全米で健在だった変幻自在のショット(錦織圭) (C)ゲッティ=共同

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【スポーツ時々放談】

【前回を読む】大坂なおみと全米OPペア実現へ 錦織圭は「ミックスがテニス発展の原点」だと理解している

 フランク・シナトラが「金を払ってでも聴きたい」と名指ししたのがトニー・ベネットだった。

 柔らかい声、さりげない歌い回し。「思い出のサンフランシスコ」を知らない人はいないだろう。

 ニューヨーク生まれのジャズシンガーはテニス好きで知られ、全米オープンの常連客だった。コートに「ニューヨーク・ニューヨーク」が流れると、観客はロイヤルボックスを見上げ、ベネットは笑顔で応えた。

 人気絶頂のレディー・ガガを誘ってジャズのスタンダードアルバム「チーク・トゥ・チーク」をリリースしたのが2014年9月。錦織圭がアジアの男子として初めて4大大会決勝にコマを進めたあの夏のことだ。

 錦織が快進撃を続ける大会中、スポーツ専門局「ESPN」はベネットのテニス姿をまじえながらアルバムを紹介した。年齢差は60歳。世界は魅了され「いいものはいつまでもいい」というメッセージはグラミー賞に、そしてミリオンセラーになった。

 準決勝では第1シードのジョコビッチを倒した。6-4、1-6、7-6、6-3。興奮さめやらぬ会場に2人の女性が大写しにされた。ナブラチロワの同性結婚宣言……歓声が再びコートを包んだ。これがNY、24歳の東洋人のドリームズ・カム・トゥルーだった。

 あれから12年、錦織の“最後の全米”をWOWOWで見た。第1セットの序盤にオヤと思うミスショットが2本ありセットを落とした時、カナダからメールが入った。

「ケイを見ていると、あの頃が懐かしくなる。実に面白い時代だった」

 ベテラン記者、トム・テバットは4人の名前を挙げた。“ベビーフェデラー”と呼ばれた片手バックハンドのディミトロフ、繊細で柔らかなゴファン、長身のビッグサーバーだったラオニッチ、変幻自在のケイ──個性豊かな同期生がフェデラー、ナダル、ジョコビッチの厚い壁に挑んでははね返された。

 メジャーの頂点にあと一歩届かなかったが、若者の挑戦を受けて3強はさらなる高みについてテニスを変えた。今年の全米の優勝賞金は空前の8億7450万円だ。錦織は熱い時代に欠かせないピースで、それは海外だけの話ではない。

 小さい稲妻・西岡良仁、我が道を行くダニエル太郎、東北の奇跡・杉田祐一が錦織を追ってツアー優勝を果たし、日本の黄金時代を築いた。

 故障の連続だったが、肉体は沈殿してもワザは死なず、ハッとさせるショットを何本も見せた。引退はそれとして、勝負を離れ、協会を離れ、海外の同期や国内の仲間たちと面白いテニスをもう少し見せる道はあるだろう。トニー・ベネットは2021年にガガとの共作第2弾をリリースしている。95歳だった。

(武田薫/スポーツライター)