太平洋クロマグロ、漁獲枠交渉はなぜ揉めるのか?「オンライン会議」の増加も交渉難航の一因

日本人にとってマグロは最もなじみのある魚のひとつ(写真:karins/Shutterstock.com)
寿司や刺身で欠かせないマグロは安くなるのか--。太平洋クロマグロの漁獲枠について、日本や韓国、米国など10カ国・地域が8月18日、太平洋中西部で獲れる30キログラム以上の大型魚は2027年に25%増やすことで合意した。メキシコの反対などで調整が難航し、再協議の末にたどりついた合意だった。なぜ協議はすんなりとまとまらなかったのか。そして、合意の恩恵は食卓に届くのか。協議の仕組みや、まだ残っているハードルを解説する。
「マグロが邪魔して漁にならない」ほど資源量は急回復
かつて乱獲により激減したクロマグロだったが、厳格な資源管理が奏功し、日本近海を含む太平洋域で資源量は急回復した。イカ釣り漁などの現場では「マグロが邪魔して漁にならない」との苦情が出るほどだ。
これだけ回復したのであれば、「再び漁獲を増やせば安くて美味しいマグロを食べられるじゃないか!」と消費者は考えるだろう。大筋では合っているのだが、後述するように増えたら増えたで漁業国の間で奪い合いも起きる。それが国際会議が難航する理由だ。
ではまず、「クロマグロ」とはどのような魚種なのか、激減から回復し、今回の合意に至るまでどのような経緯があったのかから整理していこう。
「本マグロ」とも呼ばれるクロマグロは、日本人にとって馴染みの深い魚のひとつだ。ただ、多くの消費者は「トロ」や「大間」といった言葉は知っていても、魚種の特徴や資源管理の仕組みについてはあまり知らないかもしれない。マグロにはクロマグロ以外にも、キハダやメバチ、ビンナガ、ミナミマグロといった種類がある。
クロマグロは太平洋と地中海・大西洋に分布する。ふたつの海域のクロマグロは形状や寿命などに違いがあり、現在は別な種として扱われる。もともとマグロ類の中で資源量は少ない。2024年時点の農林水産省まとめで、世界の漁獲量は大西洋と太平洋を合わせて5万トン強にすぎず、もっとも多いキハダの3%程度しか獲れない。

(出所:農林水産省)
世界で漁獲されたクロマグロの7割が日本で消費
その希少なクロマグロから獲れるのが、日本人が好む良質なトロだ。最近では欧米や中国などでの消費も増えてきたが、世界で漁獲されたクロマグロの7割ほどが日本で消費される。日本の消費が圧倒的に多いウナギと同じような構図がある。
地中海沿岸やメキシコでは漁獲したクロマグロに餌をやり、太らせてから出荷する「蓄養」も盛んになった。その出荷先も日本が中心だ。ウナギもクロマグロもバブル景気に乗ったグルメブームで消費量が伸び、高値が漁獲圧力を強めて資源を激減させた。
その結果、国際的な漁獲規制が導入されることとなる。象徴が2010年にカタールで開催されたワシントン条約締約国会議だった。モナコや欧州連合(EU)が大西洋クロマグロの商業取引を全面的に禁止する「付属書1」への掲載を提案。日本は参加国を説得して提案を否決に持ち込んだものの、同地域で資源を管理する「大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)」が未成魚の漁獲を禁じるなど厳しい規制策を導入した。
国連海洋法条約はマグロのように広い海域を移動する「高度回遊性魚種」は各国が協力して資源管理にあたることを義務付けている。一国だけが厳しい漁獲制限を設けても別な国が乱獲すれば思うような効果が得られないからだ。こうした資源管理の手法は近年、カツオ・マグロ類だけでなく、ウナギやサンマ、サバなどにも広がっている。もちろん、資源管理が十分に機能するかどうかは別な話だ。
ここでマグロ類の資源を管理する国際機関の説明が必要になる。ICCATは、その名の通り「大西洋」のマグロについて管理するための機関だ。「太平洋」にすむクロマグロは、沖縄・南西諸島から台湾にかけての海域で産卵し、米国やメキシコに至る広大な海を回遊することが知られている。そこで太平洋については2つの機関がある。太平洋の中西部、つまり日本近海側を担当する「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」、そして太平洋の東部、つまり米国やメキシコ側を担当する「全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)」だ。

クロマグロの資源量に話を戻すと、その減少は大西洋だけでなく、太平洋でも危機的な状況に陥った。ピーク時に16万トン程度あった親魚の資源量は2010年にわずか1万2000トンほどに減った。しかも、WCPFCは条約の発効が2004年と他機関に比べて遅く、これまで管理の甘さも指摘された。
資源量回復で大型魚の漁獲枠を広げる
ようやく15年から、小型魚(体重30キロ未満)漁獲を、基準とする02~04年平均の半分以下に抑え、30キロ以上の大型魚も基準年を超えないルールを決めた。それに伴い、日本国内でも国際ルールに沿って漁法、地域ごとに漁獲枠が設定された。その過程で「あっちが多い」「不公平だ」と喧々囂々の議論があったことは言うまでもない。
こうして太平洋でも、大西洋と同じく、規制の効果が表れた。漁獲量を適正に抑えれば、自然の再生能力で資源量は回復する。そうなると「早く規制を緩めて漁獲枠を増やせ」という声が出てくる。それに対し時期尚早だという慎重論もあり、その駆け引きが始まった。
WCPFCは21年に、22年からクロマグロ大型魚の漁獲枠を全体で15%増やし、1万1869トンとすることを決めた。東側を管理するIATTCも増枠(大型、小型の区別なし)に動いた。
先ほどから書いているように、WCPFCの漁獲枠には大型魚、小型魚という区別が出てくる。体重の30キロが境目になる。太平洋のクロマグロは20年以上も生き(大西洋クロマグロは40年近く生きるとされる)。3歳で全体の2割、4歳で5割、5歳になるとほぼ全ての個体が成熟して次の世代を残せるようになる。体重30キロは3歳に相当するため、もっと体重の線引きを引き上げるべきとの声もあるが、未成魚ほど漁獲規制を厳しくするのが世界の潮流だ。
そのため今年8月のWCPFC会合でも大型魚の漁獲枠を現行から25%増やして1万4836トンとする一方で、小型魚の漁獲枠は6%減らして4823トンとすることで合意した。大型、小型の区別がない東部側の漁獲枠は7581トンから7740トンに増やした。
そしてここからが今回、協議が難航した理由だ。
メキシコの動きが撹乱要因に
大西洋(ICCAT)ではすでに科学調査で資源量を割り出し、将来の不確実性も加味して的確な漁獲枠を自動的に設定する仕組みに移行している。今回の会合で太平洋域も同じ仕組みに移行することで合意した。それには漁獲証明書制度や漁船の登録、取引の監視措置も不可欠になる。
今回の会合では、メキシコの動きが合意を遅らせる撹乱要因になった。
太平洋のクロマグロ資源を厳格に管理するためには、中西部(日本近海側)と東部(米国・メキシコ側)を一体で考えなければならない。WCPFCとIATTCが合同で会合を開くようになった理由だ。
ここで中西部と東部のバランス配分が問題になってくる。具体的には8対2か7対3かという議論になる。メキシコがもっと東側の配分を増やすべき、と主張したことで7月の会合(長崎市で開催)では合意できなかった。これが再協議になだれ込んだ背景だ。最終的に、メキシコに配慮した修正案で合意にこぎつけた。
これですべてが解決し、日本の漁獲枠が思惑通り増えるかというと、そうとは限らない。
資源が回復し、漁獲枠を拡大することが決まると、漁業国は自国の利益を増やそうと動く。これが増えた全体の枠を関係国にどう割り振るかという厄介な問題を生む。
「全体の漁獲枠(大型魚)が25%増えたのだから、日本の枠をそのまま25%増やせばいいじゃないか」と思うかもしれない。だが、そうすると大型魚の枠がもともと少ない韓国などが納得しない。韓国と日本、台湾で均等に枠を配分すべき、というのが韓国の主張だ。韓国でもクロマグロの回遊が増え、定置網で大量に取れても枠の上限いっぱいになれば手間をかけて放流せざるを得ない。日本も事情は同じで、譲歩すれば国内の漁業者が黙っていない。
日本国内で枠をどう配分するか、という難題も
調整が必要なのは韓国や台湾だけではない。回遊が増えてきたニュージーランドやオーストラリアに加え、米国とも合意しなければならない。ハワイ近海での漁獲枠を決める必要があるからだ。10月頃の開催を模索するWCPFC小委員会の会合でこうした調整をする見通しだが、大変な作業になるだろう。
そうした調整を経て、最終的には年末の本会議で正式決定しなければならないが、関係者の一人は、「以前に比べ合意のハードルが上がっている」と嘆く。会合がオンライン主流になってきたためだという。
大西洋(ICCAT)でも資源が回復した過程で拡大した枠をどう配分するかで関係国が揉めたが、「いきなり会合を開くと怒鳴り合いになるのは見えていたので、事前に会って調整していった」という。
次に控える各国・地域との調整がうまくいっても、その先にもハードルがある。日本の枠を国内でどう分配するか、という、もう一つの難題だ。 この先の道のりはこれまで以上に険しい。
筆者:志田 富雄
