オバマ元大統領のBlackBerryはどのようにしてセキュリティを確保していたのか?

スマートフォンの先駆けであったBlackBerryはバラク・オバマ元大統領が愛用していたことでも知られています。2009年1月にオバマ氏が米国大統領に就任した際、彼のBlackBerryがセキュリティ上の懸念から使用できなくなるというニュースが流れたものの、実際には特殊な暗号化ソフトウェアと追加のセキュリティ対策が施されたBlackBerryを使い続けることができました。
https://www.electrospaces.net/2013/04/how-obamas-blackberry-got-secured.html
歴代大統領もBlackBerryの使用を断念せざるを得なかった例があり、例えばジョージ・W・ブッシュ元大統領も2000年の大統領選挙運動中はBlackBerryを使用していましたが、大統領就任後は電子メールソフトの使用も含めてBlackBerryを使用できなくなりました。就任直前にブッシュ元大統領は友人や家族42人に電子メールで連絡を取れなくなることを知らせる「最後のメール」を送信しています。大統領に就任するとBlackBerryを使用できなくなる理由は、通信や電子メールが傍受される可能性があるという懸念だけでなく、1978年に制定された大統領記録法(Presidential Records Act of 1978)によりホワイトハウス内の全ての文書通信が公開情報となる可能性があるためでした。
当初はオバマ元大統領がBlackBerryの代わりに軍事用PDAである「Sectéra Edge」に移行する案が検討されましたが、Sectéra Edgeの大きさ・重さ・価格がネックとなり、なにより通信相手も同機種を使用する必要があるという制約があったため、現実的な選択肢とはなりませんでした。一時はSectéra EdgeをBlackBerryに接続することにより通信を暗号化するという方法が検討されたものの、あくまで暫定的な措置であり煩雑さが否めませんでした。

最終的にアメリカ合衆国シークレットサービス(USSS)・ホワイトハウス記者協会(WHCA)・アメリカ国家安全保障局(NSA)はオバマ氏がBlackBerryを使い続けられるような解決策を模索することになりました。結果としてNSAは数ヶ月にわたり数多くの専門家を動員してオバマ氏のBlackBerryに改造を施し潜在的な脅威を除去するとともに、BlackBerryのアルゴリズムを検証しました。セキュリティが強化されたBlackBerryは連邦標準規格であるFIPS 140-2などのテストを経て2009年5~6月頃に大統領に届けられました。以下の画像は2009年6月5日のエアフォースワン機内の様子ですが、オバマ氏の前に2台のBlackBerryが置かれているのが確認できます。

2台のBlackBerryを拡大した様子。銀色の方は選挙運動中にすでに使用していたBlackBerry 8830と考えられ、黒い方は大統領時代のオバマ氏が使用していたことが他の写真でも確認できることからセキュリティが強化されたBlackBerryであると考えられます。

セキュリティ強化の中核を担ったのは「SecurVoice」という暗号化ソフトウェアでした。SecurVoiceはワシントンDCに拠点を置くGenesis Key社がBlackBerryの製造元であるResearch In Motion(RIM:後にBlackBerryに改名)のエンジニアと協力して開発したもので、対称暗号化アルゴリズムと非対称暗号化アルゴリズムを組み合わせたハイブリッド暗号化方式を使用して通話・テキストメッセージ・電子メールを暗号化します。なおメーカーによるとSecurVoiceは政府および軍事ユーザーに限定された機密扱いのType 1暗号化アルゴリズムを使用しているとのこと。
SecurVoiceには以下の2つのバージョンが存在します。
・Phone-to-Phone(P2P):携帯電話から別の携帯電話に直接セキュアな通話が行われる
・Phone-to-Server(P2S):セキュア通話が電話機からエンタープライズサーバーにルーティングされ、再び相手の電話機へとルーティングされる
オバマ氏の場合は、一元的な鍵管理・通話監視・メッセージ記録が可能となるP2Sが選択された可能性が高いとされています。とある情報筋によると、システムがウイルスやトロイの木馬がないか受信メッセージを徹底的にスキャンするため、メールの返信を最大50分も待たなければならなかった可能性があるそうです。

セキュリティを確保するためには通信する双方とも同じ暗号化方式を使用する必要があるため、安全性の確保されたBlackBerryが大統領本以外にも、大統領が密接な連絡を取りたい少数の人々に支給されました。オバマ氏が外部と連絡を取れる相手は副大統領・大統領首席補佐官・側近・家族・親しい友人など、十数名に限定されていました。
オバマ氏がBlackBerry端末を使い続けたいと希望したことからセキュリティ対策はソフトウェアのみとなったため、ハードウェアの侵害やソーシャルエンジニアリングによるハッキングのリスクが残りました。リスクを最小限に抑えるため、セキュリティ対策が施されたBlackBerryでは電子メールの転送や添付ファイルの送信ができないように制限され、秘密のメールアドレスは定期的に変更されていたと考えられています。またGPSがオフになっていても携帯電話のIMEI番号から位置情報を追跡されるリスクも存在しますが、大統領のBlackBerryは安全な基地局にのみ接続することで追跡を防いでいた可能性があります。つまり、オバマ氏がどこへ行くにもセキュアな基地局を携行しなければならないということになり、大統領専用リムジンやエアフォースワンの中にもセキュアな基地局が設置されていたものと考えられます。

結局オバマ氏はセキュリティ対策を講じたことによりBlackBerryを使い続けることができましたが、かなりの労力を費やした結果であるといえます。新たに開発されたソフトウェアを数か月以内にテストし、連絡先全員が同じソフトウェアを使用するようにして連絡先の数をかなり限定し、さらに大統領に同行する安全な基地局を設置する必要がありました。しかしながら大統領のために特別に考案されたこのソリューションは、モバイル通信における最高レベルのセキュリティが専用ハードウェアではなく市販のスマートフォン向けソフトウェアアプリケーションによって確保される時代の幕開けを告げるものでもありました。オバマ氏が実際に使用したBlackBerryデバイスは2023年8月から記事作成時点に至るまでアメリカ国立暗号博物館(NCM)に展示されています。
