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「凄い車歴なんですね!」

最近、私のプロフィールを見た方から「凄い車歴なんですね!」と言われた。念のためここにも記しておくと、『左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主』という部分である。ということで今回は、これまで自分が所有してきたイタリア車の話をしたい。

【画像】新車で購入して今年で20年!筆者が所有する『ランチア・イプシロン・モモデザイン』 全26枚

最初に所有したのは、大学時代に購入した『フィアット・ウーノ・ターボ』。その話は当コラム#33の『フィアット・ウーノ・ターボ40周年に、その愛を語ろう!』で書かせて頂いたので割愛するが、あまりに壮絶な壊れ方に心が折れて、今度は新車を……と購入したのが、マーレブルーメタリックの『フィアット・バルケッタ』であった。


筆者が所有する『ランチア・イプシロン・モモデザイン』。2006年に新車で購入し、今年で20年となる(2016年に撮影)。    平井大介

この時は既にネコ・パブリッシングに入社し、カー・マガジン編集部に所属していた。そして配属から1年半後、人手が足りなかったスーパーカー雑誌のROSSO編集部に異動となるのだが、当時のカー・マガジン編集長から言われた言葉が忘れられない。

「他にも候補はいたんだけど、ヒライ君は新車のバルケッタに乗っているから、ちょうどいいんじゃないかって」

つまり、バルケッタも趣味性の高いクルマではあるけれど、全員が旧車乗りという状態だった当時のカー・マガジン編集部内では濃度が低かったわけだ。しかしROSSO編集部には、2014年にカー・マガジン編集部へ復帰するまで10年以上所属することになり、そのうち3年は編集長まで担当するのだから、運命を左右したという意味でもバルケッタを選んでよかったと思っている。

しかし、クルマで人選するとは……。いかにも昔のネコ・パブリッシングらしい話ではある。

2006年に新車で購入して今年で20年

バルケッタはもちろん素晴らしいクルマであったが、5年くらい乗って、欲しがっていた後輩に譲ることになった。その後は、取材で乗って感動したレースモディファイ済みのランチア・デルタ・インテグラーレ16Vをそのまま購入。当時は年間4戦展開していたデルタカップにも参戦したが、数年だけの所有となったデルタの話は長くなりそうなので今回は割愛する。

さて2006年に新車で購入したのが、現在も所有する『ランチア・イプシロン・モモデザイン』だ。これもデルタと同じパターンで、ガレーヂ伊太利屋が輸入した車両を取材した際にひと目惚れし購入を決意した。実際に購入したのは別の個体で、納車されたのは2006年4月28日のこと。そう、今年でちょうど20年になる。


2006年4月28日、納車時の写真。現在とは別の場所にあったガレーヂ伊太利屋にて。    平井大介

20年のうち、最初の5年は取材車を抱えていることが多く、ほとんど乗ることがなかった。ROSSO 2008年6月号に掲載されているロングタームテストの第1回を読み返すと、購入2年で2387kmしか乗っていないと記している。

ちなみにこのテストは、スーパーカー雑誌でコンパクトカーであるイプシロンをレポートするという言わば公私混同企画で、しかも途中から後期モデルの『イプシロン・モモデザイン・スポーツ』をガレーヂ伊太利屋からお借りして、前期&後期イプシロンを同時にレポートするという、我ながら、超変態ページも作っていた。

そして購入から5年後くらいからは取材の足として使用するようになり、約2年前には走行距離10万kmを突破した。

通称『ヨロヨロ号』がますますヨロヨロに

2年前となる2024年夏に、筆者は都内から静岡県東部に移住。ほぼ同じタイミングでAUTOCAR JAPANへと移籍し現在へ至る。そこで考えたのが、イプシロンをどうするかであった。

ちなみにドア枠の『MOMO』ステッカーが縦方向に貼られていて、それが片仮名の『ヨロヨロ』と読めてしまうことから通称『ヨロヨロ号』と呼ばれているのだが、さすがに片道約120kmある都内との往復で酷使すると、ますますヨロヨロしてしまいそうだ。


『MOMO』ステッカーが片仮名の『ヨロヨロ』と読めてしまうことから、通称『ヨロヨロ号』と呼ばれている。    平井大介

エンジンは1.2L直列4気筒自然吸気で、5速マニュアルを駆使すれば時速30km/hでも楽しいものの、高速道路ではさすがに排気量不足が露呈する。また、近年の酷暑に対して、エアコンの効き方も心もとなく感じるようになっていた。

そこでイプシロンでは遠出せず、近所でだけ乗ることとした。現在住んでいる借家は、昔は農機具を置いていたと思われる屋根下にクルマを置くことができるうえ、昨年夏には劣化が激しかったラッパーズのボディカバーも新調し、カバーをかけたままの状態に。

実は移住前に、都内のリテーラーショップで内外装のリフレッシュを行っており、そうなるとボディを汚したくないという気持ちが強くなり、多忙もあってほとんど乗らなくなってしまった。まるで、大事に保管しているクラシックカーのように。

完全にバッテリーが上がる

しかし、それ自体は問題ないと思っているのだが、当然の結果として、今年の正月に乗ろうとしたらドアロックのリモコンすら反応せず、完全にバッテリーが上がっていた。

そこで購入したのが、シーテックのバッテリーチャージャー&メンテナーだ。幸い、近くにAC電源もあるので半分ダメ元で試したところ、無事復活。近所でテスト走行もでき、それ以来、たまに充電するようにしていた。さらにタイヤの空気圧チェッカーと充填機も購入。次の走行に備えていた。


今年の正月、バッテリーが上がった時の様子。急きょシーテックのバッテリーチャージャー&メンテナーを購入し復活した。    平井大介

さて、最後に充電し梅雨に備えて湿気とりを室内に置いてから、2ヵ月ほどが経過している。もちろん梅雨はとっくに明けている。本稿はとある日の夜に書いているので、明日の朝、久しぶりに様子を見てみようと思う。

……毎度ながら、また長くなってしまいました。明日の朝どうなったかと、そもそもなぜ『左ハンドル+マニュアルのイタリア車』なのかという話は、次回に続きます。