(※写真はイメージです/PIXTA)

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配偶者を亡くし、年金収入が激減して生活苦に陥る高齢者は少なくありません。しかし、助けの手を差し伸べた息子の同居の提案を、72歳の女性はあえて断りました。なぜ彼女は子どもを頼らず「月3万円台の団地」を選んだのか? トータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が、老後の住まいの選択肢や固定費を見直す考え方について解説します。 

「一緒に住もうか?」息子の優しい提案を断った日

「お母さん、うちに来ない? 部屋も空いているし」

東海地方の小さな町で暮らす内藤早苗さん(仮名・72歳)に、隣町に住む長男の翔太さん(45歳)からかけられた優しい言葉。

翔太さんの家は広い持ち家戸建て。昔、共働きだった息子夫婦の子育てを手伝っていたこともあり、義理の娘や高校生・中学生の孫との関係も良好です。

部屋数にも余裕があり、同居すれば毎月7万5,000円かかっていた家賃負担はほぼゼロになります。賑やかな家族と暮らせる安心感もあり、一見すると「それが一番では」と思う提案でした。

しかし、早苗さんは息子からの提案に即答できませんでした。それから行動を起こし、最終的にはこう断ったのです。

「ありがとう。でも私は団地でいいの」

夫の死後、年金収入激減で苦しい生活に

遡ること3年前。早苗さんは夫を病気で亡くしました。

夫は会社員として40年以上働き、生前は夫婦あわせて毎月約25万円(夫:約17万円、早苗さん:約8万円)の年金を受け取っていました。しかし、夫の死後、その収入は激減します。

早苗さん自身はパート経験があり、自身の老齢基礎年金と老齢厚生年金は合わせて月約8万円。遺族厚生年金月約5万円が加わったものの、毎月の収入は約13万円にとどまりました。

「夫の年金の大半をそのまま受け取れると思っていたので、正直こんなに少ないとは思いませんでした」

遺族年金は、亡くなった人が受け取っていた年金額がそのまま支給される制度ではありません。また、受給要件や金額は、加入していた年金制度や家族構成などによって異なります。遺族厚生年金は一定の計算式で算出され、自身の老齢厚生年金との調整も行われるため、想像より少ないと感じる人もいます(日本年金機構ホームページより)。

一方で、毎月の支出は16万円を超えていました。

【毎月の支出イメージ】


・家賃:75,000円

・光熱費:15,000円

・食費:35,000円

・通信費:8,000円

・医療費:10,000円

・その他日用品など:20,000円

合計16万3,000円

節約を心掛けていましたが、毎月3万円以上の赤字です。なかでも負担が大きかったのが、ファミリータイプの賃貸マンションの家賃。貯蓄は約450万円と元々十分とはいえない金額ながら、夫が生きている間は「年金で足りているから」と危機感はそれほどありませんでした。

しかし、不足分を貯蓄を取り崩し続ける日々に、早苗さんの不安は増していくばかり。そんな時に差し伸べられたのが、長男の同居の提案だったのです。

差し伸べられた手を掴まなかった理由

息子からの提案に迷ったのには、理由がありました。

「いくら関係性が良くても、息子夫婦には息子夫婦の暮らしがあります。気を遣わせたくないし、私も遠慮しながら生活したくありません」

生活時間の違い、家事の分担、孫の受験、食事の好み……。最初はうまくいっても、小さな気遣いが積み重なれば、お互いに負担になることがあります。同居には生活費を抑えられるメリットがある一方で、家族だからこそ距離感が難しくなることも少なくありません。

「でも、このままでは遅かれ早かれ貯金が尽きて、結局息子夫婦に迷惑をかけることになるかもしれない。だから、行動しなきゃと思ったんです」

早苗さんは、支出のネックになっている家賃をどうにかしたいと考えました。しかし、高齢者の賃貸探しは保証人や孤独死リスクの壁があると知り、市役所に足を運んで相談することに。すると、所得などの条件を満たしていたため、公営住宅へ申し込めることが分かりました。

早苗さんはさっそく抽選に応募し、築年数は古いものの、家賃3万2,000円の団地へ入居が決まったのです。

転居後の毎月の支出は約12万円まで減少しました。年金収入だけで生活費をほぼ賄えるようになり、貯蓄を取り崩すペースも大きく改善。団地では自然と顔見知りも増え、地域とのつながりもできたといいます。

「古くても十分。窓から緑が見えるし、近所にも同年代の人がいて安心です。この先、困ったときは息子に頼らざるを得ないこともあるかもしれません。でも、元気なうちは自分で暮らしたいんです」

【専門家の視点】「同居するか」ではなく「家計が続くか」で考える

総務省「令和5年住宅・土地統計調査」によると、65歳以上の世帯員がいる主世帯は2,375万世帯に上り、そのうち高齢単身世帯は761万7,000世帯、32.1%を占めています。高齢者のいる世帯のうち、3世帯に1世帯近くが一人暮らしという計算で、割合は過去最高となりました。高齢になったからといって、必ずしも家族と同居する時代ではなくなっているのです。

老後の住まい選びにおいて大切なのは、家賃が高いから同居するという消極的な理由ではなく、今の収入で無理なく暮らし続けられるかという視点です。

子どもから同居を提案されると、「断るのは申し訳ない」と感じる人も少なくありません。しかし、同居は家賃負担を軽減できる一方で、生活リズムや価値観の違いによるストレスが生じることもあります。

早苗さんは息子の申し出を断りましたが、それは家族を拒絶したわけではありません。「困ったら助けてもらう。でも、元気なうちは自分で暮らしたい」。その思いを実現するために選んだのが、公営住宅への住み替えでした。高齢で民間では住み替えが容易ではない場合にも、公営住宅は有力な選択肢になります。

ただし、公営住宅は、自治体ごとに収入基準などの入居条件が設けられています。応募者が多い地域では抽選となることもありますが、条件に当てはまるなら検討する価値はあります。また、公営住宅以外にも、サービス付き高齢者向け住宅や自治体の住まい相談窓口などがあります。家計や住まいに不安を感じたら、早めに自治体へ相談してみるとよいでしょう。

老後の住まい選びに正解はありません。同居も、公営住宅への住み替えも、それぞれにメリット・デメリットがあります。大切なのは、自分が安心して暮らし続けられる住まいを選ぶことです。収入や支出、健康状態、家族との距離感を踏まえ、自分らしい暮らし方を考えていきましょう。

 

新井智美
トータルマネーコンサルタント
CFP®