はある馬なんだ」とまくしたてた。自信があればこその格上挑戦で重賞を制し、待望のオープン入り。次戦は天皇賞・秋を視野に入れながら、調整を進めていく。まさに遅れてきた大物。内国産の星として、秋のG1戦線で大暴れするか。

 続く京都大賞典では同期のスペシャルウィークや1歳下のテイエムオペラオーなどを撃破したが、目標だった秋の盾は8着に敗れた。そして、翌年の有馬記念のレース中に左前脚繋靱帯(けいじんたい)を断裂したために現役を引退した。京都競馬場で誘導馬となった後、鶴田任男さんがいる宮崎県へ移動。オーナーが11年に亡くなった後は、元担当厩務員の中西繁夫さんが預託料捻出のため「ツルマルツヨシの会」を設立した。長く、穏やかな余生を過ごしていたが、今年の8月2日に老衰のため、31歳で天国へ旅立ったことを同会が発表。非常に希有(けう)な馬生が静かに幕を閉じた。