《超年の差婚》18歳で41歳年上の“伝説的漫画家”と出会い→結婚後に認知症が発覚→10年以上介護生活…女性漫画家(44)が明かす、馴れ初め秘話
28歳のとき、41歳年上の伝説的漫画家・真崎守氏と結婚した漫画家の恋池りもさん(44)。結婚から3年後には真崎氏が認知症を発症し、10年以上、介護と仕事の両立を続けている。
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そんな2人の「年の差婚」のリアルや、認知症が判明してからの日々を綴ったエッセイ漫画『だからわたしは41歳年上の夫と暮らしてます』を上梓した恋池さんに、真崎先生との出会いなどについて、話を聞いた。(全5回の1回目/2回目に続く)

漫画家の恋池りもさん ©佐藤亘/文藝春秋
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「全然知らなかった」アニメ界では伝説的存在の真崎先生との出会い
――恋池さんが28歳のとき、当時69歳の真崎さんと結婚されたとのことですが、そもそもの出会いは?
恋池りもさん(以下、恋池) 高校卒業後、18歳のときに東京コミュニケーションアート専門学校の漫画コースに入学したんですけど、そこで漫画制作を教えてくれる講師として真崎先生に会ったのが最初です。
――漫画界、アニメ界では伝説的存在の真崎先生ですが、先生のことはもともとご存知だったんですか?
恋池 それが、私は全然知らなくて。先生はアニメ映画『はだしのゲン』の監督もしているんですけど、それすらも見てなかったんです。
先生の「とにかく描いてみろ」がすごく嬉しかった
――真崎先生の第一印象はどんな感じでしたか。
恋池 坊主頭で雪駄を履いてて、背筋がピンッとした人だなと。
――リスペクトできる講師という感じで?
恋池 憧れていた漫画の学校に入ったことでテンションが上がってたのと、どの先生もプロだということで、「すごいなぁ」とは感じていて。
ただ、真崎先生だけは授業のしょっぱなから、「4ページ描いてみろ」と言ってきて。
――生徒にすぐ描かせた。
恋池 そうなんですけど、みんな専門学校に入ったばっかりの素人なんで、「えっ?」みたいになるじゃないですか。しかも高校までは、先生が言ったことを板書するだけの受け身な授業が多かったから、クラス全員がざわざわしてて。
でも私にとっては、「とにかく描いてみろ」がすごく嬉しかったんですよね。
「すごく心をつかまれました」先生がたばこをふかしながら言ってくれた言葉とは
――作品を仕上げたら真崎先生が、いろいろ指導してくれるわけですか。
恋池 「出来上がった順から持ってこい」って。先生は教室じゃなくて、ベンチが置いてある外の喫煙所でたばこをふかしながら見てくれるんですけど、「お前の漫画はここがとってもいいところだ。俺はお前の最初の読者で、ファンだからな」って言ってくれて。
多分私以外のみんなにも同じことを言ってたと思うんですけど、それですごく心をつかまれました。
――ガッと心をつかまれた先生は真崎先生だけですか。
恋池 モチベーションを上げてくれる先生は他にもいましたけど、普通の先生だと、自分の経験をしゃべるんですね。
一方で真崎先生は、もちろんキャリアも経験もたくさんあるんだけど、それを一旦脇に置いて、目の前の生徒が今どの段階にいて、どういう環境の中でやっているのか、漫画を見て見抜くっていうか。
「クセの強いアニメーターさんたちを立てたり…」先生の“人をやる気にさせる術”
――ははあ。
恋池 例えばちょっとプライドが高い子だと作品もそういう風に歪むけど、先生はその歪みが作品から見えるみたいで。
で、この生徒はちゃんと話を聞けると判断したらアドバイスするし、ちょっと無理そうだなと思うと、とりあえず褒めてどんどん描かせて。
中には対人恐怖症で学校に来るだけで精一杯っていう子もいたんですけど、そういう子には、「来てくれてありがとう。無理せず、辛かったらいつでも帰っていいからな」みたいな声がけをしてましたね。
――生徒の特性を見抜いて、活かして、前を向かせる。指導者としてピカイチといいますか。
恋池 先生は1960年代に虫プロ(編注:手塚治虫が創立したアニメ制作会社)に制作担当として入ったそうなんですけど、そこでクセの強いアニメーターさんたちを立てたり、発破をかけたりしながらどうにか毎週仕事を回していたようで、“人をやる気にさせる術”みたいなのが身についたと、後に聞きました。
「全否定もありました」“死にたくなった”先生からの指摘
――ひとまず生徒のことは全肯定なんですか。
恋池 全肯定もするし、全否定もされました。
――あ、全否定もある。
恋池 うん、全否定もありました。死にたくなりました。
――例えばどういうことを言われるんですか。
恋池 「このキャラクターの気持ちが描けないってことは、お前がこの20年間、そういう生き方しかしてこなかったからだ!」みたいに言われて。立ち直れなくなりそうになったこともありました(笑)。
「女子生徒がたくさん先生に頭を預けに来てました(笑)」
――でも、真崎先生のことを苦手になったわけでもなく。
恋池 それはそうですね。たぶんほとんどの生徒が、厳しさの奥にある愛みたいなものは感じてたんじゃないかな。作品を持って行くと、「よくやったな」って、頭を撫でてくれるんですよ。
頭を撫でるとか今だとセクハラに捉えられるかもしれないですけど、真崎先生の場合、その時すでに60歳くらいのおじいちゃんだったこともあって、「人畜無害」っていう感覚がみんなにあったんでしょうね。とにかく人気があって、女子生徒がたくさん先生に頭を預けに来てました(笑)。
――女子生徒から人気だったんですね。
恋池 人気でしたね。卒業生もしょっちゅう先生に会いに来てて、毎週のように学校に来てる人もいました。
――卒業生は、漫画のアドバイスを求めて真崎先生のもとに来るわけですか。
恋池 そうそう。それにやっぱり、漫画の世界って厳しいじゃないですか。「編集さんにこんなことを言われて……」とションボリしてても、先生に会うと、「またやる気になりました!」ってパァーッとなって帰っていくんです。
「女が“好き”とか“嫌い”で動かないでどーする!」
――学生時代は、あくまで真崎先生のことは良き指導者として見ていた感じで。
恋池 今も「先生」っていう感じではあるかな。恋とか愛とかいう境目がちょっといまだによく分かんないですね。
漫画家さんのアシスタントで入っていた現場で、いつも私の頭を「ポンポン」ってして立ち去っていくおじさんアシスタントがいて、私はそれがすごく嫌だったんですよ。
――それは誰だって嫌ですよ。
恋池 でも、先生に頭を撫でてもらうのは嬉しかったから、「あたしってひどいヤツなのかなあ」と思って先生に相談したら、「女が“好き”とか“嫌い”で動かないでどーする! そんなんだから感性が鈍るんだ!」と一蹴されました(笑)。
「ほら、ここがコマを割るところだぞ」先生が“体で教えてくれた”こと
――じゃあ、恋池さんも他の卒業生同様に卒業後も交流が続いて。
恋池 卒業後も漫画を見てもらおうと先生のもとに行ってたんですけど、漫画はもはや口実で、とにかく会いたいなって。作品も見てくれるけど、そこから広がる話とかが楽しかったんです。
――真崎先生は話題も幅広いんですか。
恋池 真崎先生の漫画って独特のコマ割りで、それが心地良いんですけど、だんだん先生の会話が漫画のコマ割りとリンクしてることに気がついて。
たとえば、先生がバーッと話しているのを「うんうん」って大人しく聞いてるんですが、山場にさしかかった時に「『なんで?』って聞いて」って言ってくるんですよ。
――合の手を求める。
恋池 そうそう。「このタイミングで『なんで?』って挟んで」と言われるんですけど、それが漫画のコマ割りのリズムと一緒で、脇役が「それはなんでなの!?」って言うタイミングなんですよ。「ほら、ここがコマを割るところだぞ」って、体で教えてくれてるようでした(笑)。
――先生に会いに行くと、いつもどれぐらいしゃべっていたのですか。
恋池 4時間とか。ほぼ先生が一方的に喋ってるんですけど。
――それはすごいですね。
恋池 学生のときも「漫画のここが分かんないんです」って先生に電話をかけたんですけど、あまりに長電話すぎるから、「お前の先生はおかしいっ!」と、家族から怒られました。
「迷ったら自分の心に聞け」今でも活きている教え
――真崎先生からのアドバイスで、今でも活きている教えってありますか。
恋池 「迷ったら自分の心に聞け」っていうのは一番大事にしてますね。
忙しくて自分を見失った時、その言葉でまた自分を取り戻す感じです。まあ、そもそも先生の介護が多忙を極める根源なのですが(笑)。
――卒業後、真崎先生との関係に変化はあったのでしょうか?
恋池 とにかくずっと、「こんなにたくさんの人を幸せにしてる先生が1人で死んでいくのはおかしいっ! 私が看取る!」と謎の使命感だけはあったんです。
それで卒業後、先生には何も言わず、勝手に先生の家のそばに引っ越しました。
撮影=佐藤亘/文藝春秋
〈「先生には妻子がいた」「妻子がいつ戻ってくるか不安で…」伝説的漫画家と“41歳年の差婚”をした女性漫画家(44)が語る、結婚前に“謎の同居生活”を始めた理由〉へ続く
(平田 裕介)
