2026年上半期(1月〜6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事を発表します。家族部門の第3位は、こちら!(初公開日 2026/06/27)。

【画像】「青天の霹靂」子育て終了後にまさかの妊娠をしたhisakoさんの妊娠中の様子と夫と20歳上の子供たちを見る

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 47歳で自然妊娠し、第3子となるレオくんを出産したhisakoさん(51)。約20年ぶりとなる妊娠・出産や“2周目子育て”についてSNSや自身のコミュニティで発信し、高齢出産・育児の当事者から絶大な信頼を得ている。

 思いがけず“高齢妊婦”となったhisakoさんの心の支えになったのは、意外な人物だった。20年ぶりの出産で感じた社会の変化もあったという。


息子のレオくんとhisakoさん

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心の支えは“高齢出産したハリウッドのセレブたち”

――2022年、47歳の時に妊娠されたということですが、ご近所さんの反応はどうでしたか。

hisakoさん(以下、hisako) それが、不思議と誰にもバレなかったんですよ。あの時期はまだコロナのこともあって、あんまり誰も外を歩いてなかったんです。

 私も体型がわからないような服を着たりしてごまかしてましたし、たとえご近所さんが私のお腹に気づいたとしても、まさか妊娠とは思わないじゃないですか(笑)。

――いずれにしてもご本人には言いにくいかもしれないです。

hisako そうなんです。だから、みんな黙っていたんだと思います(笑)。

――高齢出産について「初めは不安だった」とSNSで吐露されていましたが、どんな点が一番不安でしたか。

hisako 不安というよりも、それこそ私、今回こうして取材のお話をいただいて、時代を感じたんですね。

 というのも、私が妊娠した2022年の頃は、高齢出産の事例が本当になくて、日本の方で「高齢出産しました!」っていう体験記を書いている方は1人か2人くらいしかいなくて。

 だから、雑誌の『ELLE』に載っていた、“高齢出産したハリウッドのセレブたち”という特集記事が、唯一の私の心の支えだったんですね。

「楽しいよ」「大丈夫。全然できるよ」っていう言葉がもっと欲しかった

――4年前は日本における高齢出産のロールモデルが少なかったと。

hisako そうなんですよ。で、その『ELLE』に50歳で出産したジャネット・ジャクソンが妊婦姿や赤ちゃんと遊んでいる姿も公開していて、「すごくいいマタニティライフだったし、出産もストレスがなくてよかった。子育てもすごく幸せ」みたいに語っていて。妊娠中、私はジャネット・ジャクソンに支えてもらったんですよ(笑)。

 だけど本当は、ジャネット・ジャクソンみたいなセレブだけじゃなくて、私みたいな普通の女性からの、「高齢で産んだけど楽しいよ」みたいな、「大丈夫。全然できるよ」っていう言葉がもっと欲しかったんです。

――最近では日本でも、冨永愛さんや倖田來未さんが高齢妊娠・出産を発表されていましたね。

hisako 冨永愛さんは上の子が成人してから次の子が産まれるという、我が家と境遇が似ていたこともあって、彼女もきっと楽しんでいるだろうなと思って。

――親近感を感じたり?

hisako めっちゃ感じます。仲間だと思いました(笑)。

不安と同時に、子どもを幸せにできる自信もあった

――お医者さんから何か指導などはありましたか。

hisako 高齢出産の場合、お医者さんにさんざん脅されて、「怖いことをいろいろ聞かされた」みたいな話も聞きますけど、うちのお医者さんの場合、「私47歳ですけど、大丈夫? 分かってます?」というぐらい、そんなことは一言も言わず。ただ、「47歳はうちの病院の最高齢」とは言われました(笑)。

 唯一注意点として、染色体異常の発症率についてはお話があって。高齢出産の場合、「40歳だったら100人に1人の確率ですが、45歳以上だと30人に1人になります」と説明を受けました。

――出生前診断も考えましたか。

hisako 出生前診断はせずに、その時はその時で受け止めようと思っていました。私の場合はですけど、「30人のうち29人は大丈夫なんだ」と楽観的に思えたし、お医者さんからも、「年齢によるリスクは染色体異常以外、そんなにないから」と言われたのもあって、そこまで不安になることはなかったですね。

 何らかの障害や病気の可能性以前に、そもそも高齢すぎるお母さんなので、今後も小学校、中学校と苦労することがあるかもしれないなとも思っていて。

 でも、同時に、子どもを幸せにできる自信もあって。なので、もし染色体異常の子が産まれたとしても、この子を一生懸命育てていこうと心に決めていました。

帝王切開の計画出産で「本当に助かりました」

――では妊娠中は特に高齢ゆえの制約もなく?

hisako そうですね。ただ、私は1人目も2人目も早産気味で、子宮口が柔らかめというのは言われていたので、とにかく横になって、産まれてこないように足を上に上げて安静にして過ごしていました。

 血圧とか血糖値といった数値もすべてよかったですし、体重が増えすぎることもなく、「順調ですね」と言ってもらえていました。この辺はやっぱり、管理栄養士という資格を持っていたのが大きいかなと思います。

――お産はどのように進んでいったのでしょうか。

hisako お医者さんからは「このまま自然分娩で行きましょう」と言われたんですけれども、40歳の時にバセドウ病を発症したことで体力がメチャクチャ落ちてしまって心肺機能がちょっと不安だったこともあり、帝王切開にしてもらいました。なので、計画出産でした。

――体力的なダメージはいかがでしたか。

hisako 上の2人の自然分娩に比べたら全然楽で、本当に助かりました。

 傷口はもちろん痛いんですけれども、私ぐらいの年齢だとどこかしらの臓器を摘出する手術ってそんなに珍しくないので(笑)、それを考えれば、赤ちゃんを取り出すための手術だし、傷口がきれいに治れば元気になれるんだから、そっちのほうがいいというふうな気持ちでした。

産後のお母さんを大事にしてくれるケアに感動

――20年ぶりの妊娠・出産を経てお子さんを初めて見た時の思いは?

hisako もう感無量で、本当に神々しいと思いました。で、お医者さんの手に渡った瞬間から、「もう大丈夫」と。お腹にいる時は私の責任の部分がほとんどですけど、お腹から出してしまった後はみんなの手もありますしね。「もうこれで安心だ」と思いました。

 その後すぐにいろんな検査をしたけれども、ひとつも悪いところはなくて。ますます「ああ、よかった」という感じでした。

――久しぶりの妊娠・出産で新鮮に感じた点や、驚いた変化などはありましたか。

hisako 一番思ったのは、退院の時ですね。退院後の生活について、助産師さんがママたちにレクチャーをしてくれる時間があるんですけど、とにかく産後うつというのがどんなに怖いかというのをちゃんと説明してくれて。

――20年前は、「産後うつ」はあまり心配されていなかった?

hisako そうですね。産後うつについての説明もそうですけど、とにかく産後のお母さんを大事にしてくれることにびっくりして。

 昔はもうちょっとスパルタというか、ほったらかしで「頑張って」って感じだったんですけど、今回は真綿でくるむような感じで大事にケアをしてもらえて感動しました。

パパの参加率の高さにびっくり

――産後はすぐに授乳もはじまって大変かと思いますが、いかがでしたか。

hisako さすがにおっぱいは出ないと思ったんですけど、なんと、出たんですよ。でも、きっと私の母乳じゃ栄養がうっすいだろうと思って、ミルクを足していたんですね。そうしたら健診で、「体重が増えすぎているのでミルクはやめてください」と言われまして(笑)。

――加齢で母乳の栄養が薄まっているのでは、という思いがあったんですね。

hisako そうなんです。で、ミルクをやめて完全母乳にしたらまたどんどん出るようになって。なんと、50歳と10カ月まで出ました。

 あ、これもまたビックリしたんですけれども、「卒乳」とか「断乳」という言葉も一回も言われなくて。子どもには結局、2歳10カ月までおっぱいをあげました。

――昔は卒乳、断乳の基準があったんですね。

hisako そうですね。オムツを卒業するトイトレ(トイレトレーニング)も、昔は早くオムツを取らないと失格みたいな雰囲気があったんですけど、今はもうそんなことなくて、わりと個人のペースで無理なくね、という感じだったので、助かるなあって思いました。

 でも、やっぱり一番の違いは、パパの参加率の高さですね。イオンの授乳室とかに行くと、パパがミルクを作っているのが結構当たり前に見られるので。それがやっぱり一番ビックリ仰天でした。

――上のお子さん2人の育児に、夫はあまり参加しなかった?

hisako 全然ないですよ。それは今もですけど。そこは昭和の50代の男なので全然変わらないです。

――「あなたももっと子育てやってよ!」とはならない?

hisako 全然求めないですね。育休も取らなくていいって言ったんです。夫にいられると手がかかって逆に大変だから、それよりも働いてきて、っていう。そこは私も昔の女なんですね。

――20年ぶりに妊娠したことで、周りから「仲がいいのね」と言われるとSNSで書いてありましたが。

hisako むしろ、40代は本当に最悪だったんです。まさに離婚寸前で、子どもができなかったら今頃は単身で沖縄に住んでいるはずでした。

(小泉 なつみ)