旅は嫌いなのに、空港だけは大好きだ。飛行機に乗る予定もないのに、一日中そこで過ごす/カツセマサヒコ
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、羽田空港のレストラン「エアポートグリル&バール」。「旅は嫌い、でも空港は大好き」という著者が、飛行機に乗るわけでもなく、ただ空港を目的地に遊びに行く。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
◆空港を最終目的地にする【羽田空港第1・第2ターミナル駅 エアポートグリル&バール】vol.51
編集プロダクションに所属していた頃、社員旅行が実施されることになった。みんなで「金目鯛が美味しい」と話題の旅館に泊まった。
早速夕飯になり、同僚たちが嬉々として金目鯛を頼むなか、私はどうしてもカレーが食べたくなった。欲に従い、カレーを頼んだ。
すると、宴会場が変な空気になり、社長は「アイツはどうもおかしい」と囁き、同僚たちが「せっかく来たんだから金目鯛にしておきなさいよ」と小声で忠告してきた。
つまり旅とは、食べたいものが食べられなくなり、やりたいことができなくなる一種の拘束プレイなんですか?と、私は反論した。宴会場はもっと変な空気になった。
旅先には大抵、観光名所がある。その土地ならではの名物もある。そして私たちは「せっかく来たんだから」という呪いの言葉を用いて、脅されたようにそれらを網羅しようとする。自由の象徴のように描かれる旅だが、その実態は、私たちから自由を奪おうとする巨悪そのものではないか。だから私は旅を好きになれないのだ。
と、十分に屁理屈をこねてせいせいしたところで、旅は嫌いだけれど空港は大好き、という話をしたい。
人は、ただ当てもなく散歩をすることも多いけれど、大抵はなんらかの理由や目的を持って、移動する。こと空港という場所は、より大きな移動の理由を抱えて訪れる人が多い。
旅に出るのか、故郷に帰るのか、見送るのか、迎えに来たのか。いずれにしてもそこには非日常が集い、日々ドラマが溢れている。
そんな空港で、一日中ぼーっとするのが楽しい。
私は時間管理が得意ではないので、自分が旅に出るとなると、保安検査場への到着時間を逆算しているうちに気持ちがピリピリしてしまい、空港を楽しむ余裕を持てない。
