「あ、今なった」19歳で2つ、32歳で3つめの難病を発症…酒井若菜(45)を襲った“全身が動かない恐怖”と、周囲の「嘘つき」という勘違い
〈「グラビアは芸能界のヒエラルキー的に低いところだった」大きい胸がコンプレックスだった酒井若菜(45)が泣きながら続けた3年間の“グラビア時代”〉から続く
グラビアからバラエティなどを通らず直接女優になる、という00年代には珍しかったキャリアを切り開いた酒井若菜(45)。その30年は3つの病との戦いでもあった。19歳でシェーグレン症候群と橋本病、32歳で関節リウマチ。闘病の実情や、発信を続ける理由を聞いた。(全3回の2回目)
【写真】グラビアアイドルとして大人気になりながら女優に転身、45歳になった酒井若菜さん

酒井若菜さん ©文藝春秋 撮影・橋本篤
19歳で診断されたシェーグレン症候群と橋本病
--酒井さんはYouTubeで自身の病気について発信されていますね。
酒井若菜(以下、酒井) 19歳の時にシェーグレン症候群と橋本病と診断され、32歳で関節リウマチがわかりました。医師にもこの3つを併発して普通に仕事が続けられているのは、珍しいと言われました。
--最初にわかったシェーグレン症候群というのはどんな病気なんでしょうか。
酒井 免疫の異常で、涙とか唾液を出す腺に炎症が起きて、目や口がずっと乾いてしまう病気です。点眼薬とリップクリームと飲み物は手放せません。あとは疲れやすさも症状として代表的なものです。
--もう1つの橋本病というのは。
酒井 橋本病は甲状腺っていう喉の前側にある小さい臓器の病気です。代謝を調節するホルモンを出してるんですけど、そこを免疫が攻撃して炎症を起こしてしまう。ホルモンの分泌が落ちると倦怠感とかむくみとか気分の落ち込みが出てきて、腫れることもあります。
この2つは同じ自己免疫疾患のグループで併発しやすいと言われていて、私はまさにそのパターンでした。
--19歳の時、病気が発覚したきっかけは何だったんですか。
酒井 症状自体は小学生の時からあったんですけど、日常生活に支障はなかったので、病気だと気づかないまま19歳まで過ごしていました。別の体調不良があって病院でいろいろ検査をした時に、たまたまシェーグレン症候群と橋本病が見つかりました。
--小学生の頃は、その症状をどう受け止めていたんですか。
酒井 みんなができるのに私はできないことがあるな、と気づきはじめたような感覚でした。でも、できてたことが急にできなくなったわけじゃなくて、私にとってはそれがデフォルトだから、そこまで落ち込まなくて済んだのはラッキーだったと思います。
--「一生治らない病気」ともいわれているそうですが、19歳でどう受け止めたんですか。
酒井 そっか……みたいな感じだった気がします。
--ぐっと内心で受け止めた。
酒井 診断名が出る瞬間が一番怖いですよね。恋愛でも、そろそろ別れそうな予感はあっても、いざ「別れよう」と言われた瞬間が一番辛いのと同じように、最初に言葉にされた時のショックは当然あったと思います。でも失恋と同じで、20年も経ってると当時のことをもう新鮮には思い出せなくて。
--関節リウマチは32歳でわかったんですよね。
酒井 リウマチははっきり「あ、今なった」という日がありました。瀬戸内海の直島で銭湯に行こうとしたら「あれ、動かない」って手足が固まったんです。飲み物が開けられないし、歩けない。その時は全部の関節が痛くて、座れない、立てない。あれは怖かった。
--原因はあったのでしょうか。
酒井 ストレスでした。その前の数年も、冬場になると年に1回くらい指とか膝とか関節が痛くて動かない日があったんです。でも次の日になると痛みが消えて動けたので、深くは気にしていませんでした。
「いつも痛がってる」「嘘つき」と勘違いされることも
--痛みは、その後もずっと続いているんですか。
酒井 リウマチの痛みって、流動するんです。数時間痛くてスッと消える場合もあれば、さっきまで手が痛かったのに次は膝が痛いとか、痛みが移動していく。かと思えば、1週間ずっと指が痛い時もある。
なので「今、手が痛くて」とどなたかにヘルプしてもらった1時間後に、普通に手を使えたりするんです。そうすると「痛いって言ってたの嘘かな」と思われちゃう。でも、その時には痛みが膝に移っていたりして。そうなると、いつも痛がってる、愚痴ばっかり言ってる、嘘つき、みたいに思われてしまう。周りの方に勘違いされることも多いとされる病気ですね。
--痛みは目に見えないので、他者に理解してもらうのが難しいですよね。
酒井 だから、リウマチの人は「世界で一番我慢強い」とも言われているそうです。言っても伝わらないので、痛みを他人に伝えなくなっちゃう。でも、本当は泣くほど痛い。実際の痛みと、はたから見た時の印象が一致しない病気なんです。
--治療は今も続いているんですか。
酒井 薬を毎日飲んでいます。
--リウマチの治療は長期戦になる、という話は聞きます。
酒井 「一生治らない」と聞くとずっと闘病生活が続く姿をイメージして、落ち込んでしまうんです。でも私の場合は今のところ1日1回薬を飲む2秒だけ。歯磨きやビタミンを飲むのと同じようにルーティンに組み込んじゃえばそこまで苦痛でもないし、このまま安定してくれたらいいなと思っています。
--病気について公表しようと思ったのはなぜなのですか。
酒井 いろいろ理由はありますが、病気の認知度が低すぎると感じることが多かったからですね。リウマチと言っても「温泉の効能に書いてあるけど、何の病気?」という方も多いですし、膠原病(シェーグレン症候群、関節リウマチ)に至っては「高い山に登ったらなるやつでしょ?」って音が似てる高山病と勘違いされたり。
「病気を抱えても仕事ができるパターン」を見せる役目
--ポジティブにご自身の状態を伝える姿を観て、励まされている人も多いと思います。
酒井 「この病気になったら仕事できない」みたいなネガティブな情報ばかりが世の中で増えると、それを見た同じ病を患った人が「私はもうだめなんだ」と落ち込んでしまう。
なので私の役目は、「仕事できるパターン」を見せること。せっかく病気になったんだったら、病気になったことで得た利点とか、ポジティブな側面を発信していきたい。
--公表することに反対はありませんでしたか?
酒井 「女優は余計な情報を出さない方がいい」と言う人の方が全然多いですね。「イメージ良くないよ」「CM決まらなくなるよ」って。でも、それはあんまり関係ないと思ってるんです。
もし私が母親役で子供を叱りつけているシーンで「でもこの人、リウマチなんだよな」と思わせてしまったなら、それは私の演技力が足りてないだけだと思うので。
--カウンセリングについても「どんどん受けよう」と発信されていますね。
酒井 精神的に弱ってたらできるだけ早く受けた方がいいと思うんです。カウンセリングを受けたことに過剰に反応するのは日本ぐらいじゃないでしょうか。
芸能人がカウンセリングに行くことや難病を隠すことで、「言わない美学」とか「隠す美学」みたいなものが世間的にも育ってしまう部分もある気がします。「さらけ出す美学」だってあったっていいし、それを私がやれたらいいなって思っています。
--15歳からの30年、病気も抱えながら芸能界を生き抜いてきた今のご自身を、どう感じていますか。
酒井 よく頑張ったなって思うし、めちゃめちゃかっこいいことができたんじゃないかって、自分のことを尊敬してます(笑)。「よく生きてたね」って思うことがたくさんありますし。芸能界にいると、もっとズルをしたり、意地汚くなったり、卑屈になったりしちゃう可能性はあったと思うけど、自分なりにはまともに生きてこれたかなあと。
〈45歳で13年ぶりの写真集を出した酒井若菜が「露出感、エロ感をご想像される方には…」と釘をさした“深い理由”「3960円もするわけですから」〉へ続く
(二瓶 仁志)
