蛍原徹(C)日刊ゲンダイ

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【今週グサッときた名言珍言】

芸人兼脚本家バカリズムの強みは「もう一人の自分」の冷静さ

「マネジャーさんのおかげやねん」
(蛍原徹/テレビ朝日系「耳の穴かっぽじって聞け!」8月24日放送)

  ◇  ◇  ◇

 いまや20年以上続く長寿番組となった「アメトーーク!」(テレビ朝日系)。それが始まったきっかけは不思議な偶然からだったという。

 ある日、蛍原徹(58)が飲み屋に行くと、たまたまテレビ朝日の加地倫三に遭遇した。それまでも深夜番組で仕事をしたことがあったため、あいさつを交わした。すると同じ日、偶然、相方だった宮迫博之も同じ店に来ており、加地とトイレで顔を合わせ「トーク番組とかしたい」などと会話した。

 そのことを翌日楽屋で話していたところ、当時のマネジャーが「え、マジですか?」と、その場で加地に電話し「雨上がり決死隊でトーク番組やってくれるって言ったんですよね、お願いしますね、言ったでしょ!」と念を押して最初の特番が決まり、2003年4月にレギュラー化となったのだ。その経緯を語った蛍原の実感のこもった一言が今週の言葉だ。

 この頃、宮迫は俳優としても活躍していたこともあり、俳優や女性タレントをゲストに迎えるトーク番組を想定していた。事実、レギュラー初回のゲストはYOUと坂下千里子。けれど、その“調理”の仕方がわからなかった。3回目の収録の際、蛍原がボソッと言った。

「芸人ともやりたいわあ」

 実は蛍原は「たぶん、芸人一芸人好き」(太田出版「Quick Japan」vol.79=08年8月12日発売)と加地が評するほど芸人好き。第10回で当時まったくトークのイメージのなかった江頭2:50を1人で呼ぶと、これが跳ね、「こっち(芸人)だな」という空気になったという(同前)。

 ただ、当時は、芸人が芸人に話を聞くトーク番組といえば「いろもん」(日本テレビ系)のイメージが強かった。それと差別化しなければならない。試行錯誤の結果生まれたのが、04年6月14日放送の「メガネ芸人」。蛍原もこれが「転換期」だったと振り返る(「Quick Japan」=前出)。何かでくくり、そのキーワードを使って、いわば「コント」のように展開するスタイルを生み出したのだ。

 この「くくり」という発明によって、漫画・アニメなどの趣味嗜好を熱量たっぷりに語る新機軸も生まれた。「アメトーーク芸人」とでも言える、番組出演がきっかけとなってブレークしたり新境地を築いた芸人は数多い。ケンドーコバヤシはその筆頭だろう。大阪で男ウケはするものの、一般ウケはせず全国的には無名の存在だった彼。しかし、蛍原が加地に熱烈に薦めたことで、番組出演のチャンスを掴んだ。

 あくまで「主役はゲスト」(集英社「集英社オンライン」25年5月8日)という姿勢を貫く蛍原。その強い芸人愛が長寿番組を支えているのだ。

(てれびのスキマ 戸部田誠/ライタ-)