《令和にレディースが微増》「特攻服は刺繍だけで8万円」「『いつ死んでもいい』と思っていた」元レディース総長が明かした“レディース結成が埋めた心の隙間”
1980年代から2000年代にかけて勢いのあった「暴走族」。しばらく減少傾向が続いていたが、令和7年版『警察白書』で暴走族の勢力と動向の推移(令和2年〜令和6年)を参照すると、暴走族のグループ数は113から116、総人員は4505人から4483人へとほぼ横ばい。
【写真を見る】16歳でレディース暴走族「貴族院女族」結成を立ち上げたかおりさん。二児の母になった姿も
底を打ったと見ることもできるかもしれないが、この数字以上に、いまなぜか存在感が増している。SNSでの"映え"を目的とした危険運転や、グループ同士の"抗争"の際に凶器準備集合の疑いで逮捕者が続出するなど、近年、彼らの問題行動が報じられることも多い。
そして、総人員のうち女性、いわゆる「レディース」の数が197人から271人に増えているのだ。
かおりさんはかつてレディース総長を"張って"おり、現在はメディアで当時の経験談を話すこともある。親しみやすいキャラクターが愛されているが、その幼少期は孤独で壮絶だ。30年以上、「いつ死んでもいい」と思っていたという。
ケンカに明け暮れ、一時は地元を離れてスナックで働いていたかおりさんは、なぜレディース暴走族「女族」を立ち上げたのか。その時、かおりさんの心を埋めたものは何だったのか──。
『「いつ死んでもいい」本気で思ってた…』(大洋図書)より、一部抜粋して再構成する(全3回の第1回)。
レディース暴走族「女族」を立ち上げる
古河のスナックで働きだしてから、地元・小山に行くこともなくなっていた。何人かの仲間とは連絡はしていたが、ふと自分の目で見たくなって約半年ぶりにたまり場に行ってみた。
小山はだいぶ変わってしまっていた。シンナー、男、ケンカ。さまざまな理由で仲間たちはバラバラになっていた。なんかつまらない。昔はあんなに楽しかったのに……。たった半年でみんなすっかり変わってしまったことが寂しくて悲しかった。
そのことをなみ先輩に相談した。
「かおり、レディースを作ってみれば?」
「え、レディースですか?」
衝撃的な提案だった。自分では考えたこともなかった。でも、なみ先輩の提案を聞いてすぐに「そうだレディースを作ろう!」と決断した。さっそく小山のタメ、1こ下、2こ下を集めた。
「ねぇ、レディースやろうよ」
「いいよ、やろうやろう」
仲間たちはみんな快く賛成してくれた。まず決めるのは特攻服の色だ。
「特攻服は黒がいい!」
私がこう提案したところ、
「え! ダサいよ、白にしようよ」
「黒の方が硬派でいいじゃん」
誰も黒に賛同してくれない……。
「じゃ、かおりだけ黒でいいじゃん」
「うん、そうするよ。1こ下、2こ下はどうする?」
「私たちは紫がいいス」
あっという間に特攻服の色は決まり、あとはチーム名。
「男の族は北関東硬派連盟貴族院・神風連。同じ小山だし、私たちは女の族だから"北関東硬派連盟貴族院・女族(じょぞく)"はどう?」
「いいね! かっこいい」
当時、母が古河市に家を建て、私たちはそこに引っ越しをしたばかりだった。新築の和室に集まった総勢20名ほどの仲間たちとともに、こうして「北関東硬派連盟貴族院・女族」が結成された。
3つのルールと刺繍だけで8万円の特攻服
ルールは「シンナー厳禁」「特定の彼氏以外厳禁」「捕まって、仲間を売るのは厳禁」。
「頭どうする? 誰がやるん?」
「かおりが言い出したんだから、かおりでしょ」
「うん、頭やる。やりたい」
こんな軽い感じで役割が決まっていった。
「じゃ、1か月後までに特攻服を作り上げるように」と、最初の号令をかけた。中学時代からなじみのショップ「KEN」で、すぐに特攻服を作ってもらった。みんな、刺繍で言葉を入れたり、定番のバラの刺繍を入れたりしてもらってた。
私は、あえてシンプルに特攻服の裾にファイヤーパターンをいれた。私には言葉などいらない、生き様が言葉になる。そんな恰好をつけた私だった。刺繍だけで総額8万円かかったと思う。
小さい時にかわいがってくれたTおじさんが日本に引っ越してきていた。おじさんは相変わらずバイクが好きで、ヤマハRZ250に乗っていた。それを私が譲りうけることになった。もちろん単車の免許を取ってからの約束だったが、どうせ捕まったら免パー(免許取り消し)だし、内緒で乗り回していた。
RZはほとんどイジってなかったから、集会にはたまり場にあった原チャリで出ていた。月2回ほど市内を流した。
国道を走っていると、トラックから嫌がらせを受けたりもした。ワンカップの瓶やゴミが飛んできたり、幅寄せされたり。それはそれでスリルがあって面白かった。特におまわりに追いかけられる時にはみんなで一目散に逃げる。そしてたまり場に集まって朝まで騒いだ。
こうして仲間たちとまた一緒にいられることが嬉しくて、楽しかった。
(第2回につづく)
【プロフィール】
かおり/1974年3月3日、台湾・台北市生まれ。幼少期に両親が離婚、出稼ぎで日本に渡った母を追いかけるも母との生活は叶わず非行の道へ。16歳でレディース暴走族「貴族院女族」結成。雑誌『ティーンズロード』掲載がきっかけで、18歳でレディースを卒業後芸能界デビュー。その後結婚したが夫のDVにより離婚、女手ひとつで2人の子を育てた。2022年には初孫も誕生。TikTok:https://www.tiktok.com/@motoredisu.kaori
