『ワイルド・シング』Netflixにて配信中

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 1980年代、90年代がノスタルジーとともに映像作品で語られている現在、「ゼロ年代」こと2000年代も、すでに懐かしく振り返られるようになってきた。Y2K時代の韓国の地方都市を舞台にしたNetflixシリーズ『ワンダーフールズ』(2026年)や、台湾映画をリメイクした韓国映画『あの夏、僕たちが好きだったソナへ』(2025年)なども、そうした時期の印象を切り取った作品だ。

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 そんななか、2000年代のきらめきを「K-POP第一世代」の躍進とともに描き、さらにその時代を青春として生きた元スターたちの現在の奮闘をコメディとして表現した映画『ワイルド・シング』が、Netflixからリリースされた。ここでは、本作の笑える特殊性と、それが笑えるからこそ大きく響く、現在の社会への提言の存在を明らかにしていきたい。

 物語の中心となるのは、2000年代に若者からの絶大な支持を獲得した、K-POP男女混成ダンスグループ「トライアングル」。人気絶頂の3人だったが、ある不祥事をきっかけに解散を余儀なくされる。それから20年後、すっかり忘れられたグループに万博誘致イベント出演の話が舞い込んだ。再びステージに上がり脚光を浴びる夢を掴むため、元リーダー・ヒョヌは当時の仲間を集め、無謀な行動に出るのだった。

 「トライアングル」は、「S#ARP」や「Cool」など、2000年代に実際に活躍した韓国の男女ユニットを想定してデザインされていると考えられる。ダボッとしたストリートウェアと、2000年代風の特徴的なメイク。日本人であっても、同時代の空気を知っていれば懐かしさを感じるはずである。

 面白いのが、元リーダーのヒョヌを演じているのが、2000年代にデビューしてから絶大な人気を誇る俳優、カン・ドンウォンであるということだ。ここではなんと、20年前と現在の同一人物の役を演じているのである。「少女漫画から抜け出たみたい」、「顔天才」などと言われてきたカン・ドンウォンだけに、メイクと演技、撮影や編集などさまざまな手法を駆使したとはいえ、19歳を演じることができているという事実は驚異的である。

 彼のビジュアルの特殊性は、単に“整っている”だけではなく、どこか浮世離れした美しさを帯びている点にある。だからこそ、SFやファンタジーなど、一歩間違えればリアリティを失うような世界観を成立させ得る俳優として重宝されてきたところもあるのだ。とくに本作では、撮影スケジュールを後に組み直してまでブレイクダンスの特訓を続けた成果を見せつけている。とはいえ、よく見るとやはり19歳役はさすがに少し無理があり、やや違和感を覚える部分もあるのがご愛嬌だ。そこはカン・ドンウォンの新境地的なコメディとして笑っていい部分だろう。

 さらに、「トライアングル」のラップ担当であり通称“暴風ラッパー”サング役を演じたオム・テグも約20年前の役柄を演じ、時代遅れ感のあるラップを披露している。コワモテの役柄を演じる機会が多かった彼は近年、ドラマ作品『遊んでくれる彼女』にて、初恋を経験する元ギャングという、ラブコメにおけるやはりコミカルな新境地を披露したばかりだ。彼の代名詞である「洞窟ボイス」は、まるで洞窟の中にいるかのように響くハスキーボイスが由来である。

 「トライアングル」のメインボーカル担当ドミ役を演じたパク・ジヒョンは、クールな役柄のイメージが強いが、ここでは終始文句を言いまくる騒がしいキャラとして、こちらもギャップがある笑える役柄に挑戦している。ヒョヌとサングが解散後に経済的な困窮や停滞を経験したのに対し、ドミは財閥家に嫁ぐという玉の輿を実現しているのも興味深い。抜け目のなさと強引な性格は、カン・ドンウォンとオム・テグの強烈さにも負けていない。

 そしてきわめつけは、「トライアングル」のライバルであるソロバラード歌手を演じたオ・ジョンセである。50歳に手が届く年齢であるベテラン俳優の彼が、ロングヘア、ハイトーンボイスで甘い楽曲「君が好き」を微笑みながら歌う姿は、そのギャップから爆笑必至のシーンだろう。20年後にヒゲ面の害獣ハンターとして生計を立てながら、にこやかにまた歌い始めるという怪演も強烈だ。現地韓国では、「トライアングル」のプロモーションとともに、こうしたオ・ジョンセの役柄がSNSを中心に大きなバズを引き起こすなど、ギャップと完成度の高さが話題になっている。

 このような楽しい趣向がさまざまに用意されている本作。笑いの渦のなかで、若い日々のきらめきを失いつつも、20年前の青春を取り戻すべく前に進もうと奮闘する滑稽な姿が、同時に胸を熱くさせるのも確かである。数少ない持ち歌を頼りに、いま精一杯やれるだけのことをやりきろうとする光景は、次第に美しく感じられてくる。

 現代の韓国社会、特に若い層において、容姿は単なる見た目の問題だけではなく就職や生存のための重要なスペックとして、過剰に評価される傾向にある。SNSや美容整形の進化によって、完璧な顔や体型が賞賛される一方、日本もそうだが、芸能人などの“老い”や体型変化が“劣化”などと言われ、過激に叩かれる風潮も存在する。

 本作でカン・ドンウォンやオム・テグ演じるキャラクターが、かつてのビジュアルと比較される構図は、現代の若者が他者や自分自身に強いている、こうした「ルッキズム」への痛烈な皮肉になっている。彼らは完璧な美を取り戻すのではなく、40代の姿を隠さずにステージに立つ。これを感動的に表現することで、本作は現在のルッキズム社会に対する逆説的な風刺をしているように感じられるのである。

 そして、「元祖・顔天才」として韓国映画の美の象徴であったカン・ドンウォン自身が、若い時代のきらめきを追うみっともない役柄をさらけ出し、ルッキズムを笑いとともに解体していく趣向こそが、作品全体に大きな説得力を与えているといえる。ルッキズム社会のなかで、いま美しいとされている若者も、その傾向が強ければ強いほど、20年後には笑いの対象になってしまうことだろう。こうしたサイクルの不健全さを、本作『ワイルド・シング』は間接的に映し出したといえるのだ。

(文=小野寺系(k.onodera))