【F1】浅木泰昭「ホンダのアップデートはフェラーリと同じ方向性」 歴史的な円安もパワーユニット開発で有利
【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第16回(後編)
◆第16回・前編>>「なぜ急にドライバビリティが悪化したのか」
後半戦のスタートとなる第12戦オランダGPに、ホンダは大幅なアップデートを施したパワーユニット(PU)を投入。フェルナンド・アロンソは今季最高の9位という結果を残した。しかし、ふたりのドライバーはホンダの新しいPUに満足していないようだ。
ホンダは今後、PUをどのように改善させていけばいいのか? そして後半戦、メルセデスAMGとフェラーリがリードするPU開発競争の行方はどうなっていくのか? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。
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浅木泰昭氏が「一番印象的だった」と語ったフェラーリのPU photo by Ferrari
アストンマーティンと組んだホンダの第5期のスタートは、正直に言って大失敗に終わりました。しかし、アストンマーティンとホンダがそれぞれ、車体とPUのアップデートを投入した後半戦からは、中団グループで安定して戦い、予選でトップ10入りを狙えるようになることを期待しています。
そういう状況になれば、日本のファンは納得してホンダを応援してくれるようになるでしょう。たとえホンダ本体が赤字決算になったとしても、ホンダのモータースポーツ活動全般を担うHRC(ホンダ・レーシング)は落ち着いてF1で戦うことができます。
現在の円安基調は、しばらく続くと予想されています。ですので、ホンダ本体の業績が回復して黒字を計上していれば、株主がF1活動を続けることに対して疑問を口にするような状況にはならないと思います。
この歴史的な円安は、ホンダのF1活動にとっても有利に働いています。今年からPUメーカーにも厳密なバジェットキャップ(予算制限)が課されていますが、世界的なインフレで部品や材料代は高騰していますので、定められた予算内で競争力のあるPUを開発するのは、これまでよりも大変になっていると思います。
【フェラーリはスタートが異様に速かった】ホンダのPUも海外から購入してくる部品があります。特にFIA(国際自動車連盟)が指定した単一サプライヤーから全PUメーカーに供給される共通部品は、指定部品である以上、購入する必要があります。
円安の状況で海外から部品を調達する際は、輸送費がかかって不利になっている面はあります。ただ、国内で調達する場合は海外のPUメーカーよりもコスト面でかなり有利になっています。それにホンダの従業員の給料はドルベースでは下がっていますので、この影響も少なからずあると思います。
あくまで一般論になりますが、HRC Sakura(栃木県さくら市)を拠点にしてPUを製造・開発しているホンダは、円安で恩恵を受ける日本の自動車メーカーを含めた製造業全般と、基本的には同じような構造にあると思います。
ただ、バジェットキャップのレギュレーションには、地域差や為替の変動によって特定のメーカーが有利にならないようにするための補正式のようなものがあります。円安による恩恵がそのままホンダの開発予算の増加につながる、という状況にはなりません。
新しいレギュレーションが導入された2026年シーズン、個人的に一番印象的なのはフェラーリのPUです。シーズンが開幕した直後、フェラーリのマシンはスタートが異様に速かった。フェラーリはターボエンジンの特性を決めるA/R比(スクロール流路の断面積と、タービン軸中心からその断面までの距離との比)が小さかったのではないかと推察しています。
ターボチャージャーをレスポンス重視の設計とし、ターボラグを低減することで、低回転域のトルクやレスポンスを向上させてきたと考えられます。最大出力は出ませんが、スタートやコーナーの立ち上がりはよくなります。
フェラーリは序盤戦、圧倒的なスタート性能を生かしてトップに立ちますが、結局はメルセデスに抜かれて勝てないというレースが何戦か続きました。そのあとは様子が少し変わってきて、フェラーリはスタートダッシュがいい時もあれば、そうでもない時もあったりして、中盤戦に入ると、各PUのスタート性能にほとんど差が見られなくなっていきました。
【フェラーリの判断は正しかった】私の推測では、メルセデス陣営はスタートの性能を多少上げてきたかもしれません。ただ、仮にスタートでフェラーリに先行されても、最終的にはメルセデス勢が勝つレースが続いていたので、そこまでPUの特性を変える必要はなかった。細かい修正で対応していたと思います。
逆にフェラーリ陣営は、スタートで先行しても最終的に勝ちきれない状況を認識したことで、もともと強かったレスポンスを犠牲にしてでもレースでのパフォーマンスを上げること、つまり最高出力を上げる方向へ開発の重点を移してきた。その結果、だんだんスタートの性能がそろってきたんだと推察しています。
このフェラーリの判断は、結果的に正しかったと思います。スタートでの圧倒的なパフォーマンスは影を潜めましたが、その分、レースで強さを発揮するようになり、ルイス・ハミルトン選手が第7戦バルセロナ・カタルーニャGPで優勝し、メルセデスの連勝をストップさせました。そして第9戦イギリスGPではシャルル・ルクレール選手も優勝しています。
おそらくホンダのアップデートも、基本的にはフェラーリと同じ方向性だと私は考えています。レスポンスやトルクを犠牲にしてでもさらなる馬力を求めた結果、ドライバビリティが悪化して、ドライバーが不満に感じているというのがホンダの現状だと思います。
レギュレーションが大幅に変わった時には、馬力とレスポンスのバランスをどのように取り、どういう特性のPUにするのか、メーカーによってさまざまな考え方があります。そしてレースを重ねてくると、現行のレギュレーションではどういう特性を持ったPUが最も効率的なのかがわかってきます。
そのうち開発がだんだん煮詰まり、ほかのメーカーがメルセデスやフェラーリに追いついて、どのPUメーカーが勝つのかわからないレースになっていくと思います。今はまだ新しいレギュレーションが導入されたばかりで、各メーカーも試行錯誤をしている段階です。ただ、いずれは各メーカーがメルセデスに追いついていくと思います。
各メーカーが今後どのようなPU開発を進めていくのか興味深いですが、メルセデス陣営のなかでも昨年のチャンピオンチーム、マクラーレンが後半戦に入って強くなってきました。彼らがどんなことをやっているのかはすごく気になりますが、PU関連で何かをやっているとなれば、ワークスのメルセデスはそのアイデアを潰しに行くと思います。
シーズン中にこれだけPUの性能が進化する過程では、カスタマーのマクラーレンがワークスのメルセデスより上に行くというのは、現実的に難しいと思います。チャンピオン争いに関して、ワークスのメルセデスとフェラーリが後半戦も中心になっていくと予想しています。
(第17回へつづく)
【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。
川原田 剛●取材・文 text by Tsuyoshi Kawarada
