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 夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第83回は伊東四朗さん。いまや俳優として、確固たる地位を築いている伊東さんですが、その昔は、抱腹絶倒の笑いを届けるコメディアンでもありました。長い芸歴の秘密に迫ります。

【写真を見る】一見、コワそう……しかし、素顔は人情味あふれる魅力満載の伊東さん

客席から舞台に引っぱり出されて

 令和の時代、「コメディアン」とか「喜劇役者」という言葉は死語かもしれないが、今こそこれらの言葉を復活させたらどうかと思う。

ニン!

 賞レースで優勝した漫才コンビがバラエティー番組などのMC業で消耗し、一念発起で挑戦した役者業で尻すぼみになり、タレント・芸能人として中途半端なままフェードアウトしていく……。すべてとは言わないが、今のお笑い芸人はこうした道程をたどるパターンが少なくない。それよりは、自分はコメディアン、喜劇役者とわきまえて、芸事に人生を全うするのも悪くはない。

 その意味で肝が据わり、脇役どころか主役でも活躍している伊東四朗(89)は、貴重な先達といえる。しかも伊東の場合、最初から頂点を目指していたわけでもないのに、成り行きでそうなっているのがすごい。著書『この顔で悪いか!』(集英社)から。

〈植木等さんじゃないけど、“そのうちなんとかなるだろう”って考え方で、のんびりいくのがいいんです。そもそもほかの役者さんのように試験を通って劇団に入ったとか、ミュージシャンから転身しましたとかいう確かな経歴もなく、通い詰めていたストリップ劇場の客席から舞台にひっぱり出されてこの世界に入っちゃたんだから〉

 そんな伊東の、“肩に力が入っていない生き方”に共感する人は多いはずだ。

 新宿フランス座出身の石井均一座に入れてもらい、人気者に。広くメジャーになったきっかけは「びっくりしたなぁ、もう」のギャグで人気になった三波伸介、そして戸塚睦夫と「てんぷくトリオ」をやるようになってから。

 そして、なんといってもバカバカしさの頂点は、小松政夫とのコンビでやった一連のギャグだ。長くなるが、小松の説明を引用する(小松の連載「これからもギャグ人生」から)。

〈70年に始まった土曜日昼のTBSの生放送「お笑いスタジオ」。伊東さんがドサ回りの座付き作家兼演出家、私は花形役者といった役どころ。そして、75年、この番組と同じ枠で「笑って!笑って!!60分」が始まります。私が演じる“小松の親分さん”を子分の伊東さんが慰めようと「ズンズンズン」とやると、私がどんどん乗せられていくパターン。
 さらに、76年秋から始まった「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」の電線音頭。あの頃、2人のコンビは最強でした〉

 年配の人なら、なんとも言えない奇妙な衣装に身を包んだベンジャミン伊東が、「人の迷惑顧みず」と語った後、 ♪チュチュンガチュン チュチュンガチュン 電線にスズメが3羽~と歌う「電線音頭」を思い出すだろう。

伊東・小松コンビの秘密

 小松はどうやってそんなギャグを伊東と考えたのか、それも説明してくれた。

〈ギャグはどうやって作っていたかというと、私が見聞きしてきたことを話すんです。飲み屋でホステスらしき女性が、奥にいるリーゼントの二枚目に「ねぇ、どうしてなの、私の悪いところがあったらなんでも直す。ねぇ、どうして、どうして、おせーて」と1分間で「どうして」を50回くらい繰り返している。その場面を伊東さんに話したんです。
 その日、本番が遅れていて、スタッフがそれを伝えにきた。すると伊東さんが「どうして、どうして、おせーて」と言って、「ウン、これ使えるね」だって〉

 そんなコメディアン時代に培った剽軽で屈託ないキャラが人を引き寄せ、伊東は昭和、平成の名だたる名優らとドラマで共演するようになる。しかし、タレントとしての格が上がっても、伊東はつねに自然体でおごるところがなかったし、手抜きしたこともなかった。

 例えば、面識がない映画監督の市川崑に褒められたエピソード。

 1967年の正月、朝日新聞の「今年の注目すべき人」という欄に「動きとセリフのタイミングが実に抜群だ」と市川監督が語った記事が載った。たったそれだけなのに、とてもうれしかったという。市川監督が見た伊東は、ドラマに出演する前のコントをやっていた時代。そんな昔のことで褒められたことを大きな教訓にしている。

〈私はよく後輩に言うんです。ダレてやるなよ、絶対に。誰が見てるかわからないんだから。つまらないコントだと思っても一生懸命捨てないで演ってないとダメなんだからって…わたしが演ってることを、全然違う角度から見てる人が必ずいるってことです〉(前掲書から)

 この伊東の教えを肝に銘じているのが、伊東が主役の刑事ドラマなどで共演することが多い俳優の飯田基祐(60)。「死ぬまでにやりたいこれだけのこと」というインタビューから。

〈伊東四朗さんからは仕事に対する考え方や向き合い方など学ぶことが多かったですね。とくに忘れられない言葉は「どこで誰が見ているかわからないから手を抜くな」です。努力している姿もサボっている姿もどこかで誰かが必ず見ているから手を抜くなと。現場でも私生活でもちゃんとしなさいと言われました〉

どんな相手にも気を遣う

 伊東と相性がよいだけでなく、気が合うのは、ラジオ・パーソナリティの吉田照美(75)。文化放送の「伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛」は来年で丸30年を迎える長寿番組になっている。

 苦労人だけに、伊東は気遣いの人でもある。吉田が伊東に教わったのは酒。吉田は元々、飲めなかったそうだ。しかし、酒席がことのほか多い業界だけに、酒の付き合いについて悩んでいた。そんな中で伊東とラジオをやるようになったのだが、伊東は最初、遠慮がちだった。そのうち一緒に飲む機会があり、伊東がポツリとこう言った。

「酒を飲まない人っていうのは、本音を言わない感じだから、なんか面白くないなぁ」

 そう言われ慌てて飲んだところ、喜んでくれて、それ以降は番組中に、吉田のことを「うわばみ! うわばみ!」「本当に酒好きなんだから」と番組でイジってくれたという。

 強要したかもしれないという引け目を感じながらも、打ち解けるためには酒の付き合いは大切とそれとなく教え、嫌な思いもさせない。そんなことができる大ベテランはそういるものではない。

 自らを律し、どんな相手にも気遣って接する。それが息長く、第一線で活躍する伊東から学ぶことではないか。

峯田淳/コラムニスト 最新刊『猫のいる人生』(新潮新書)が発売中。