ドイツで、猛暑による死者が1万5800人に上ったなどの報道が相次いでいる。一体何が起きているのか。ドイツ在住作家の川口マーン惠美さんは「1万5800人という数字が真実であれば、国は真っ先に普及率4%のエアコンを整備すべきだ。しかし現実は、病院や老人ホームでさえもエアコンなしがスタンダードという状況だ」という――。

■「熱死者が1万5800人」という衝撃のニュース

夏が来たら、すぐにでも外に飛び出したくなるドイツ人。戸外のカフェなら、パラソルの下よりも、カンカンと太陽の降り注ぐ席に座りたいドイツ人。4時ごろになったら仕事はさっさと切り上げて、公園の芝生に寝そべるか、プールに飛び込みたいドイツ人。そして、休暇にはさらに暑いイタリアやスペインに出掛けていくドイツ人。

ドイツ人が待ちに待った夏が今年は6月末に訪れた。そして、各地が10日間にわたって40℃前後という異常な暑さに見舞われた。

写真=iStock.com/Marccophoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marccophoto

その途端、主要メディアが挙って「6月22〜28日の1週間でHitzetote(ヒッツェトーテ・直訳すると「熱死者」=新造語!)が9600人」と、センセーショナルに報道し始めた。ニュースで示されるドイツの地図は真っ赤っ赤の過熱状態で、見るからにおどろおどろしい。

そういえば2年前、国連のグテレス総長が、このままでは「地球は沸騰する」と言っていたっけ。しかも、この「キラー・サマー」の原因は、私たちが産業活動でCO2を出し続け、環境のバランスを壊したことなのだ!

そうするうちに猛暑による死者数は1万5000人を超え、真面目なドイツ人はジレンマに陥ってしまった。

「こんな深刻な事実を差し置いて、夏を楽しんでいて良いものか?」

※2026年8月20日までの死亡者数の推定値(ロバート・コッホ研究所発表)

■「エアコンなし」がスタンダード

ドイツの夏は緑が美しく、夜は10時ぐらいまで明るい。私は1982年6月、サッカーのW杯の真っただ中にドイツに渡った。この年は異例の暑い夏で、毎日快晴。ドイツ人は上機嫌で、おまけにサッカーもどんどん勝ち進んでいた。

当時、私は音大生で女子宿舎に住んでいたのだが、W杯決勝戦の夜、宿舎のテレビの周りだけでなく、近所からも一斉に響いてきた地鳴りのような歓声は、今も忘れられない。結局、優勝したのはイタリアだったが、ドイツの夏というと、必ずあの年のことを思い出す。この夏は「スーパー・サマー」と愛でられ、長く人々の記憶に残った。

その後も時々、特別に暑い夏はあった。そんな夏は幼稚園のママ友が、「今、楽しまなきゃ、いつ楽しむのよ!」と誘いに来て、私たちは猛暑の午後を、プールのほとりの広々とした芝生の木陰でのんびりと過ごしたものだ。子供たちは水遊びをしては戻ってきて、おやつを食べてはまた水遊びにいってと……、懐かしい夏の思い出である。

ドイツは最近、確かに暑い。ところが、家庭はもちろん、役所も、店舗も、病院も、老人ホームも、学校も、新しいオフィスやショッピングセンター以外は、エアコンがないのがスタンダードだ。遊ぶには問題ないが、勤労者にとっては実に辛い。

ホテルなどはさすがに最近、エアコンの取り付けが進んでいるが、その他は遅々として進まず、老人ホームで弱ってしまった年寄りを緊急避難させたとか、汗のため皮膚科の処置ができなかったとか、そんなニュースばかり。

そして、扇風機がブンブン回っているオフィスや、水の噴霧器と扇風機を組み合わせて、気過熱で涼をとる役所など、時代がかった光景にしばしば言葉を無くす。これが21世紀の一流の工業国の姿とは信じがたい。

■「緑を増やそう」という政府

ドイツは冬が寒いので、家屋は元々、暖を逃がさないように作られている。だから、壁の厚い古い建物の場合、最初の何日かは窓もブラインドも閉め切って、外の暑さが入ってこないようにして対処するが、それにも限界はある。

いずれ熱気は入り込んで、夜も温度が下がらなくなる。特に、最上階に住んでいる人は、室内の気温が40℃近くになり、シャワーを浴びた後、心地よく冷えた部屋でホッと一息もなし。家庭のエアコンの普及率は4%と言われる。そういえば、私の知り合いはベランダに簡易ベッドを出して寝ていた。

ただ、本当に猛暑のせいで1万5000人も死者が出ているなら、政府は直ちに、即効性のある対策に取り掛かるべきだろう。つまり、とりあえずはエアコンの整備だ。

ところが、対策本部が掲げるのは、都会の緑地帯を増やそうとか、猛暑日の労働時間を制限する法律を作ろうとか、あまり緊急性が感じられない。

もし、日本政府が、“熱中症予防のために、皆で窓際にヘチマを植えましょう”と言ったら、皆、怒るのではないか。

■なぜエアコン設置に消極的なのか

ただ、ドイツ人は元々、エアコン設置には積極的ではない。ドイツ人は新しいものに対して、懐疑的なのだ。

まず、多くの人がエアコンは体に悪いと思っている。単に人工的な冷気を敬遠している人もいれば、悪いバイ菌が部屋中に循環して病気になると恐れている人もいる。

ただ、エアコン不健康説と1万5000人の熱死者の話は整合性に欠ける。

また、借家の場合、壁に小さな穴を開けるにも、室外機を置くにも、大家さんの許可が要ったり、それどころか、室外機は景観や騒音の問題が発生したりと、エアコン設置のハードルが高いということもある。

そのため、最近では、昔のラジオのような形状の、部屋に置くだけのクーラーなどというものも売られているが、効き目のほどは不確か。しかも、怪しい商品も出回っているらしく、消費者センターが警告を出したりしている。

一方、政府が消極的なのはグリーン政策に拘っているからだ。ドイツ政界は、すでに左派イデオロギーに乗っ取られており、エアコンという“安易な”対処療法よりも、温暖化の元凶であるCO2を減らすべきだという方針は揺るがない。

もっとも、それは建前で、本当はエアコンの普及で電力網が決定的に破綻することを恐れているという見方もある。ドイツは原発を止めて以来、恒常的に電気が足りないため、これ以上、電力事情を危うくするわけにはいかないのだ。だから、現在は妥協案として、病院、老人ホーム、学校、公共施設などには優先的にエアコンを設置するという方向で進んでいる。

なお、脱炭素政策の旗振り役である緑の党は、「猛暑になっているのはCO2のせいなのに、エアコンでさらにCO2を増やすなど本末転倒である」として、CO2の制限をさらに厳格化するよう要求している。ただ、ドイツのCO2の排出量は世界全体の1.5〜1.8%なので、その増減が地球の温度に多少なりとも影響を与えると彼らが本当に信じているのかどうか、そこらへんがよくわからない。

さて、では、この「熱死1万5000人」とは何を意味するのか?

■死者数を公表する「研究所」の正体

これは具体的には、猛暑時(1週間の昼夜の平均気温が20℃を超えた場合)の死亡者数から、平年の同時期の平均死亡者数を引いた数字、つまり、世に言う「超過死亡者数」だそうだ。それをロバート・コッホ研究所が発表し、政治家やメディアがセンセーショナルに広めていく。

もっとも1万5000人の直接の死因は、暑さではなく、暑さが引き金となった持病の悪化だ。つまり、重症患者や、心臓や呼吸器を患っていた人が、この時期に暑さで弱って亡くなった。しかも、その半数は85歳以上。ときに、海や湖での溺死者までが「熱死」と関連付けられている。

ロバート・コッホ研究所というのは、ドイツにおける感染症対策や疾病予防の権威で、連邦保健省(BMG)の管轄下にある。

大して目立たなかったこの機関が一躍有名になったのは、コロナ禍の時だった。同研究所の責任者が2年以上にわたり、毎日、コロナの罹患者と死亡者の数を発表し、それを公共放送が1日も欠かさず報道し続けた。

ロベルト・コッホ研究所(写真=A.Savin/Free Art License/Wikimedia Commons)

ただ、当時も、「コロナ関連死」の本当の死因は明らかにされなかった。交通事故死であっても、心臓麻痺であっても、コロナ検査で陽性であった人は全て「コロナ関連死」としてカウントされていたことを国民は知らなかった。

しかもコロナの場合、検査をすればするほど、当然、陽性者は増える。そして、その膨大な検査を奨励したのもロバート・コッホ研究所だった。

■科学的事実か、政府の意向か

ドイツのPCR検査は、ピーク時には1週間で150〜200万回(学校や職場、また家庭での簡易テストは含まれていない)。そして、症状がなくても陽性反応さえ出れば、コロナ感染者とされた。そして、メディアがそれを深刻な顔で伝え、国民の恐怖を煽った。

その結果、これが、接触禁止、外出禁止、集会の禁止、長期間の学校閉鎖など、政府が敷いた数々の規制を正当化するための根拠となった。メルケル首相は2020年のクリスマスの前、世の中の子供たちに向かって、「あなたたちがお爺ちゃんやお婆ちゃんを訪ねれば、今年が彼らに会える最後のクリスマスとなるかもしれません」と、深刻な面持ちでさりげなく言った。

恐怖を感じた国民は従順になるので、政治はやりやすくなる。当時、敷かれた規制の多くは、基本的人権の侵害であったため、政治家が、どこまで国民が従順に従うか実験しているのではないかと疑う声もあった。

最近になって、当時の情報や対策の検証が始まり、その両方に大きな瑕疵があったことが、ドイツだけでなく、欧米で広く知られてきた。そのため、この先頭に立っていたロバート・コッホ研究所は、科学よりも政府の意向を忖度する組織という印象が決定的になってしまった。

こうして信用が落ちているところへ持ってきて、今回は「熱死1万5000人」であるから、当然、この情報にも懐疑的な人は多い。特に、政府が何が何でも進めようとしている脱炭素政策を正当化するためのプロパガンダ役を果たしているのではないかという疑いは根深い。脱炭素政策を継続すれば、権力も予算も継続できる省庁、NGO、また利益の増える企業は少なくない。

■「山火事の96%は人為的」という調査

主要メディアは取り上げないが、本当に人間にとって危険なのは、暑さよりも寒さだ。

ただ、寒さによる超過死亡者は例年のことであるし、また暑さによる犠牲者のように急激に増えることがないので、センセーショナルなニュースにはならない。インフルエンザの犠牲者は「感染症による死亡者」で、「寒さの犠牲者」にはされない。

最近は、山火事のニュースも気候温暖化のせいのように報道されるが、猛暑だけで森に勝手に火は点かない。96%は失火と放火だということもわかっている。

フランスでは、今年、500人近くが放火容疑で拘束されたと世界的に報じられている。

そもそも、地球上には、暑くても機能している国はたくさんある。例えば日本。ヨーロッパでも、スペインやイタリアの夏はたいてい暑いが、公共施設もオフィスも病院も商業施設もほぼ100%エアコンが整備されている。家庭のエアコン普及率もドイツよりはずっと高い。

だから、暑さに対する対策としては、熱中症にならないよう水分を補給するとか、不急不要の外出を避けるとか、近所の年寄りを皆で見守るなど、ほぼ日本と同じ。

現在、ドイツでは、とうもろこしやジャガイモ、小麦などが不作で、旱魃による農業危機のニュースが盛んに流れているが、一方、ワイン用の葡萄や南欧の桃などが豊作であることは報道されない。2026年のワインは絶品になるとの予想だ。

さて、現在、8月27日だが、気温はここ1週間で急激に低下し、各地、30度を超えるところは無くなった。北部や東部では最低気温が10度を切っているところもあり、どうみても秋の気配。皆、夏がこのまま終わってしまったらどうしようと、気を揉んでいる。

そして、あれほど温暖化と騒いでいたメディアは、もう、何も言わない。温暖化に振り回されるドイツ人である。

写真=iStock.com/thomas-bethge
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/thomas-bethge

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)