じつは、いまの「古典コンピュータ」に、これ以上の「性能向上は望めない」…「量子コンピュータ」が産業革命以来のインパクトになると「予言」されている、納得の理由

写真拡大 (全4枚)

「膨大な量の情報を抽出して瞬時に結果を導き出す」タスクには長けているAIにも、「限界」があります。

前回の記事では、2018年の全米オープンテニスの女子決勝、大坂なおみとセリーナ・ウィリアムズの対戦を例に、AIを採用することで生じるメリットが数多く存在することを確認しました。しかし、現実的にはきわめて大きな問題が立ちふさがることがあるといいます。

筑波大学計算科学研究センター准教授の小泉裕康さんが、「量子コンピュータとはなにか」をテーマに、現在の「古典コンピュータ」をエンジンとするAIの限界と、それをはるかに凌(しの)ぐ「量子コンピュータ」の処理能力についてわかりやすく説明する特別連載。

第2回は、AIを採用することで大きな問題となる「フレーム問題」とはなにか、現在のAIを基盤とする「古典コンピュータ」の限界と、進展する「量子コンピュータ」について解説します。

「人間をAIが代替する」限界

前回の記事で述べたように、AIを採用することでメリットの生じる分野は数多く存在します。

しかし、現実的な諸課題にAIを適用しようとすると、「フレーム問題」とよばれる、きわめて大きな問題が立ちふさがることがあります。

「フレーム問題」とは、ごく簡単に言えば、「あるタスク(仕事や任務)を実行するときに、どこまでの範囲をそのタスクに関係のあることとして含めるか」という問題です。タスクに関連するものの枠組み=「フレーム(frame)」を決める問題であることから、フレーム問題とよばれています。

ワトソンによるテニスのハイライト動画で生じていた違和感も、フレーム問題の一つと考えられます。AIにとっては、選手と主審のやりとりやそれに対する観客の反応、会場の雰囲気などは、試合に関係のないもの=「枠組みの外」として、フレーム外にあったと考えられるからです。

タスクの処理時間には制約があり(私たちは機械にスピードを求めます)、また、AI自身の処理能力にも限界があることから、「何をタスクに関係のあることとして含めるか」には当然、制限がつきます。

求められるタスクは、制限時間内に、かつAIの有限の処理能力に収まる範囲で遂行される必要があるので、なんでもかんでもフレームの中に入れることはできません。重要な要素を取捨選択して、フレーム内に入れることになります。

チェスや将棋、囲碁などで、AIがプロに勝つレベルまで到達したことが話題になりましたが、これが可能になった理由として、AIの学習法やコンピュータの処理能力の進歩とともに、「ボードゲームで勝つ」というタスクが、「何をタスクに関係のある重要なものとしてフレームに含めれば良いかが明確である」ことも重要なポイントになっています。

対照的に、現実社会における各種のタスクでは、何をそのタスクに関係のある重要なこととして含めるかが明確でないケースがほとんどです。

また、一つの大きなタスクが、時々刻々と変化する複数の小さなタスクから構成されていて、個々のタスクに対して、何をタスクに関係のあることとして含めるかをとっさに判断するような状況も珍しくありません。

AIにとってフレーム問題は、非常に高いハードルとなっているのです。

「量子コンピュータ」への期待

フレーム問題の解決は、現時点で最高性能を誇るコンピュータをもってしても難しいと考えられています。ならば、「現在のコンピュータをさらに高性能にしていけばいいじゃないか」と考えてしまいますが、それも難しいのが現状です。

なぜなら、AIに使用されている現在のコンピュータの性能向上に、陰りが見えはじめているからです。

AI向けの半導体などを設計・開発するエヌビディア(NVIDIA)のCEO、ジェンスン・フアン氏は2017年6月、アカデミック界で長年ささやかれてきた「ムーアの法則は終わった」という説について言及しました。

ムーアの法則とは、世界最大手の半導体素子メーカー、インテル(Intel)の共同設立者であるゴードン・ムーア氏が、1965年に「トランジスタの微細化は非常に速く進み、集積度は毎年倍増していく」と提唱したことから生まれた法則です。この法則は1975年、微細化の速度は「2年ごとに2倍になる」と変更されました。

「ムーアの法則は終わった」ということはすなわち、トランジスタの微細化による性能の向上が終焉を迎えつつあることを意味します。

いわば「頭打ち」を迎えた現在のコンピュータを超える存在として注目を集めているのが「量子コンピュータ」です。

量子コンピュータは、古典物理学を超えた量子力学の原理を使ったコンピュータであり、その意味で古典物理学の範囲にとどまる現在のコンピュータは「古典コンピュータ」とよばれています。

「量子超越性」時代の到来

フアン氏がムーアの法則の終焉に言及した2017年は、じつは量子コンピュータの発展にとっても一つの画期となる年でした。量子コンピュータの試作機の性能が向上し、「量子超越性」時代の到来を予感させる出来事が起こったからです。

「量子超越性」とは、量子コンピュータが古典コンピュータの能力を超える優越性をもつことを指します。つまり、古典コンピュータには不可能な計算を、量子コンピュータがおこなえるようになることを意味しています。

この量子超越性は、一度にあらゆる計算について起こるのではなく、ある特定の計算に関して起こります。2017年に起こった超越性は、メモリー空間に関するものでした。メモリー空間とは、コンピュータがデータやプログラムの読み書きをおこなうために用いる全記憶領域を指します。

なお、ここでの優越性は、現実的な計算ではなく、理論上の話です。

「量子ビット」と「古典ビット」

古典コンピュータでは、情報の単位として「ビット(古典ビット)」を使います。1ビットは、「0」か「1」のいずれかの値を情報として担っています。古典コンピュータにおける情報は、この0または1を有限個並べたもので表現され、「デジタル情報」とよばれます。

これに対し、量子コンピュータでは情報の単位として「量子ビット」を用います。1量子ビットは、古典ビットとは異なり、0/1のいずれかの値ではなく、両者を重ね合わせたものとして情報を担います。

ここで「重ね合わせ」とは、量子力学に登場する「重ね合わせ状態」における重ね合わせです。重ね合わせ状態は、量子コンピュータを理解するうえで重要な概念ですので、本稿とは別の機会に詳しく説明したいと思います。

量子ビットでは、古典ビットに比べ、保持する情報量が格段に増加します。量子ビット数がn個の量子コンピュータでは、理論的な目安として2のn乗(2n)のメモリー空間を利用できると考えます。この目安を使うと、n=50程度で、現在の最高性能のスーパーコンピュータで利用できるメモリー空間を実現できることになります。

IBMは2017年11月、50量子ビットを搭載した量子コンピュータの試作機を発表しましたが、これが先ほど述べた、量子コンピュータの発展にとって一つの画期となる2017年の出来事でした。

50量子ビットは、理論的な数字の上では、量子コンピュータのメモリー空間の大きさと、現在の最高性能のスーパーコンピュータで利用できるメモリー空間の大きさが並んだことを意味します。

量子コンピュータの進歩は目覚ましく、2023年には、アトムコンピューティング(Atom computing)*の量子コンピュータが初めて1000量子ビットの壁を越え、1180個の量子ビットをもつにいたりました。

量子コンピュータには「エラー耐性(量子誤り訂正)」という機能をもつことが必須ですが、同じく2023年の暮れには、エラー耐性を備えた48個の論理量子ビットをもつ量子コンピュータが、クエラ・コンピューティング(QuEra computing)*によって達成されました。エラー耐性をある程度備えたことにより、計算結果に一定の信頼性が担保されることになります。

*アトムコンピューティング、クエラ・コンピューティング、ともに量子コンピュータ開発企業

量子コンピュータが「産業革命以来の社会構造の変化」を起こす

ここまでにみたように、メモリー空間に関しては、量子コンピュータが古典コンピュータに対して優越性をもつ時代になってきています。

メモリー空間に関して量子超越性が確立されれば、古典コンピュータではメモリー不足を理由に諦めていた計算が、量子コンピュータでは可能になるということが、近い将来に実現されると期待されます。

いまだ実用的な計算ではありませんが、2024年の暮れには、グーグルが量子計算用のチップを発表し、現在の世界最速のスーパーコンピュータでも10の24乗年もかかる問題を、わずか5分で解決したという結果を報告しています。

今後、費用対効果などの現実的な課題を克服し、量子コンピュータが実生活に影響を与えるようになるのも遠くない未来のことでしょう。

それが実現したときには、産業革命以来の大きな社会の構造変化が起こると考える歴史学者もいます。

日進月歩で進化を続ける量子コンピュータは、「産業革命以来の大きな社会の構造変化」を引き起こすとさえ言われています。

【続きを読む】残念ながら「古典コンピュータでは、理解できない」…心という「不思議な存在」。量子コンピュータなら「説明できる可能性を秘めている」と言われるわけ