終戦81年目の夏に明かされた「火垂るの墓」創作秘話――アニメ界の巨人「高畑勲」の自宅で発見された“幻の脚本”に迫る
81年目の夏がやってきた。今年もNetflixで、アニメーション映画「火垂るの墓」(高畑勲監督、1988年)が配信されている。神戸大空襲で戦災孤児となった幼い兄妹の、あまりに哀しい“最期”を描き、「二度と観たくない傑作」とまで呼ばれた名作である。
この映画の製作過程の裏側を、新発見資料をもとに描いたノンフィクションが話題となっている。NHKディレクターの寺越陽子さんによる『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く』(新潮社刊)だ。本書は、第25回(2026年度)新潮ドキュメント賞の候補作品でもある(選考結果は8月28日発表予定)。
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別人が書いた「幻の脚本」があった
NHKのETV特集「火垂るの墓と高畑勲と7冊のノート」は、2025年8月2日に放送された。高畑勲監督(1935〜2018)の没後、自宅から発見された、7冊のノートをもとに創作過程を検証し、さらに高畑監督の思いをともに仕事をした関係者が語るドキュメントで、大きな話題となった。

ノートには、〈F清太〉なる不思議な人名が書かれていた。劇中の兄の名はたしかに「清太」だが、〈F〉とは? これは〈Fantôme〉で、フランス語の「幽霊」ではないか――早稲田大学の細馬宏通教授が分析する(高畑監督は東京大学の仏文科卒業)。そういえば、この映画は「昭和20年9月21日夜、ぼくは死んだ」ではじまる(高畑監督の演出メモ)。原作は「清太は死んだ」だ。つまりこの映画は、清太の幽霊の視点で描かれている……。
さらに番組では、高畑監督自身が講演で、岡山空襲を語る映像が挟まれる。このときの体験が、神戸大空襲のシーンにそのまま生かされたていたことなども、映画のシーンを引用しながら細かく検証されていた。
そんなETV特集を、ディレクターの寺越さん自身があらためて綴ったのが、本書――なのだが、これが単純な書籍化ではない。実は、番組で盛り込めなかった多くの資料、証言が含まれているほか、番組放映後に新たに発見された事実も書かれているのだ。
そのひとつが、「幻の脚本」である。
〈手書きで綴られた原稿用紙114枚に及ぶそのシナリオは、高畑さんの自宅のガレージに遺された膨大な資料の中から、7冊のノートとともに発見されていた。
タイトルも署名も記されておらず、これまで存在すら公にされていなかった、映画の「幻の脚本」。ここに清太の幽霊はでてこない。
(略)これを書いたのは2016年に亡くなった脚本家、深沢一夫さん。〔太陽の王子 ホルスの大冒険〕やテレビシリーズ〔母をたずねて三千里〕など、高畑さんの初期の名作をともにつくり上げた人物だ。〉(本書より)
深沢さんはテレビドラマ脚本の仕事が多かったが、ほかにアニメーションでは、手塚治虫原案の「千夜一夜物語」(山本暎一監督、1969年)なども手がけている。残念ながら、この「幻の脚本」にまつわる詳細は不明だが、こちらには「清太の幽霊」は、出てこない。関連資料から推察するに、深沢氏の降板を受けて、高畑監督自身が脚本を再構築するまで、たった1か月だったようである。著者は、野坂昭如原作、高畑勲脚本(完成版)と、この「幻の深沢脚本」を比較し、高畑監督がどこをどのように“変化”させたかを、詳細に検証している。
「ぼくは『火垂るの墓』を全然完成しないで封切った」
「火垂るの墓」は完成が大幅に遅れた。そのため、製作会社である新潮社社員向けの試写会が開かれないまま、劇場公開となった。当時、劇場へ観に行ったという新潮社OB氏(68歳)の話。
「製作委員会の人たちが、たいへんな苦労をしている様子を社内でずっと見聞きしてきました。そこで、公開初日の1988年4月16日(土)に、いまはなき池袋東宝劇場へ観に行きました。夜の回でしたが、ほぼ満席でした。『となりのトトロ』(宮崎駿監督)との2本立てで、先に『トトロ』を観て、たしか『火垂る』が最終回だったと思います。『トトロ』では客席は大笑いだったのに、『火垂る』では完全沈黙で、ラストではすすり泣きが聴こえました」
ところが終映後、ロビーでアニメーション・オタクらしき若者が、こう言っているのが聞こえたという――「色がついていない部分があったな」。OB氏は「ああ、あの場面のことか」と、すぐに思い当たった。
「清太が畑に泥棒に忍び込むと、農夫に発見され、押さえつけられるシーンが、“線画”のみで、色がついていなかったんです。ほんの数秒だったと思うのですが、前後とのちがいに、ちょっとびっくりしたのを覚えています。ただ、この映画は悲しいシーンが多いので、ここはリアルを避けてわざと色をつけずにぼやかした、一種の“演出”だとばかり思っていました。ほかにも、いくつか、“線画”のみのシーンがあったと思います」
もちろん、これらのシーンは演出ではなく、色がついていなかったのだ。本書中でも、高畑監督の「ぼくは火垂るの墓を全然完成しないで封切った」との言葉が紹介されている。
〈新潮社で製作委員会プロデューサーを務めた村瀬拓男さんによれば、1988年4月16日の封切り時、東宝系で上映された約130本のプリント(上映用フィルム)は、すべて無着色の線画部分を含む状態だった。(略)通常、こうした上映用フィルムは契約期間の終了とともにすべて廃棄されるのが業界の通例であるため、公開当時の状態をとどめる現物フィルムは、完全に失われたものと考えられてきた。〉(本書より)
ところが、昨年のETV特集の放映後、この、初公開時のプリントが残っていることが判明した。著者は、昨年9月、この“線画プリント”版(デジタル化)を、ついに観ることになる。全部で3つあった“線画”シーンとは、どこなのか。
高畑監督は、この“線画”のシーンと、遺作となった「かぐや姫の物語」(2013年)との、ある“共通性”について述べている。このあたりは、アニメーション・ファンには興味あふれる記述だろう。
ちなみに、全編に色がついたヴァージョンは、同年夏、一部劇場での再上映で公開された。もちろん現在は、この版で配信されている。
取材を受けたくない理由とは
著者・寺越陽子さんは、以前、ある映像製作会社に在籍した際に、高畑勲監督の密着ドキュメントを制作し、絶大な信頼を得ていた。だが、そのドキュメントも、一朝一夕に実現したわけではなかった。
〈カメラ取材を嫌う高畑さんは、とりわけいわゆる「人物ドキュメンタリー」を毛嫌いしている。これまでも幾度となく密着取材が試みられたが、そのすべてを早々に追い出してしまったという。〉(本書より)
それでも何とか会うだけ会えたので、『かぐや姫の物語』の制作過程を、ドキュメンタリーとして記録したいと申し込んだ。すると、取材を受けたくない理由を、三つあげたという。
〈一つ目は、「自分一人の問題ではない」ということだ。自ら絵を描く宮崎駿監督とは対照的に、高畑さんは基本的に自分では絵を描かない演出家であり、多くのスタッフとの共同作業によって映画をつくりあげていく。高畑さんを撮るということは、ともに映画をつくるスタッフを撮るということでもある。
「スタッフの中に撮影を望まない者もいる以上、自分だけの判断では許可はできない」――そう話す高畑さんを前に、わたしはただ黙ってメモを取るしかなかった。〉(本書より)
「高畑監督とスムーズに会話できるひとなんて、そうはいないと思いますよ」
と、先の新潮社OB氏が語る。実は新潮社では1992年に、高畑勲演出による名作テレビ・アニメーション「赤毛のアン」をアニメ・ブックにして刊行している。このOB氏は、その編集を担当した。
「『赤毛のアン』は、1979年にフジテレビ系列で放映されました。キャラクターデザインと作画監督が、『火垂るの墓』とおなじ近藤喜文さん(1950〜1998)。一部の場面設定に、宮崎駿さんも参加されています。この全50話をフィルムに焼き直して重要場面を切り出し、コマ・マンガのようにレイアウトして全5巻のアニメ・ブックとして刊行することになったのです。『赤毛のアン』は日本アニメーション株式会社の製作で、テレビ・アニメーション史に残る名作だけに、あまり勝手なこともしにくい。そこで、編集構成上のご希望などがあればうかがっておこうと、高畑さんにお会いしたのです」
時期的には、「おもひでぽろぽろ」(1991年)の公開後のころだったという。
「アニメ・ブックの編集については、“ご自由にやってください”とのことだったので、気が楽になり、調子に乗ってファン気分でこんなバカな質問をしてしまいました――“監督、よくあんな難しい主題歌を採用されましたね。子どもたちは、歌えなかったのでは?”と」
「赤毛のアン」の主題歌《きこえるかしら》と《さめないゆめ》は、世界的な作曲家、三善晃(1933〜2013)の作曲だったが、たしかにアニメ・ソング史上、もっとも難しい曲だともいわれていた。
「すると高畑さんは、“こいつ、バカか?”といったような表情で、“音楽に、難しいとか簡単だとか、あなたは、いったい何を基準にしてそんなことを決めているんですか? 歌える曲が簡単な音楽で、歌えなければみんな難しい音楽なんですか?”と言われました。一瞬にして、まずいことを聞いたらしいと、凍りつきました。そのあとも、音楽論や三善晃について具体例をあげてあれこれ言われたのですが、頭に血が上って覚えていません。高畑さんと芸術論のような話は、気楽にしてはいけないのだと、このとき悟りました」
寺越さんが最初に取材を申し込んだときの、三つの断りの理由――のこり二つはぜひ本書でご確認いただきたいが、どこか似たものがあるかもしれない。
だが寺越さんは、その後、取材の許可を得て、スタジオジブリに通う日々がはじまる。アニメーションの現場について何も知らなかったが、素直に学びながら、真摯に取材を重ねていく。その過程は、それこそアニメーションによくある成長物語のようであり、読んでいてさわやかな感動を与えられる。
もちろん本書の主人公は高畑勲監督だが、著者・寺越陽子さんも主人公のひとりなのだ。「火垂るの墓」を観たうえで読むと、またひとつ新たな世界に出会える、そんな奥行きのあるノンフィクションである。
森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。
デイリー新潮編集部
