親日派の“ひ孫”女優が叩かれるのも納得? 「独立運動をすれば3代が苦しむ」韓国のもう一方の家族史
韓国では、しばしばこんな言葉が語られてきた。
例えば昨年6月、李在明(イ・ジェミョン)大統領自身が「顕忠日」の追悼辞でこの言葉に触れ、「独立運動をすれば3代が苦しみ、親日をすれば3代が栄えるという言葉は、もう消えなければならない」と語っている。
それから1年余り。女優ハヨンの曽祖父をめぐる騒動によって、この言葉が持つ意味を改めて考えさせる出来事が起きている。
ハヨンはバラエティ番組などで「4代続く医師家系」であることを明かし、曽祖父が日本で西洋医学を学び、帰国後に医院を開いた人物だと紹介していた。
ところが、その曽祖父とされる医師アン・サンホについて、1916年に設立された大正親睦会(当時の親日団体とされる組織)の評議員名簿に名前が掲載されていた記録などが注目され、“親日”をめぐる議論が拡大した。
所属事務所は当初「事実無根」と否定したが、その後、関連記録の存在を確認したとして説明を訂正。ハヨン自身も謝罪文を公開し、「曽祖父について家族の誇りであるかのように話してきた」と振り返った。
それでも騒動は収まっていない。

そんななか、まったく反対側の家族史を持つ人物が声を上げた。
独立運動家のひ孫が明かした「貧しさ」元アナウンサーでタレントのクァク・ミンソンだ。
彼女の曽祖父クァク・ビョンドは独立運動家で、1912年からソウルや京畿、忠清地域で独立運動の軍資金を集め、1919年以降も活動を続けた。韓国政府は2000年、その功績をたたえて建国勲章愛族章を追叙している。
クァク・ミンソンは今回の騒動が続くなか、8月14日に自身のSNSで曽祖父について語った。

彼女は「私の曽祖父は全財産を軍資金につぎ込みながら独立運動を続け、投獄された。その後、残された家族も財産を没収され、日本統治下で監視や弾圧を受けた」と述べた。
さらに「幼いころには祖父母がなぜ貧しく、父親の負担のような存在になっているのかと思ったことさえあった」と明かしている。
もちろん、子どもだった彼女にその背景がわかるはずもない。だが成長するにつれ、その貧しさの背景に、独立運動へ身を投じた曽祖父と、その後を生きた家族の歴史があったことを知った。
クァク・ミンソンは特定の人物を名指ししてはいない。ただ、「ある人の子孫が曽祖父を誇らしく語ったという話を聞き、悲痛で胸が詰まった」という趣旨の心境を記しており、ハヨン騒動を念頭に置いた発言と受け止められている。
ここで、李大統領が口にした言葉が重なる。
この表現が韓国社会で長く残ってきた背景には、単なる歴史上の善悪だけではなく、独立運動に身を投じたことで財産や生活基盤を失い、その影響が家族にまで及んだという記憶がある。
クァク・ミンソンの家族史は、その一例として見ることができる。
日本で育った独立運動家の子孫もう一人、象徴的な人物がいる。2024年のパリ五輪で話題を集めた柔道韓国代表のホ・ミミだ。

もともと東京で生まれ育ったホ・ミミは、韓国人の父と日本人の母を持つ。日本柔道界でも将来を期待されていたが、祖母が生前に残した「韓国代表としてオリンピックに出てほしい」という言葉を受け、韓国へ渡った。
その後、日本国籍を放棄し、韓国代表として2024年パリ五輪に出場。女子57キロ級で銀メダル、混合団体で銅メダルを獲得した。
そして帰国後、真っ先に向かったのが、独立運動家だった玄祖父(5代前の先祖)ホ・ソクの記念碑だった。
ホ・ソクは1918年、抗日ビラを貼ったことで逮捕され、獄中生活を送った人物で、1991年に建国勲章愛国章を追叙されている。
ホ・ミミは記念碑の前にオリンピックのメダルを捧げ、「まずここに来て見せたかった」と語った。
クァク・ミンソンが語ったのが、独立運動によって家族に残った「貧しさ」の記憶だとすれば、ホ・ミミが見せたのは、何世代もたってなお受け継がれる「誇り」の形だった。
当時、韓国メディアは「誇らしい韓国人」とホ・ミミを称えた。
なぜ祖先の歴史が今も重いのかここまで見ると、ハヨン騒動に対する韓国社会の反応も、少し違って見えてくる。
日本では今回の騒動について、「会ったこともない曽祖父の行動でひ孫まで批判するのは、現代版の連座制ではないか」とする論調も出た。
それに対し、誠信(ソンシン)女子大学のソ・ギョンドク教授は、日本メディアがそのような批判をする資格があるのかと強く反発している。
もちろん、祖先が何をしたかによって、現在を生きる子孫の人格や責任まで決めつけてよいわけではない。独立運動家の子孫だから立派で、“親日派”とされた人物の子孫だから責任を負うべきだ、という話でもないだろう。
ただ、なぜ韓国で祖先の歴史がこれほど現在の子孫と結びついて語られるのかを考えるなら、「親日派の子孫」だけを見ても、その全体像は掴めない。
反対側には、独立運動によって財産や生活基盤を失い、その代償を家族まで背負ったという記憶がある。
そして、その記憶は単なる昔話として消えたわけではない。

だからこそ韓国では、「独立運動をすれば3代が苦しみ、親日をすれば3代が栄える」という言葉が、大統領の追悼辞にまで登場するのだろう。
ハヨン自身も謝罪文のなかで、今後は歴史を深く学び、「独立有功者の方々や、我が国の解放と安寧のために尽力してくださったすべての方々に敬意を払い、その思いを行動で示したい」と記している。
ハヨン騒動を「80年以上前のことを、なぜひ孫にまで問うのか」という視点だけで見ると、理解できない部分が残る。その反対側で、80年以上前の独立運動による犠牲を、今も自分たちの家族史として記憶している人々がいるからだ。
「独立運動をすれば3代が苦しむ」という言葉が本当に過去のものになる日は来るのか。
ハヨンをめぐる今回の騒動は、“親日派”の子孫だけではなく、独立運動家の子孫が受け継いできたものにも目を向けて初めて見えてくる、韓国のもう一つの歴史を映している。

